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15.今を形作るもの

 そうだよ、クロード。アンタに助けてもらった。  もちろん当時のアンタには、そんなつもりはなかったと思うけどね。……そうだね、順を追って説明するよ。  クランツって組織、覚えてる?  そう、アンタが間接的に潰した、この街で悪どい真似してたファミリー。  アンタも知っての通り、奴等は子どもをクソの塊みたいなペドフィリアに売る生業をしててさ。その子どもの入手方法は主に誘拐だったんだけど、別ルートもまあまあ多かった。それが、女好きのボスや幹部が(めかけ)って呼ぶのも烏滸(おこ)がましいくらい待遇もゴミみたいな女とセックスして、その女に産ませた子どもってわけ。  ははっ。そう、ゴミにも劣る底なしのクソだったよ。  僕もその子どものうちの一人。しかもボスとあのクソに恋した妾のね。……え? ああ、安心して。アンタのことはこれっぽっちも恨んでない。むしろあのクソ共を潰してくれたアンタには本当に感謝してるんだ。  ……それで、話を戻すけど。  子どもたちは離れの一箇所で生活させられててさ。ちなみに、アザミもそこに居たんだよ。僕の生みの女親の年の離れた従姉妹(いとこ)……、だったかな。アザミは僕の世話係でさ。もしかしたら本人が言わないだけで、クズの相手をしたこともあったのかもしれないね。まあアザミのことはいいよ。  僕たちは、順番が来るまでそこでみんなで暮らした。自分の順番を待ちながらね。当然だけど、一度連れて行かれた子どもは、二度と戻って来なかった。みんな震えて暮らしてたな。  とうとう僕の番が回ってきたあの日。離れからクソ野郎に売るために連れ出された僕は無謀にも、売った奴も買った奴も殺すつもりでいたんだ。でも玄関まで来たら、今日は上玉が手に入ったからそっちにする、って離れに帰されることになった。  その時クソ野郎共の間から見えたのが、クロード、アンタだったんだ。……うん、そうだよ。まだ未成年だったアンタが証拠集めと屋敷の構造を把握しに来たあの日だ。  当然だけど、当時の僕はアンタの名前も、アンタの素性も、何も知らなかった。でも、一瞬目が合ったアンタの顔だけは、異様に頭に焼き付いて忘れられなかったんだよ。……え? 嘘じゃないよ。全部ホントなのに。  まあいいや。  それで……、何だっけ。嗚呼、そうそう。それでその日のうちにクソ野郎共を出し抜いて屋敷を抜け出したアンタが、情報を届けたおかげで警察と協力関係にあったギャングがアイツらを潰して、僕たちはみんな解放されることになったってわけ。  カタギとして生きていく道もあったけど、僕はあの時見たアンタがどうなったのか知りたかったのもあって、 結局アザミと一緒にこの世界に居座ることにした。カタギの世界は性に合わなかったし、なんとなくこの世界でやっていけそうだったから。ははっ、蛙の子は蛙ってよく言ったものだよね。  それでまあ、適当に仲間を集めて、適当にやってたら、たまたまアンタの噂を聞いてさ。  どうしてももう一回会ってみたくて。でももうその時には、クロードは弱小ギャングが簡単に会えるような人じゃなかったから、まずは手っ取り早く地位を手に入れることにしたんだ。その時たまたま手頃なクズ共がいたから、そいつらを潰した。……うん? ああ、まあ運が良かったんだと思うよ。ちょうど内部分裂しかけてた時だったみたいで、向こうが勝手に勘違いして殺し合い始めてくれたしね。で、そいつらが持ってたもの全部僕のものにして、それなりの地位を手に入れて……、って感じで、あとはアンタも知っての通りかな。  同盟相手のオジサンの力を借りて、やっとの想いで、アンタに会いに行ったんだ。 「――とまあ、以上が僕の話でした。めでたしめでたし」  まるでおとぎ話の最後みたいな言葉で話を締め括ったダンテは、やっとクロードへ目を向けた。わずかに目を見開いた後、すぐにまた緩んだ顔をしているところ悪いが、途中から身体を起こして聞いていたクロードは、何の言葉も出せなかった。  ダンテの身の上話は、思っていた以上に重い話だった。本人が淡々と話すものだから、軽く聞こえてしまうが、クロードよりも遥かに大変な人生を歩んでいるのは確かだ。立てた膝に腕をついて、手で目元を覆う。 「ちょっとまて、整理する」 「あはは、整理なんてする必要ないよ。ただアザミの言う通り自己開示が少なかったから、してみようかなって思っただけだし」 「いや整理させろ。あとお前はしばらく黙ってろ」 「ふふ、うん。わかったよ、クロード」  それきりダンテは本当に黙ってしまって、部屋には静寂が訪れた。  多分、今ダンテが話したことは全て真実なのだろう、と思う。でもそうなると、彼がこうしてギャングの頭目として君臨しているのは、全てクロードが原因、という話にならないだろうか。てっきり何か成し遂げたいことがあって、この地位を勝ち取ったものだとばかり思っていたのに。  でも、と思う。  ちらり、と見たダンテは手持ち無沙汰なのか、布団からほつれている糸を指先で弄んでいた。 「なあ、聞いてもいいか?」 「なあに、クロード」 「ホントにあの日俺に会ってるのか?」  あのクランツという組織へ潜り込んだ日のことは、クロードもよく覚えている。  でもその時、銀髪の少年なんて見なかった。クロードの薄れゆく記憶の片隅にあるのは、亜麻色の髪の少年だ。年は確かに今から一〇年以上前のダンテと同じくらいの少年だった。と思う。目の色までは見えなかったが、今目の前にいるダンテと記憶の中の少年は全然違う。 「記憶力は良い方だけど、俺はお前みたいな綺麗な銀髪の少年には覚えがない。……こんなこと言いたくないが、もしかしてお前の勘違いなんじゃないのか?」  だから、全く別の誰かと勘違いしているのではないだろうか、と思う。  確かにあの組織を間接的に潰したのはクロードで間違いない。十七歳になっていたが、童顔だったせいか簡単に入り込めたからだ。ベタベタと気持ち悪い手つきで体中を撫で回された上に犯されかけたが、虚を突いてその日のうちに逃げ出したのも本当だ。  でも、ダンテを小さくしたような少年に会った覚えは全く無い。  もしそうだったのなら、ダンテがそれほどまでに惚れ込んだのは、全くの別人ということになる。  ダンテの恩人が、もしも別の誰かだったとしたら。  ダンテはクロードをどうするのだろう。じゃあ要らない、となる可能性だってある。騙してたのか、と罵られる可能性だってある。でも、口に出さずにはいられなかった。勘違いしているのなら、今ここでそれを正すべきだと思うから。  ぱちりと目を瞬いたダンテ。数秒後思い出したように、あ、と言った。  やっぱり勘違いだったのか。そう思った刹那。 「これ、地毛じゃないよ」  一瞬何のことかわからずに、は、と間抜けな声が出た。  クロードが混乱しているのがわかったのか、ダンテは笑みを浮かべて、だから、と言った。 「髪の毛の話。地毛は亜麻色なんだ。でもあの男親(クズ)と一緒なのがホントに嫌だから、伸びたらブリーチして、灰色に銀色混ぜて染めてるだけ」 「…………、えっ、は? マジ?」 「うん。マジ。いつもアザミに染めてもらってる」 「……ちっこいお前は、亜麻色の髪だった?」 「そう。あの時は染めたりなんて出来なかったしね」 「じゃあ目は!?」 「これは元々。女親譲りだからあのクズよりマシだし良いかってそのまま」 「じゃあ眉とか全身の毛は!?」 「眉は髪と同じようにしてるけど、ほかは別に何もしてない」  は、と言ったままクロードは固まってしまった。  今の今までダンテの髪が地毛ではないことに全くと言っていいほど気付かなかった。触り心地も良いし、全く傷んでないように見えるし、地毛と言われても全く疑いようがないくらい綺麗に染まっているのだ。ある意味、裸の付き合いをしていたのに全くそのことに気付かないなんて。 「…………ショックだ」 「え、そんなに凹むほど? なんで? 地毛が銀じゃないから?」 「ちげーよ。お前とは付き合いがそれなりに長いのに、それに気付かなかった自分にショックを受けてんだバカ」  人の機微には敏感である自信があったのに、それに気付かないどころかずっと勘違いしていたなんて、情報屋として失格だ。ターゲットの容姿を正しく把握するのは、基本中の基本なのに。  肩を落とすだけでは飽き足らず、大人しくベッドへと潜り込んで身を丸くする。  小さく笑った声が聞こえて、睨んでやろうと布団から顔出した。  それと同時。  顔の横に陣取ったダンテの両腕に、身動きが取れなくなった。上から見下ろしてくるダンテは、やはり緩んだ顔をしているのに、瞳に宿る熱は隠せていなくて、わずかに喉が鳴る。 「僕が『あんたがいなきゃ全部意味ない』っていった理由、これでわかった?」  ダンテの片膝が乗り上げたせいで、ベッドが少し沈む。じわりと腹の底から染み出した熱が、血液に乗って全身を巡っていくような気がした。ダンテから目が離せない。布団の中に隠した手を握りしめることくらいしか出来ない。 「クロードが、僕にとっての原動力で行動原理なんだ。だから、僕の人生にはあんたが必要不可欠なんだよ、クロード」  まるでダンテの瞳の中の熱が移ってしまったかのように、全身が、顔が、熱い。じっと見つめ返した瞳は柔らかなのに、何処か鬼気迫るものを感じさせる。でも不思議と居心地の悪さはない。熱心に見つめてきても何も出ないのに。ゆっくりと口を開いて、問いかける。 「……じゃあ俺が死ねって言えばお前は死ぬのか?」 「あんたが一緒に死んでくれるなら」  一秒の迷いもなく返ってきた言葉。脳で理解するよりも先に、全身が熱で包まれたような感覚になる。視線と同じ温度で身を灼かれた気がして、思わず笑い声が漏れた。  なんだよそれ。本当にばかだよ、お前。俺のこと好きじゃなくなったらどうすんだよ。そうなったときも同じこと言えんのか? 知らねぇぞ、どうなっても。  胸裏で渦巻く言葉を何一つ言えずに、ダンテを見つめ返す。ふっと息を零すように笑ったダンテは、鼻先がくっつくほど顔を近づけて言った。 「ねえ、クロード。キスしたい」  直後、唇に押し当てられた熱。リップ音と立てて一度離れたそれが、再び下唇を喰むようにくっついてくる。  もう返事すら待たないのかよ。  鼻で柔く笑ったクロードは、もっと寄越せ、と言う代わりに、ダンテの首を両腕で引き寄せた。

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