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第1話 水面に揺らぐ泡沫-1
※モブ輪姦/ソフト痴漢/が含まれます
「あっあっあっ……、イク……あぁイ、っちゃう……っ」
セックスは、嫌いじゃない。
ヤってる最中だけは、嫌なことを全部忘れられるから。
それで生計が立つなら、なおさら丁度いい。
ベッドの上で、俺は複数の男たちに囲まれて、荒っぽく揺らされながらぼんやりと天井を眺めていた。ギッギッとベッドが軋む度、上ずった吐息が零れていく。
コスプレ撮影会と称されたイベントの本当の目的、撮影後の”お楽しみ会”。
室内は男たちの汗や、興奮の吐息、我慢しきれず溢れる体液でむせかえるような熱気を孕む。可愛い、綺麗、最高だ、そんな言葉を口にしながら、俺の身体を弄ぶ無責任な欲望。
出来るだけ俺を享受しようと、挿入してない奴も横から手を伸ばしてくる。
既にぬるついたソレは、手のひらに包まれてグチュグチュと淫猥に音を立てた。
「んんっ、そっち触られながら突かれたら、出ちゃう、…って…っ」
熱を帯びた目達は俺を見ているようで、実際には誰一人として“俺”なんて見ていなかった。
俺を上下に扱く男の薬指で、誓いの指輪が淫靡に濡れている。
それを目で追って、俺は口の端をあげた。
「は…ッああ、あっあっ…イ…っああイク…ッ~~っ!」
涸れるほど声を上げてまわされた後、ぐったりとした身体でベッドに沈む。
着飾ったパステルカラーのガーターストッキングは、片方脱げて、もう片方はずり下がって白濁まみれ。
欲望の坩堝と化したベッドで、快楽の余韻に肌を粟立てて呼吸を整える。
代わる代わるに唇を吸われ「また次も参加してね」としつこくねだられながら、頭の奥をじんじんと痺れさせていた。
ギャラを受け取り電車に乗り込むころには、もう何も考えられないほどに消耗しているのが常。
口元に残った他人の味を舐め取るようにして、
ようやく俺は“ひとり”に戻ったことを知る。
◇◇◇
(時間、ずらせばよかったな……)
時計が示すのは午後七時。ラッシュアワーの電車内、途中から乗ってきたスーツ姿の会社員たちがひしめき合っている。
俺はドアガラスに頬を押し付けて、ひとつ深く溜息を吐いた。
おそらくどこかのおじさんの皮脂が付いているのだろうガラスが、汚い。
(帰ったらまず風呂だな…)
窮屈な時間をやり過ごそうと目を閉じた。その時。
――ふと背後から、不自然に押し付けられるような圧迫感。
満員電車を隠れ蓑に、身体の線を確認するようにこすりつけてくる身体。
またか、と半ば呆れた気分になる。
後頭部に触れる誰かの鼻先が、すう、と息を吸い込むのがわかる。
俺の匂いを嗅いでいる。変態だな。
イヤホンを耳に差しているが、実際には何も流していない。
ただ、これは「話しかけないでください」の意思表示のようなものだった。
それを知ってか知らずか、耳元に、低く囁くような声が忍び込む。
「君って、ナギくんでしょ?出演作、見たよ」
ぴたりと凍る。
その直後、項にあるホクロを知らない唇がそっとなぞり、まだ肌に残る撮影会の感触が、俺の吐息を震わせた。
更にシャツの裾から滑り込んだ指が、腹筋のラインをなぞるように這ってくる。
「今日、撮影会があっただろ?あの会場から電車で帰るならこの時間かなって、君を張ってた」
堂々とした言いぶりに、俺はやれやれとため息をついて、ガラスの反射に視線をやる。一体どんなツラして堂々と痴漢してんだ?
そう思って見たガラス越し。俺のすぐ後ろには、マスクをずらして俺を見つめる、随分と美しい男がいた。
俺より少し背が高く、美形な顔立ちで、物静かな瞳。
艶のある髪は、丁寧にセットされている。
(冗談だろ。イケメンじゃん)
こんな奴が男を痴漢してる上に、男が抱かれている映像を見てるだなんて、世も末だなと思う。でもま、そういう事もあるか。
俺は後ろに向けて、無言で三本の指を立てた。
男は一瞬面食らったような顔をしてから、軽く俺の腰を引き寄せてきた。
――夜道。
男同士OKなホテルまで男を誘導して、光るパネルで好きな部屋を選ばせる。
まだまだ部屋は選び放題な時間帯。
(さあ、変態君は何が好きかな?コスプレ?SM?露店風呂付き?ローションマットは全部屋あるぞ)
ちらりと隣を見ると、長い睫毛の下で一通り部屋のパネルを眺めた視線が、上の方で止まった。
男はSMでもなんでもない普通の部屋の、一番ランクが高い部屋を選んだ。
(がっついて変な部屋選ぶと思ったのに)
選んだ部屋に入ると、品の良い照明が空間を彩り、無機質な機械音声が案内を始める。
「あんまり綺麗な部屋入ったことなかったから新鮮~。ホ代そっち持ちね」
俺が靴を脱ぎながら言うと、男は綺麗な顔を歪めた。
「ここで綺麗な方なの…?突発だったから予約できなかったの悔やまれるな…」
「あんたいつもどんなとこでヤってんの…?」
俺はスリッパを早々に脱ぎ捨て、ベッドに腰を下ろすと、タブレットでフードメニューを開いた。
「何か食べていい?俺、おなかすいてんだよね」
軽く声をかけると、上着を脱ぎながら男が応じた。
「全然、抵抗なさそうだね。こういうの、案外普通のことなんだ?」
「お互い様じゃないの?あんたも初対面の俺を、こんなとこ連れ込んでるじゃん」
これとこれ、といくつかのフードを選んでオーダーを済ませた後、俺はガラス張りのバスルームへ向かって湯を溜め始めた。
バブルバスの照明も点けておく。あれは、綺麗だから好きなんだ。
「先、入る?それとも一緒に入りたいわけ?」
くるりと振り返ると、すぐ背後にいた男が腰を抱いてきた。
「俺はもう入ってきた。君は準備もあるだろ?それに……俺は、楽しみは取っておきたい」
声のトーンは落ち着いているのに、どこか熱を孕んでいるようにも聞こえた。
準備はまあ、さっきまでヤられまくってたから大丈夫なんだけど。
なんとなく、この雰囲気を壊したくなくて言葉を飲み込んだ。
「あんたのこと、なんて呼べばいいか教えてよ。偽名でいいから」
「蒼。草冠に倉って書いて、“そう”」
――蒼。
いかにも儚げな名前だな、と思った。
目の前のこの男も、きっと俺と同じ。
性を拠り所にして生きているんじゃないだろうか。
わざわざ痴漢なんて危ない橋渡って男拾わなきゃいられないくらい、スリル満載セックスしたくて仕方なかったんだろ?
それなら俺は、丁度いい相手だ。
「俺はナギでいいよ」
俺は今夜、この男に買われた。
たった一夜のつもりだった。――のに。
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