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番外編 奇跡の薬vs随一の頭脳

 イリエントは城の地下にいた。  この場所はカイゼルとイリエントしか知らない、城の奥深く、閉ざされた場所である。  重厚な扉を開ければ、中はやけに明るい光にともされている。柔らかい水の流れる音、心が安らぐような草木の香り。  扉を閉めてすぐ、内側から鍵をかけたイリエントは、コツコツと音を立てて歩くと、その部屋の奥にある鍵のかかった部屋小さな扉に手を伸ばした。  持っていた鍵で扉を開ければ、中にはさらに厳重に鍵をかけられた木箱。イリエントは息を詰め、丁寧にその箱を開けた。  そうしてそこに入っていたのは──ノアリスより渡された、薬だった。  たった一本だけがそこにはあり、イリエントはそれを取り出すと光にかざす。  フェルカリアの医師団を含め、研究者たちはさぞかし有能であったのだろう。  戦を終えて城を見て回ったが、ノアリスの卵に関する資料は何一つ残されていなかった。全てが燃やされ、そして何かを知る者たちは皆自死を選んだのか、はたまた、殺されたのか。手掛かりなどは何も無い状態で、死体の山だけが見つかった。  そんな医師達が作り続けていたこの薬について、カイゼルより調べるようにと告げられたのがイリエントである。  恐らく、ルイゼン国随一の頭脳を持つイリエントであれば、何かしらこの薬の成分が分かり、そして苦しむ民を助ける何かになるのではないかと、カイゼルは思ったのだ。  ──が。 「私は!! 研究者では!! ないのだぞ!!」  地下室でイリエントが叫ぶ。  昔から勉強は好きだった。大人になり戦のことを知れば、どうやって勝とうかと頭を悩ますことも楽しい。政治についても、どうすれば皆が暮らしやすくなるのか、そうした理論上でのことを考えるのは大の得意だった。だからこそ、これは違う。 「どうして!! 私がこんな!! 研究者のようなことを……!!」  引き受けたはいいが、時間が経つにつれ、何一つ分からないこの薬の成分に、さすがのイリエントも壊れかけている。  この薬の研究を始めて、もう二年が経つが、何の成果もない。  そんなことはこれまでの人生で一度もなかった。だからこそ、腹が立つし自身が許せないのだ。  しかし、その度に思い出すのはあの日、フェルカリアからノアリスを奪還した日のこと。  胸を刺され、内臓を損傷し、呼吸も疎かになって顔色の悪い陛下の姿。  そしてそんな陛下を助けるために、嫌な記憶の詰まった薬を一人探し出し、兵士と共に命からがら駈けてきたノアリスの姿。  だからこそ、投げ出すことなどできなかった。  これの成分が分かり、ノアリスの手を借りることなく量産することが可能になったのなら、民たちを多く長く、生かしてやれるのだ。  きっと今よりも、強く固く、国が一丸となるだろう。  部屋の扉がノックされる。  イリエントは相手が誰だかわかっているので、警戒することなく鍵を開けた。 「成果はどうだ、イリエント」 「……ああ、全く。腹が立ちますね……」  腹立たしさを隠そうともせずそういうと、カイゼルより先に椅子に座り、薬を眺める。 「手掛かりは無しか」 「ええ。何一つ」 「イリエントができないことであれば、仕方あるまい。フェルカリアの医師団も、研究者達も皆事切れておったし、誰を責める気にもならない」  慰めるようなその言葉は、しかし、ルイゼン国随一の頭脳と謳われる男のプライドに、静かに、しかし確実に火をつけた。  他ならぬ主から「お前が無理なら仕方ない」と諦めを肯定されるなど、敗北を認められたも同然ではないか。 「……陛下」 「ん?」 「今の言葉は、私への嫌がらせですか?」  睨むような視線を向ければ、カイゼルは「まさか」と可笑しそうに肩を揺らす。 「本心だ。お前を責める者など、この国には私を含めて誰もいない。そもそも、お前はその道を納めたものでもあるまい」 「それが気に入らないと言っているのです。……私はまだ、諦めてなどいませんよ」  イリエントはふいっと顔を背け、手の中の小瓶をもう一度睨みつけた。  ──いつか必ず、この頑固な液体を解き明かして進ぜよう。  それが、あの日命を繋いだ主君と、命がけで走ったノアリスへの、忠誠であると思えたから。 「残りの薬は全て、陛下が管理されておりますね?」 「ああ。誰も知らない、王家の宝庫がある」  残りは全て、その宝庫の中に。  誰にも見つからない場所に、厳重に鍵を掛けて。 番外編【奇跡の薬vs随一の頭脳】 了

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