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47.極上の君と

 強い人だな、といつも思う。  ああして自己開示をして相手を守ろうとするのは、ダンテには出来ない芸当だ。愛する人にはいい顔をしたい。少なくともダンテはそうだ。それ故に失望されないよう大回りしすぎて、危うくクロードの心を一生失う所だった。  自分が悪者になることで相手に嫌悪感を抱かせるかもしれないのに、その選択で相手を守れる強さがクロードにはある。そういう愛の使い方ができるのが本当に凄い。尊敬すらする。  ちらりと横を見ても、クロードは真っ直ぐに前を見据えていて、その瞳には陰りは一つもない。さっき駆けつけた時、男たちに膝立ちにさせられていた最中だって、その瞳はいつも通り挑発的な光を帯びていて、少しも屈していなかった。  いつもそうだ。  どれほど絶望に苛まれようと、どれだけ自分の命が危険にさらされようと、何者にも屈しない、という強い意思が彼の瞳には宿っている。  長年信頼を置いていたであろうエイヴに裏切られた時も、アドルフォに思い通りに動く人形にされそうになった時も、クロードはいつだって気高かった。悲しみや怒りに彼の心が飲まれることはなく、いつだって不敵に笑って苦境を乗り越える。  そんな美しく凛々しいクロードが、世界の何より好きだ。  自分が持ち得る全てを捧げようと思うほどに。  だからこそクロードを穢そうとする輩は、この世から抹消すると決めている。この屋敷にいた雑魚どもは、主犯格であろう二人以外、すでに物言わぬ肉塊にした。言い訳を言わせる暇も与えずに的確に心臓に銃弾を撃ち込んだせいだろうか。残った二人は怯えて、床に額を擦り付けて命乞いを始めた。まったく、クロードとは大違いだ。  クロードを濁らせるものも曇らせるものも、自分だけで良い。  ぐちゃぐちゃにして涙させるのも、自分だけで十分だ。  他の誰にも見せたくない。見た者すべてをこの世から消し去ってやる。  そう思うくらいには、クロードに溺れている自覚があるし、長年の付き合いであるアザミにも、溺れすぎて引かれないようにね、と言われている。 「どうか命だけは!」 「クロード! 頼む、許してくれ!」  必死になって頭を下げている黒髪の男と、初老の男。後者は馴れ馴れしくクロードの名前を呼んでいるのが、余計に気に食わない。青筋が浮かんだのが自分でも分かって、その男の脳天に銃口を押し付けてやる。  ヒィ! と情けない声を上げた男を見たクロードが、やおら口を開いた。 「おいおい、さっきまで俺を売り飛ばす気満々だったのに、そんな都合のいい話があるわけないだろ? 俺の経験上、一回こういうことをする奴は繰り返す。だから見逃すわけにはいかない」 「たのむ! 殺さないでくれ!」  クロードが言った『売り飛ばす』という単語に、更に怒りが募る。  頭の足りない連中はいつもそうだ。矜持をへし折れば尊厳が奪えると思っている。だがクロードにその手は効かない。クロードの矜持は、心は、そんなことでは折れない。それどころか、その倍返しで相手を追い詰めるのを得意としている。  体を穢されても、心までは穢されない。  それがクロードの強さであり、美しさだから。  しかしそれはそれ、これはこれだ。  穢されないからと言って、許せるわけがない。最愛の人に手を出されたのなら、同じだけの苦しみを与えて殺すくらいのことをしないと気が済まない。まあ今回は未遂だから、その責めの手を少しは緩めるつもりではあるが。  ちらりとクロードの目がこちらへ向く。頷いて、後ろの方に控えていた部下に彼らを連れて行くように合図した。いやだ、たすけてくれ、と喚く二人を無視して、引き摺ってでも連れて行かせる。  血溜まりで汚れた応接室を見回しながら、また掃除屋を呼べばいいか、なんて思いつつ、口を開く。 「さっきの男、クロードの知り合い?」 「いや? 今日初めて会った」  首をかしげる。その割にクロードの声が少し沈んでいる気がしたからだ。手首を掴んで、こちらを向かせる。焦茶の瞳の僅かな揺れ。両肩にそっと手を置いて、真正面から目を合わせる。 「クロード、隠さないで教えて?」  ふっと諦めたように笑われた。 「なんで気付くんだよ、お前。すげーなぁ」 「クロードだからだよ」  他の誰かだったら動揺しようがどうでもいいが、クロードだから聞きたい。出来ることなら全てを知りたいと思うのも、クロードだからだ。  そうかよ、と言ったクロードは一度口を閉じた。答えをじっと待つ。数秒か数十秒後か、クロードは観念したように教えてくれた。 「あの男、カール・ライアンって人が、俺の本当の父親なんだってさ」 「それは、そいつが言ってたこと?」 「うん」 「……そっか」  男が言った言葉が、真実とは限らない。  クロードは、それも分かった上で口にしているのだろう。どう声を掛けて良いのか分からなくて、そっとその体を抱き締める。素直にすっぽりと両腕に収まったクロードが、今何を思っているか透けて見えたら良いのに。でも、と思う。これだけは伝えておきたい。 「クロードの父親が誰であっても、僕がアンタを好きなことに変わりはないよ」  ダンテが惚れているのは、リバー社の次男として生きていたクロード・リヴィエールではなく、この裏社会を賢く巧みに渡り歩き、人を魅了し続けるクロード・シャルルだ。出会う前のクロードに興味がないといえば嘘になる。でも托卵だろうが、なんだろうが、どうでもいい。この世に生まれてくれたことに感謝こそすれ、実の親にも育て親にもまるで興味がない。  クロードがクロードであるなら、それ以上に重要なことなんてないから。  くす、と笑ったような声が聞こえて、顔を覗き込む。  クロードが可笑しそうに笑っていた。むっと頬をふくらませる。笑うことないだろ。そう思ったのと、顔を上げたクロードと目が合ったのは同時だった。クロードは目元を甘く緩ませていた。 「ありがとうな、ダンテ。――俺もお前を心から愛してるよ」  言葉を脳で理解する前に、唇に湿った温もりが届く。心臓が途端にうるさく鳴り始める。は、と漏れた声も気にせず、ぺろりと上唇を舐められてすぐさま温もりは離れていく。 「………………は? なに? え?」 「ははっ、まぬけ面」   クロードは楽しそうに笑った。クロードの言動に思考停止しているダンテを放って、彼はその部屋を後にする。扉を開け放ったその後姿に、我に返ったダンテは苦し紛れに声を上げた。 「ッ、後で覚えてろよ、クロード!」  ヤケクソな言葉に、またクロードの笑い声が聞こえてくる。何処にもやりようがない気持ちのまま、ダンテも大股でその部屋を後にしたのだった。   「ダンテ=スヴェトラーノフ」  部下たちが後始末をしているのをぼんやりと眺めていたら、声を掛けられて振り返る。立っていたのは、アンリ・リヴィエールだ。表社会に属する彼には見慣れない光景の連続だったせいか、少しだけ居心地悪そうに、片肘を逆の手でさすっているのが見える。 「まだ何か用?」  さっさと部下の車に乗ってホテルに帰るように手配したのに、未だにここにいる意味はこれだったか、と思いつつ言葉を返す。アンリはぐっと唇を引き締めた後、ゆっくりと息を吐いた。 「少し、聞いてもいいだろうか」 「オレが答えられることならね」 「……クロードは、いつもこういう危険なことを?」 「そうだよ。貴方たち家族は知らなかっただろうけど」 「……やっぱりそうなんだね」  その口ぶりだと知っていたのか、と思ったところで、自分と恋仲であることすら調べていたならそれもそうか、と思う。すっかり失念していた。じゃあ此処につれてきた意味は本当になかったな。緊急事態とはいえ、頭が回らなすぎな自分に少しだけ反省する。 「それがどうかした?」  それを知って何かをするわけでもないのに、知ってどうするんだ。  そんな気持ちを込めて、言葉を放った。アンリは少しの間地面を見つめてから、顔を上げた。まっすぐにダンテを射抜く瞳。その光の強さに、やっぱりクロードと兄弟なんだな、と思う。 「クロードがどうしても危ない状況になったら、手を貸したいと思っているんだ。もしも君に何かがあったら、クロードを僕に託してほしい。必ずクロードを生き延びさせると約束する」  意思を通すだけの覚悟が籠っていた。  ふ、と笑みが溢れる。その意思が垣間見えたとしても、残念だが願いを叶えることは出来そうにない。 「悪いけど、その約束は出来ない」 「なぜ? 君もクロードには生きていてほしいんじゃないのか?」  眉を顰めたアンリの考えは、やはり自分とはかけ離れている。これが、最初から世界の汚い部分ばかり見て生きてきた自分と、大切に育てられた彼との、思考の帰結の差なのだろう。  自分が死んでも生きててほしいなんて、微塵も思わない。  他の誰にも譲るつもりはない。心に自分以外の誰かを住まわせるくらいなら、一緒に死んだほうがマシだ。  静かに息を吸った。体ごと振り返って、ダンテもまたまっすぐアンリを見据える。僅かにアンリが肩を揺らしたのが見えた。 「僕が死ぬ時はその先が地獄だろうが、クロードも一緒に連れて行く」  ざあっと風が吹いて、二人の髪を揺らす。  アンリは目を見開いていた。でも、撤回するつもりはない。 「クロードともそう約束したし、僕からクロードの手を離すつもりはない。だから、貴方の願いは聞けない」  手を離すなら殺していけ、とクロードは言った。  ダンテも同じ気持ちだし、手を離すくらいなら一緒に死にたい。目から光が消えるその瞬間まで、クロードの姿を捉えていたい。だから、アンリの願いは聞けない。  パチパチと目を瞬いてから、アンリは呆れたように笑った。 「全く、クロードったら、随分と厄介なヤツに好かれちゃったんだなぁ」  今度はダンテが目を見開く番だった。てっきり咎められるかと思っていたのに。  肩を竦めたアンリに、トン、と肩を拳で軽く叩かれる。 「そこまで言うなら、君からクロードを取り上げたりはしない。だがこれだけは覚えておいてくれ。クロードを悲しませるような事があれば、すぐにでもクロードを君から引き離して二度と会わせない」 「有り得ないから安心して良いよ」 「……はぁ、君ねぇ。自信家も大概にした方がいい」 「自信じゃない。そういう約束なだけ」  手を離す事になったら殺してもらうから、とは流石に言わなかったけれど。やれやれ、と言わんばかりに溜息を吐かれたものの、強く咎められることはなかった。信頼されている、と思っておくことにする。 「あの子を頼んだよ、ダンテ=スヴェトラーノフ」  そう言って屈託なく笑って見せたアンリに、強く頷いた。頼まれなくてもそのつもりだが、実の兄であるアンリの言葉は、その想いを強固にしてくれた。  車に乗り込んだアンリを見届けてから自分の単車を停めた場所に向かうと、そこには既にクロードが座面に腰を掛けて待っていた。  ダンテが来たことにに気付いたクロードは、目が合うと頬を緩ませてくれる。それから、愛用しているヘルメットを投げてきた。 「兄さんとの話は済んだか?」 「あの人の一方的な押し付けだったけどね」 「酷い言い草だなぁ。まあ確かにちょっとお節介なとこあるけど」  受け取ったヘルメットを被りながら答えた。苦笑しながら同じようにヘルメットを被ったクロードが、後ろに乗ったのを確認してからエンジンを吹かす。  何も言わなくても腹に回った両腕。背中にくっついた温もり。ニヤけたのを隠さず、サイドミラー越しにクロードを見る。 「帰ろうか、クロード」  僕たちの住処に。  返事の代わりにぎゅっと両腕に力が入ったのを合図に、ダンテは単車を発進させたのだった。  ***  ふと意識が持ち上がって、ゆっくりと瞼を開く。  いち早く目に入ってきたのは、ふわりと跳ねた焦茶の髪だ。顔を出し始めた朝陽が輪郭を撫でていた。きれいだな。寝ぼけた頭でそんな事を考えながら視線を下げていけば、長い睫毛が下を向いているのが見える。  規則的に上下する左肩。ふっと溢れた笑みをそのままに、愛おしい人の頬に触れる。  相当疲れているのか、クロードが目を覚ます様子はない。  疲れさせたのは、もちろんダンテだ。  二人だけの住処に帰ってきてから、さんざんクロードに愛をぶつけた。彼の体に独占欲の証をそこらじゅうに咲かせた。絶頂をねだられるまで何度も寸止めしたし、ねだられた後は何度も絶頂に連れて行った。その可愛さと愛おしさを思い返すだけで、収まったはずの欲がまた簡単に顔を出す。  でも寝かせてやりたい気持ちが、今は勝っているから。  華奢な体を抱き寄せて、大きく鼻で息を吸い込んで。  クロードの匂いで肺をいっぱいにする。  自分の色に染まってほしいと思うのも、彼の色に染まりたいと思うのも、この世でたった一人、クロードだけだ。  ぽつりと言葉がこぼれ落ちる。 「あんた以外、何も要らないんだ」  言葉にすると余計にその想いが、腹の底まで染み渡る。  地位も富も何もかも、クロードの前では霞んでしまう。天上天下、クロード以上に大事なものも愛しているものもない。自分でも驚くほど執心していると思う。クロードがいなければ、全てのことが何の意味もない。今の地位を維持しているのだって、クロードと行動しやすいからだ。他の誰にも取られないように手が回せるからだ。それ以外の理由なんてない。  クロードの心を手に入れたら、少しはマシになるだろうと思っていたのに、マシになるどころか重さも酷さも増している。  自分が持っている全てを与えたいし、心も命も全てクロードの思うままにしてほしいと思う。万が一クロードが死ねというなら、それすら受け入れるほどに、心酔している。  でも知っている。  全てを与えても、クロードは喜ばないのだ。  飼い慣らされるのは御免だ、と不敵に笑って見せるクロードが、本当に心底好きだから、そうしないだけ。だからこそクロードが頓着しない部分は、とことん自分で染め上げているのだけれど。  んん、と苦しそうな声が聞こえて、はっとする。  抱き締める腕の力を弱めれば、クロードが寝ぼけ眼でダンテを見た。 「……くるしい」 「ごめん。起こしちゃったね」 「だいじょうぶ。もうちょっとねよ」  言うやいなや胸に顔を埋めるようにして、また穏やかな呼吸音が聞こえてくる。 「はぁ。かわいすぎだろ、このひと。まじでなんなのいみわかんない」  次に起きたら、呼吸できなるなるまでキスしようと決めて、額に触れるだけのキスをする。仕方がないから今はこれで我慢する。 「おやすみ、クロード。僕も貴方だけを愛してるよ」  あいしてる、なんて今まで安っぽい言葉にしか思えなかった。 でも、クロードから紡がれるその言葉は、ダンテの心臓よりももっと深くにある柔らかい部分を優しく揺さぶって、ずっと余韻を残している。きっと死ぬまで、その余韻が続くのだろうなんて思うくらいには。  それがクロードも同じだといい。  そんな事を思いながら、ダンテも目を閉じる。  唯一の愛を捧げている極上の君が、今日も腕の中にいる喜びを噛み締めて。     ____________ これで三部はひとまず完結です! ブクマ&いいね、待っていてくださった皆様&お付き合いくださった皆様ありがとうございました!☺️ 削ってしまったエロシーンと、諸々の補足はまた番外編で書けたら良いな、と思っています! また気が向いたら書けるよう四部もぼやぼや考えていてそれが最後の部になりそうな予感がしています😂(予定は未定 ご感想などももしございましたら、お気軽に伝えていただけたら嬉しいです~! 此処までお読みいただいてありがとうございました!

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