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ゴッドブレス

 鏡に映る自分の顔を見た。疲れが顔に出るとはこのことだ。目の下にはクマがきれいにでき、眼光が鈍い。徹夜明けの重い頭で、アリマは今日の予定の事を考える。「ああ、楽しみだな。それにしてもひどい顔。少し寝るか」  ベッドへ横たわると、どこまでも体が沈んでいく感覚に襲われ、そのまま心地よい眠りについた。 「あーちゃん!起きて!鹿野さん達来ちゃうよ!」  次に目覚めたときには、愛おしい従弟の顔が近くにあった。 「ゆうひーおはよー」 「おはよっ。あーちゃん」  ぎゅっ、とハグをする。懐かしい感覚に、何度やっても笑みがこぼれる。 「アリマ、この観葉植物枯れかけてる……あっ!」  ゴウが慌てて夕陽を引きはがし、代わりに自分がアリマを力いっぱい抱きしめた。 「アリマセンせ、その役目は俺がやるって言ってるでしょう?」 「いだだだだ、ギブギブ!」  青白い肌をしたヒョロヒョロの長身は、この数ヶ月でみるみる筋力をつけ、たくましい青年へと変化を遂げていた。目標は、打倒鹿野、だそうだ。    アリマの診療所開業3日前の今日。昼夜問わずフルで働いたゴウと夕陽をねぎらうため、お疲れ様パーティを提案した。あの件以降も鹿野と連絡を取っていたアリマは、サプライズで鹿野とりくを招待したが、どうにも黙っておくことができず、一昨日バラしてしまった。 「久しぶりにフォースさんと鹿野さんに会えますね!ゴウさん!」  夕陽が目を輝かせ、ぴょんぴょん跳ねた。 「そうだね、はーかわいい」  夕陽が可愛すぎてどうにかなりそうだ。思わず、腕に力が入る。 「ゴウくーん、き、きまってますよー」  ゴウの下で、アリマが白いタオルを投げた。同時に呼び鈴が鳴る。 「来た!はーい」  夕陽がうれしさを身体全体で表現しながら、玄関へ二人を出迎えに行く。 「あ、夕陽!ビックリしたふりして!」  アリマの声は惜しくも届かなかった。 「じゃじゃじゃーん」  玄関のドアを開けると、鹿野が後ろからりくの手を取り、操り人形のように動かしていた。鹿野に身を預けたりくが、困ったように笑っている。 「鹿野さん!フォースさん!久しぶり~」  夕陽が二人ごと抱きしめ、具が『りく』のサンドイッチが出来上がった。思っていたより自分たちの存在を早めに受け入れた夕陽に、鹿野とりくが動揺する。 「あ、あれ?」 「ごめん、二人とも!口が滑った!」 「先生~」 「カンパーイ!」 「あーちゃん、開業おめでとうございます」 「ボーナス出してね」 「素敵な診療所ですね」 「いやーめでたいなぁ」  5人でテーブルを囲んだ。夕陽の手料理が所狭しと並べられている。りくが、少し前に同じ状況があった事を思い出し、「その節はご迷惑をおかけしました」と、テーブルに三つ指をついて頭を下げた。  そのあとは、鹿野とりくが息ぴったりに、二人の出会いから、どうやって組織を解体に追い込んだのかまでを順を追って話してくれた。 「俺、りっくんに忘れられてた時、人生で一番へこんだんだからな。ぷんぷん」 「ごめんね、鹿野。でもいいでしょ?その分今、穴埋めをしてるんだから」 「でへへ~」 「バンビきもい」  本気で照れた鹿野が誤魔化すために音頭を取り、また5人で乾杯をして笑いあう。 「そういえば、フォースさんのお名前って」 「うん。力來だよ。改めてよろしくね、夕陽」 「りくさん!よろしくです!」 「名前といえば俺、ゴウの本名知らないわ」  夕陽が「お恥ずかしながら自分も」と手を挙げた。  ゴウが慌てて立ち上がり、アリマの口をふさぎに行く。どうやら間に合わなかったようだ。 「神谷恵剛くんだよ」 「けいごうさん。ゴウさんだ!」 「どういう字を書くんですか?」  りくがアリマの方へ手のひらを差し出す。往生際悪く、ゴウがそれを止めに入るが、鹿野に阻止された。打倒鹿野は、夢のまた夢らしい。 「神……恵……ゴッドブレスじゃん!」 「がはは」と、豪快な笑い声をあげながら、鹿野がゴウから逃げる。それを夕陽とりくが「危ないよ」と、はらはらしながら見守る。  これが本来の、若者たちのあるべき姿だ。アリマが、自分だけに聞こえるようにつぶやいた。  ーーーこの者たちの行く末に、神のご加護がありますように。

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