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32.極上の君と*

「おい、ダンテ! 離せ!」  あっという間にイザベラもサナもアーノルドもルカも見えなくなった。  何もかもダンテの所為だ。強く腕を引いてくるダンテは全く足を緩めようとせず、どんどんと屋敷の奥へと進んでいく。聞いているのか聞いていないのか分からない。ただ、ものすごくダンテがキレているのだけは、クロードもわかった。  それはそうだろう。いま、クロードの頬には、コーラルピンクのキスマークがくっきりと残っている。鏡を確認しなくても、サナの口紅が薄くなっているのを見たから、想像は容易かった。  でも仕方ないじゃないか、とも思う。  別にわざとじゃない。ダンテを蔑ろにしたわけでもないし、気を抜いていたとはいえ、不可抗力だ。まさかサナにそんなことをされるとは思っていなかった。でもクロード自身気を抜いていたという自覚はあるから、足を無理矢理止めるほど強い姿勢で出られないこともまた確かだった。  ダンテに連れられるまま辿り着いたのは、アルマンの執務室。  かと思いきや、そのままさらにアルマンの寝室まで入っていく。 「お、おい! ダンテ、いい加減に……、ッ!」  ぐいっと思い切り手を引かれたと思ったのと同時に、クロードの体はアルマンが使っていたベッドに沈む。一体何なんだ。そう思いながら顔を上げると、扉に鍵を掛けたダンテが無言で近寄ってきた。  見下ろしてくる紅混りの灰色は、一心に注がれている。 「だ、ダンテ?」  伺い立てるように視線を合わせる。言葉は返らない。代わりにぐっと肩を押されて、押し倒される。 「クロード、ひどいよ」  ダンテはぽつりと言った。どういう意味だ、と目を見た灰色の瞳は、ゆらゆらと揺れる。怒りはないどころか、その口元には笑みが浮かんでいる。ますます分からない。 「何の話だよ」 「あの夜、アンタに『セックスで喧嘩を有耶無耶にするやつは最低だ』っていわれたから、我慢したのに。それからもアンタが良いっていうまでイイ子にしてたのに、あんな仕打ちするなんて」  あんな仕打ち、ってサナ嬢からのキスの話か?  それ以外思い浮かばないが、何が仕打ちだというのだろう。あんなの戯れというか、ただの挨拶に過ぎない。それはダンテも理解しているはずだ。  もう一度ちゃんとダンテの顔を見る。やはり怒りではない笑みがその顔を彩っている。指の節が、顔の輪郭から首筋を撫でおろす。嗚呼、と合点がいった。クロードもまた唇に笑みを乗せる。 「つまりお前は、ご褒美くれ、って言いたいわけか」  ダンテの笑みが深みを増す。うん、と頷いた声色はどこまでも緩んでいて、とてもギャングをまとめてあげている極悪非道と謳われる男には見えない。  全くこいつはどれだけ自分勝手なんだ。そう思っているのは、心の四分の一にも満たなくて、まあご褒美をやってもいいかな、なんて思っているのが大半だから、クロード自身も大概だ。  彼女たちに出来ることは、もうほとんど終わっている。  見送りも必要はないだろう。ダンテとクロードがいないところで、支障はない。はずだ。  いや、と思う。  結局のところクロードだって、ダンテが欲しいのだ。 「ご褒美っつっても、俺しかやれないけど?」 「それが最上で最高に決まってるって、わかってるくせに」  首筋を撫で上げた指先にそのまま顎を掬われて、唇にぬくもりが届く。触れたと思ったら、一度離された。意地の悪い男が間近で笑う。やられてばかりなんて真っ平御免だ。投げ出していた両腕で男の首を抱き寄せて、唇に噛み付くようにキスしてやった。  至近距離で、灰色の瞳が三日月のように細くなる。  クロードの意思を正しく受け取ったらしいダンテの手が、体を撫でていく。手慣れたもので、着こんでいたスーツもキスをしながらあっという間に脱がされた。ダンテのも脱がしてやるつもりだったのに、ボタンの一つすら十分に外せなかった。  ふっと笑ったダンテが、一度唇を離してサッと衣服を脱ぎ捨てる。鍛え上げられた筋肉が目の前に晒されたのも束の間、またすぐに唇がぶつかる。やがてそれが舌同士になって、粘着質な音が鼓膜を撫でていく。  ただ体を合わせたまま、唇と舌を合わせるだけでも十分気持ちが良い。でも、もっと気持ちが良いのを知っている。大きな手で陰茎を擦られるよりもずっと気持ちが良いのを、幾度となくダンテに教えられた気持ち良さが、今は欲しい。  思い返せば、随分とご無沙汰だ。そのせいで、ろくでもない夢を見た。欲求不満のガキかよ、と自分のことを詰ったけれど、結局のところクロードはダンテが欲しかったのだ。他の誰でもなく、ただ目の前で獣のように自分を求めてくれるダンテが、欲しかった。 「ダンテッ」  前戯もほどほどに、早々にパンツを脱がしに掛かったダンテの手首を掴む。いつもはきちんと整えられた銀の髪はすでに乱れていて、その隙間から灰色の瞳がクロードを射貫く。  灰色の瞳に宿る欲望の炎に、思わず笑みが零れる。なんで止めるんだ、と言いたげの瞳だ。  体を寄せて、唇をダンテの耳元の近くまで寄せる。 「もう、いれていい」  勢いよくダンテが目を向けてきたのが見えて、視線を合わせる。言葉の意味を図りかねているのか、僅かに見開かれた瞳。そこに映る自分は、随分とだらしのない顔をしていた。 「もう準備してあるから」  いつこうなってもいいように、クロードはすでに準備を済ませてある。いつもは馴染むまでダンテが入念にする準備を、すでにしてあるのだ。  は、という口の形で動きを止めて処理落ちしてしまったダンテに、笑ってしまった。  はしたない、と言われるのは覚悟の上だ。そもそも品行方正な生活なんて最初からしていない。ゆっくり体を暴かれるのも好きだ。でも最後にシた日から今日までは、その手間も惜しいくらい、早くこの男が欲しかった。他でもないダンテに『淫らだ』と罵られるならそれもまたいいと思えてしまうくらいには、溺れているのだから。  固まったままのダンテをそのままに自分でパンツを脱ぎ捨てて、彼の肩を押す。  その場に尻もちをつくようにベッドに沈んだダンテの腰辺りに跨った。 「は、え? なに? ゆめ?」 「ははっ、夢にしたいのか?」 「だってアンタ一度だってこんなことしたことないしそう考えてないといまにでも鼻血でそうなんだけどまじでアンタ一人で準備した上に僕に跨ってるの僕の都合のいい夢?」 「今から夢じゃないことを証明してやるよ、ダンテ」  目を見開いたまま早口で捲し立てるダンテのパンツをずらして、彼の一物を解放してやる。飛び出してきたのは、凶悪なほど大きくなって勃ち上がっている陰茎。いつもこんなでけぇのが俺のナカに入ってんのか。そう感心するのもほどほどに、適当にローションを纏わせた。  ごくり、と目の前の男が喉を鳴らす。はっ、と漏れた笑い。気分が良くて、今なら何かを強請られたら言うことを聞いてしまいそうだった。  熱を帯びた肉棒に手を添えて、ダンテのためだけに用意した入口に先端を押し当てる。  一度だけ視線を上げる。興奮で少し高揚した頬。食い入るように下半身に注がれた灰色の瞳。  嗚呼、最高だ。  今この瞬間、この男の視線も心も思考も、俺だけが独占している。  焦らすように後孔の皺で先端を数度擦ってから、ゆっくりと腰を落としていく。ダンテの呻くような低い声が、鼓膜を通って脳髄を肉欲で染め上げていく。熱を纏った息を吐きながら、自分の中にダンテを埋めていく。  たったそれだけのことなのに。    やべぇな、これ。トびそうなほどきもちい。    勝手に溢れ出ていく淡い声を止められない。全部収めきったのと同時に、体の力が抜ける。支えてくれたのは、言わずもがなダンテだった。はぁっ、はぁっ、とやけに大きな呼吸音が聞こえる。クロードはてっきり自分の呼吸音だと思っていたが、それが僅かにずれたことによって、自分のものだけではないことに気付いた。  ゆるゆると瞼を持ち上げた先。  異様にギラギラと目を光らせたダンテと視線が絡み合う。あ、と思った時には遅かった。腰を掴まれたのと、ダンテが腰を引いたのはほぼ同時。 「あ゛ッーーー!」  止める間もなく奥まで捻じ込まれて、全身が快感で震え上がった。白濁を腹に吐いた後もびくびくと震える体は、もうクロードの言うことを聞いてくれはしない。奥歯を噛み締めた音が聞こえたと思ったら、また弱い所を擦る様にナカを抉られて、声も出せない。  揺れる視界で見たダンテは、獣のように目を欲で光らせて、瞬きもせず瞳孔が大きくなった目で一心にクロードを見ていた。なんだか笑えてきた。自分だけじゃないと思わせてくれたのが嬉しかったからなのか、それともこんなに必死になって自分を求めるダンテが見れて嬉しかったからなのか。自分でもよくわからないまま、口元に笑みが漏れた。  急にダンテが愛おしくなって、背中に回した手で抱き寄せて鼻の頭にキスをする。  腰をぶつけられるたびに、熟れた果実を潰すような酷い音が体の中からするのに、ちっとも嫌だと思っていない。奥の奥まで暴いて好き勝手に暴れ回るのも、良しと思えるくらいに、この男に溺れているのを頭の片隅で改めて認識する。  きっともう一生、この男から離れられない。  ダンテに伝えた通り、彼がいないとダメになっている。夜一人で寝る時、モノ対無さを感じて自分で慰めても、やはり本物には勝てない。足りなかったのはダンテ自身なんだと思い知らされて、淋しさだけが残るようになってしまったなんて。 「クロード」  体がベッドに沈められて、名前を呼ぶ声が落ちてくる。思考を今に戻して、瞼を持ち上げて見たダンテは笑っていた。汗で乱れた彼自身の髪なんてちっとも気にせずに、クロードの頬を撫でて目元を緩めて笑っていた。 「アンタが、この世界の何より好き。もう一生離してあげられないや」  ぱちりと目を瞬く。刹那、ふはっ、と噴き出してしまった。  肩を揺らして笑い続けるクロードに、今度はダンテが動きを止めてぱちくりと目を瞬いている。ダンテには悪いが、まさか夢で見たセリフと同じようなことを、実際に彼の口からきくと思っていなかった。それだけではなく『もう一生離してあげられないや』なんて特大で抱えきれないほどの重たい愛の告白をもらうことになるなんて、これっぽっちも思っていなかったから。  笑いすぎて零れた涙を、ダンテの指先が優しくさらっていく。さらわれた涙は、ダンテの舌に舐めとられて消えていった。あんまりしょっぱくない、なんて不満そうに文句を垂れた恋人の首を抱き寄せて、鼻の頭を擦り合わせる。 「嬉し泣き?」 「いや? お前が夢の中とほぼ同じこと言ったから笑い泣きしただけ」 「……なにそれ、夢の中の僕と浮気したわけ?」 「ははっ! 浮気っていうより、俺の願望? みたいな?」 「嗚呼。それって僕に、好きって言ってほしいって意味?」  ぐっと背中を抱き寄せられたせいで、いれたままの陰茎に別の角度でナカを抉って、走った快感。思わず漏れた声に、とびきり甘い顔をしたダンテはさらに体を密着させていった。 「そんなのいくらでも言ってあげる。好きだよ、クロード」  どくり、と心臓が跳ねた。呼応するようにナカが切なく震えたのを、もちろん見逃すダンテではない。 「ッ、しめつけてくるの、かわいい。すき」 「ダンテ、ま、ッぁ゛」 「すき。クロードがすき。……ははっ、きもちいね」  心臓と体の奥が連動するみたいに、ダンテの雄を締め付けるのが自分でもわかる。好き、なんて言われるだけで軽くイってしまうのが恥ずかしいのに、確かに気持ち良くて。恥ずかしさはいずれ霞んで、頭の中が欲まみれになっていく。どれだけ絶頂に達しても離されない上に、離す気にもならなかった。そんな二人を邪魔する者はもちろんいない。  閉ざされた空間でこのままずっとお互いの体を貪り続けたら、枯れ果てるんじゃないだろうか。  そんな心配と共に、クロードは微睡み始めた意識を手放したのだった。  ***  ぱちりと瞼を上げると、辺りはもう一色の闇に覆われていた。  あけっぱなしになっているカーテンのおかげで、月明かりが部屋を照らしている。意識を失う直前裸だった体にべたつきはなく、柔らかなバスローブで包まれている。腹に自分ではない両腕が巻き付いているから、多分ダンテがやってくれたのだろう。  もぞもぞと体を動かして、寝返りを打つ。  予想通り、ダンテが小さな寝息を立てて眠っていた。月明かりに照らされる彼は、彫刻みたいに美しい。月明かりを弾く銀糸の髪も、まつげも、彼の美しさを際立てるようだった。  ふっと漏れた笑いをそのままに、もうすこし顔を近づける。  契約上の関係止まりだったらこんな安らかな寝顔は、見られなかっただろう。急に胸に襲った淋しさをごまかすように、目元にかかった前髪をそっと後ろに流してやる。  ふれた頬は温かい。 「お前が死ぬときは、俺も連れてってくれよ。ダンテ」  残されるくらいなら、一緒に死にたい。  かつてのダンテの行動の意味を、今なら少し理解できる気がした。もうダンテのいない世界なんて、耐えられそうにない。ダンテが死ぬくらいなら、自分の命を差し出したってかまわない。  出来ることなら、命が尽きるその瞬間まで一緒に。    不意に、ふるりと震えたまつげ。ゆっくりと瞼が持ち上がっていく。微睡みからさめきっていない灰色の瞳が、クロードを捉えた。 「くろーど、まだよるだよ。もうおきるの?」 「いや、ただ目が覚めただけだ」 「じゃあねよ。ぼくまだねむい」    舌足らずな言葉と両腕に捕まって、抱き寄せられる。小さく笑ったクロードは、少し苦しいななんて思いつつも、そのまま瞼を閉じることにした。  明日の命も知れない世界で生きている。  だからこそ、こうして愛する人と眠りにつける日々の大切さを噛み締めながら、いくつも重ねていきたい。一日でも長く、一日でも多く。それが砂城を保つことと同じくらい、難しいことも解っている。  それでも、クロードは願っているのだ。  一分一秒でも長く、ダンテと共にこの世界に在れることを、心の底から願っている。 ---- これでひとまず2部は完結です! お付き合い下さった皆さまありがとうございました~!ブクマやいいね、リアクションなどもありがとうございました(* `ω´ ) 気が向いたらまた3部として続くかもです(予定は未定)

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