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46.最愛の男

  「グッ、このっ、ぐあああアッ!」  痛みに蹲った男の手から落ちたスタンガンを素早く掴んで、その男に押し当てる。野太い悲鳴を上げて倒れたのを無視して、逆側の隣にいた飛び具を持っている男にも、スタンガンを食らわせる。床に崩れ落ちたその男を飛び越えて、その部屋から逃げ出す。 「くそ! 待ちやがれ!」 「追え! 絶対に逃がすな!」  後ろから声が追いかけてくる。  向かうは出口だ。そこからのことはまた考えれば良い。  肩越しに見た男たちは二人。中でも一人が特別足が早いらしい。ぐんぐんと追いついてくる。走りながら、ハッ、と思わず笑ってしまった。  最近こういう追いかけっこも、ダンテのおかげでしてなかったな。  出来る限り危険な目に合わないようにして、と念押ししてくる上に、何かと先回りしてくるダンテのお陰でどれほど甘やかされているか、こういう時に実感する。  やっぱり時々は俺もこういう事した方が良いな。 「逃げてんじゃねぇ、グアア!」  そんな事を思いながら、追いついて来た男へ振り向きざまにスタンガンを当てれば、似たような悲鳴を上げて床に伏してくれた。  どんなに筋肉隆々な男でも、数分は動けない。こういうギャングかぶれが持っているスタンガンは大概改造型だ。だからこそ余計に威力は強いのは、最初に倒れた男で実証済み。十分逃げられるだろう。  その慢心が良くなかったかもしれない。  後ろから追いかけてきているのが二人の時点で、気付くべきだった。彼らには別のルートが存在しているということを。  突如斜め前方向の壁から、ぬっと男が出てきた。  しまった、と思った時には遅かった。ニタリと勝ち誇ったような笑みを浮かべた男に、腕を掴まれて無理やり動きを止められる。その反動をクロードの体が受けたせいで、男の思い通りに動かされて、体を押さえつけられた。 「手間取らせやがって」  チッと舌を打つ。後ろで両手をまとめ上げられたせいで、持っているスタンガンを押し付けるのも難しそうだ。追いついた男と顔を見合わせてニヤニヤと笑っている。全くもって腹立たしいが、分が悪すぎる。  はぁ、と溜息を吐いて後ろ手にスタンガンを捨てる。抵抗して腕を折られるのは御免だ。  抵抗を辞めたことに気付いたのか、より一層気持ちの悪い笑みを見せてきた。 「へへへ、偉いなァ。自分の立場がようやく分かったみたいだな」 「無駄なことはしない主義でね」 「でもアンタは口が上手くて隙をつくのが上手いからな、動けないようにさせてもらうぜ? ……おい、縄で縛れ」  動きを奪っている男にぐっと肩を押されて、廊下に膝立ちにさせられた。首を差し出すような最悪な格好だ。もう一人の男が縄で自由を奪っている間に、肩を掴んでいる男の太い指がねっとりと肩を辿って、首筋を撫でてくる。  気持ちが悪い。  その一言に尽きるが、余計な反応を見せて、男を図に乗らせるのも癪だ。意地でも反応してやらない。 「嗚呼、そうだ一つ言い忘れてた」  その代わりに、気持ちの悪い男に視線を送って、口を動かす。 「俺を売り飛ばすんなら、処女厨には向かないぞ」 「はぁ? どういう意味だ」 「ははっ、わかんない? 俺のケツは相当使い込まれてるって意味だよ」  意味を理解したのか、男がごくりと喉を鳴らす。片頬を上げた。  煽りに煽って動揺させたらいい、こんな下衆。 「ある奴に言わせると、俺のは『極上』だってさ。ハハッ、残念だったな、非処女で。まあそれはそれで、アンタらには価値があるのかもしれねーけどな」  乱暴に抱いてきたクソ野郎の言葉だ。自分勝手に散々腰を振っといて何様だ、と当時は思ったが、こうして煽りに使えたのだから、感謝するべきなのかもしれない。  現に目の前の男は、想像して興奮しているらしい。鼻息を荒くした上に、股間を膨らませている。  本当に俗物的だな、と思っていたら、肩を強く掴まれて男の方を向かされた。ダンテとは似ても似つかない清潔感の欠片もない男が、目をギラつかさせて顎を掴んでくる。 「じゃあ俺の相手もしてくれよ」 「おい、正気かお前」  冷静なもう一人に窘められたのに、馬鹿な男は言った。 「コイツが使い古しなら関係ねぇだろ。物好きな奴には売れねぇわけだしさ。ちょっとだけなら、」  男の言葉は続かなかった。その言葉を遮るように、鋭い銃声が響いたから。 「は? ――ぎゃああぁァ!」  男自身も一瞬何が起こったか理解できなかったのだろう。まさか銃弾に自分の腕を飛ばされかけるなんて、思うまい。  響いた銃声には聞き覚えがある。  銃弾が飛んできた方に目を向ければ、焦がれてやまない男が立っていた。  ふっと笑う。 「おせーよ、ダンテ」  小さな声だったから多分聞こえてはいないだろう。クロードの声に答えることなく、ダンテは無言で銃弾を次々に男たちの命を葬っていく。  床に広がったべっとりとした赤が、ついていた膝を濡らして顔を顰めた。あーあ、質の良いスーツだったのに。そんな文句は出ても、胸に満ちるのは安堵と嬉しさだ。  近付いてきた足音に顔を上げれば、色濃い紅を灰色の瞳に宿したダンテと目が合う。 「遅かったな、ハニー」  茶化したのに、ダンテは一ミリも笑うことはない。  代わりに腰を曲げたダンテに、顎をそっと撫でられた。 「来てくれて助かっ、ンッ」  立膝のまま唇を食べられて、何も言えなくなる。下唇をやわく噛まれて勝手に開いた隙間から、潜り込んできた舌。至近距離にある紅混じりの灰が鋭利な光を帯びていた。あーあ、相当怒ってるなコイツ。甘んじて舌先を差し出す。ふ、と鼻で笑われた。絡まるかと思ったのに、ダンテのそれは舌裏に潜り込んで抜き差しを繰り返す。それが情事を彷彿とさせて、ゾクゾクとしたものが腰から脳天に向かって駆け抜けていく。はっ、と息が漏れる。首筋の裏から脳まで痺れるようなキス。  もっとほしい。  自分から舌を絡ませようとしたのに。 「……? なんで」  ダンテに身を引かれた。唇が急速に冷える。どうして途中でやめたのか分からなくて首をかしげれば、小さく笑われて頬を撫でられる。耳に寄せられた唇が、甘く囁く。 「続きは帰ってから、クロードがして」  至近距離で不敵に笑ったダンテを睨みつける。いつからこういう焦らしが出来るようになったんだ、クソ。そう思う反面、これで許されるならマシなのかもしれない。はーっ、と息を吐いてから、同じ顔で笑ってダンテを見上げる。 「良すぎてすぐイかないように、せいぜい頑張れよ」  今できる最大限の煽りだ。なのにダンテは、うん、と嬉しそうに笑みを深くする。  ちょっとは動揺しろよな。余裕ありすぎだろ。  そんな不満を垂れている間に、ダンテは拘束を解いて立ち上がらせてくれた。 「ありがと」 「どういたしまして。……で、あとどいつを殺したらいい?」 「その前に、コイツらに見覚えは?」 「ない」  床で肉の塊になっているモノを指差す前に、即答された。あまりの速さに笑ってしまう。だろうな、と返して元いた部屋へと足先を向ける。 「こっち。スタンガンで三人伸ばしといたけど、多分そろそろ起き上がってると思う。……てか、この屋敷こんなふうにして大丈夫か?」  血みどろになった廊下を指差すと、ダンテは小さく笑った。 「問題ないよ。所有者は同盟相手だから」 「ははっ、お前用意周到すぎ」 「クロードには負けるけどね」 「はぁ? 嫌味だろそれ」 「クロード!」  この状況をみてどうしてそんな事言えるのか、と眉を顰めたのと同時。聞こえるはずのない声が響いて、驚きのまま顔を向ける。  息を切らしたアンリが駆け寄ってきて、そのまま抱き締められた。 「無事でよかった、クロード…!」  どうして此処に兄さんが、と思うが答えは一つだ。ダンテが連れてきた、それ以外ない。じろりとダンテを睨めば、ぷい、と不満そうに視線をそらされた。 「君に何かあったらどうしようかと思った。よかった、本当に良かった、クロード!」  涙声のアンリの背中を撫でておく。そんなに心配を掛けているとは思わなかった。これくらいのことは何度も経験済みだ。今回はダンテが来てくれるから、と多少無理をしたのは否めないが。  それよりも、とダンテへ目を向ける。相変わらず不貞腐れているらしい。はぁ、と息を吐いた。 「なんで兄さんのこと連れてきたんだよ、お前」 「連れてけって煩かったんだよ」 「僕が彼に頼んだんだ。彼のことは責めないでほしい」  アンリとダンテが同時に答えをくれた。確かにアンリにも頑固なところがある。他でもない本人がそういうなら、そうなのだろう。それにしたって。 「兄さん、こんな危ない場所に来るべきじゃないよ。兄さんはリバー社の社長なんだから」 「社長である前に、お前の兄なんだ。来るのは当然だよ。それに」  一度言葉を切ったアンリ。体を離してその顔を見る。曇った顔をしたまま、彼は重そうな口を閉じたり開いたりしている。  はぁ、と呆れたような溜息が聞こえた。ダンテだ。 「この人が、クロードの事を巻き込んだかもって」  ああ、と合点がいく。  確かにカールとかいう男は、リバー社にも相当な恨みがあるようだった。その結論になるのも分かる。だが、アンリのせいではないのは、カールから直接話を持ちかけられたクロードが一番よく分かっている。全ての元凶は父だ。 「俺のことは気にしなくて良いからとにかく今は、危ないから兄さんは外にいて。後始末は俺達がやるから」 「いいや僕も行く。クロードだけに背負わせるわけにはいかない」  意地でも離れない、と言いたげだ。はぁ、と溜息を吐く。  それなら、と懐から拳銃を出してアンリの胸に押し当てる。もちろんそんな事をされるとは思っていなかっただろう。クロード、と名前を呼んだアンリの瞳が揺れている。 「この際だからはっきり言っておく。兄さんと俺は生きる世界が違うんだよ。人を殺すのも、殺されかけるのも日常茶飯時だし、慣れてる。でも兄さんは違うだろ。残虐なことが目の前で起こった時、目を背けずにはいられないはずだ。だったら、中途半端なことしないで。生涯知らなくて良い醜くて汚いことを、兄さんが知る必要はない」 「クロード、僕は、」 「ごめん、兄さん。俺は兄さんが思ってるほど、いい子じゃない。どうしてもついてくるっていうなら、兄さんの足に銃弾を撃ち込むぐらいのことは出来る」  言葉を紡がせないように言い募れば、アンリはぐっと唇を噛んだ。数秒の沈黙のあと、静かに息を吐いたアンリが、まっすぐクロードの目を見て言った。 「わかったよ。言うとおりにする。でも、此処で待たせて」 「だからそれは、」 「クロード」  だめだ、と言おうとしたのにダンテに遮られる。ダンテは何かを指さしていた。その先にいたのは、見知ったダンテの部下たちだ。 「あいつらがこの人の傍にいればいいだろ?」 「……どこまで先が読めるんだお前」  怖さ半分、呆れ半分に言えば、満足げに口角を釣り上げている。本当に出来すぎた男だ。彼の部下にも頭が下がりっぱなしである。いつか恩返しがしたいな。そんな事を思いながら、銃口を下げてアンリに向き直る。 「じゃあ、此処で待ってて。兄さん」  静かに頷いたアンリに背を向けて、歩き出す。当然のように横に並んで歩き始めたダンテに、笑みが溢れた。 「じゃあ終わらせるか、ハニー?」  ダンテが不敵に笑った。 「貴方の仰せのままに、ダーリン」  返ってきた軽口に笑って、力強く歩く。このくだらない諍いに幕を下ろすために。  

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