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第2話 水面に揺らぐ泡沫-2
「今日のイベント知ってて、出演作も見てて、そんで張ってたって、あんた俺のストーカーか何か?」
バスローブの前をゆるく閉じたまま、俺は湯気の余韻を肌に残してベッドへ腰を下ろした。火照った身体にシーツのひんやりした感触が気持ちいい。
「ヤりたかったなら来たらよかったじゃん、今日のイベント。あー……あんた潔癖そうだから無理か」
俺がそう言うと、蒼は部屋の片隅に脱いだジャケットをかけながら、ふっと表情を緩めた。
整いすぎた顔立ちが、ほんの一瞬、悪戯っぽく歪んで「まあそんなとこ」と笑った。
顔立ちに加えて、スラッとした男性らしい体躯が服の上からでもわかる。
ふと、記憶の隅に何かが過る。
「……あんた、モデルかなんかじゃない?どっかで見たことあるような」
言いながら、俺は片肘をついて寝転び、無造作に脚を組んだ。
「……悪い顔してるね。俺を揺すろうとしてる?」
「別に。どうだっていい。気持ちよくしてくれるなら、どこの誰だっていいんだ俺は」
わざとらしく笑って、上半身を少し起こしながら、覆いかぶさってきた蒼の首筋にそっと唇を這わせた。
湿った吐息と一緒に、甘く噛む。
微かに濡れた髪が彼の肩に触れると、少しだけ彼の呼吸が震える。
「ほら蒼、早く温めてよ。湯冷めしちゃうだろ」
「……キスが、から揚げ臭い」
「そりゃあ、さっき食べたからね。大丈夫、すぐ精液くさくなるよ」
冗談混じりに笑いながら、俺は蒼を押し倒して脚の間に身体を滑り込ませた。
俺は蒼を見上げながら、指先で蒼のベルトに手をかけて微笑む。
バックルを外し、ファスナーを下ろし、するりとズボンをずらして取り出したそれは、思った以上に張り詰めていて、大きかった。
(こんないいモノ持ってて、突っ込む先が女じゃないなんて。……ボトムよりは使い道あって良いか…。って、待てよ)
「俺が挿れられるほうでいいんだろ?さっき穴の心配してたもんな?」
ぬるりと、脈打つ裏筋に舌を這わせていった。先端を吸って、押し付けるようなキスを落としていく。ぴくんと震えた先端から、透明な液が玉のように浮かぶ。
蒼は俺が舐めとる様子を食い入るように、目を細めて眺めている。
「君のことは結構調べたんだ。当然挿れるつもりで、犯すつもりで声をかけた…。俺が怖い?」
「怖がった方が蒼好み?ん、ふ…、でっか…奥まで届きそう…。俺を今からコレで犯してくれるんだ?」
手で包み込んで上下に柔柔と動かしながら、咥えこんで、吸って、たまに蒼に視線を投げる。
乾ききっていない髪が、蒼の太ももをくすぐるたびに、彼はむず痒そうに身じろぎする。根元にだけ残る、整えられて柔らかい毛が、俺の上唇をふわふわと刺激して気持ちいい。
(モデル?だし、際どい下着とかもつけるのかな。綺麗に整えられてて、いい感じ)
ちゅく、ちゅく、じゅる…。くぷ。
やがて、蒼の唇から、何かを堪えるような吐息が漏れ始めた。
表情は淡々としているのに、耳に届く小さく震えた吐息が、どうしようもなく淫靡だ。俺の髪を撫でる指先が、たまに毛先を掴んで――…
(我慢しないで出したらいいのに、声)
そのくぐもった沈黙に、ほんの少しの優越感と、ほんの少しの空しさを覚える。
この人は、俺みたいにイカレきってないんだ、まだ。
まだこの世界で、自分に刺さる視線を気にして生きてる。
モデルなら仕方ないか。セクシャリティなんて、そうそう公にはできないだろうし。
寄ってくる女たちも、その奥までは覗いてこないんだろう。
……いや、知らないけど。
じゅぶ、じゅる、と濡れた音が室内に広がる。
先端を舌で弄び、吸い付いては一気に根元まで深く咥えこむ。
唾液を絡ませた指で筋を擦りながら、唇を締めたり、緩めたり――…
舌先に唾液ではないぬるりとした塩味が絡まる。
口内全体で包み込むように吸うと、蒼の指が、濡れた俺の髪をぎゅっと掴んだ。
その力が少しずつ強くなっていくのがわかる。
(これ好きなんだ…かわいいな)
かすかな熱が、彼の理性の輪郭を揺らしていくようで、たまらなく心地いい。
その瞬間、胸の奥で何かが静かに疼いた。
-この人が、自分に夢中になって依存したらいいのに-
つまらない日々の、ほんの退屈しのぎ。
でもそれは確かに、俺の中でうっすらとした熱を持ち始めていた。
どう見たって表の世界の人間。まっとうに生きる人間側。
それが今、俺の口で、
――イった。
数回迸ったそれを口内に溜めてから、ごくりと喉を鳴らして飲み干し、熱のこもった吐息をひとつ吐き出す。
欲望の味に満ちた唇で、俺は蒼の口を塞いだ。
「良かったぁ…?」
舌を押し込み、柔らかく、ねっとりと絡める。逃げようとする舌に吸い付いて逃がさない。キスの奥で、ふっと彼の呼吸が震えた気がした。
押し付けられた唇を、今度は蒼が押し返してくる。
そしてそのまま、俺の身体をベッドに縫い付けるように組み敷いてきた。
見上げる視界の先、蒼の瞳が熱を孕んで揺れている。
じん、とした重さを伴って、胸の奥が震えた。
首筋に落ちる熱い吐息。そこから鎖骨、胸……皮膚の薄い場所をなぞるように、俺が反応した場所にとどまりながら、蒼の唇が丁寧に触れていく。
「あ…、はっ…。んー…あんたの唇柔らかくて気持ちいい…」
湿った舌が、ゆっくりと、肌の温度を引き出すように這い、吸い、甘噛みするたび、俺の喉が小さく震えた。
(……いいじゃん)
腰を揺らして、艶を滲ませた声でねだる。
「あっ……そこ、もっとして……唇で挟んで、くにくにって…」
その言葉に、蒼の舌が乳首に留まったまま、吸ったり、撫でたり、やさしく噛んだりと、刺激を重ねてくる。
「ん…っああ、…舌温か、くて、きもちぃ…」
普段セックス相手にリクはしない。
自分本位に抱いてくる奴に言っても適当にされるし、違うといえば萎えられる。
でも、蒼は応えてくれるかもしれない、そんな気がして。
肉厚な唇が熱を包み、じわじわと痺れる快感を送り込んでくる。
ぷくっと立ち上がった乳首を見て、蒼は満足そうに目を細めてた。
「あは、乳首攻め、俺がヤられてるの動画で見て、勉強したの…?」
喉の奥で笑って言うと、蒼が顔を上げたまま、唇の端(はし)を上げて笑った。
「男なのに、こんなとこで感じる変態なんだろ?」
「その変態を買ったくせに」
「どっちもどっちだよ」
じゃれ合うような言葉の応酬の中で、少しだけお互いの距離がほどけていく。
(男にしゃぶりついてガチガチにしてるモデル……ね)
俺は本屋になんて行かない。
テレビも見ない。
多分、コンビニだ。俺がその顔を見たのは。
雑誌の表紙に載ってる、ってことは、そこそこ名のある奴。
「ねえ…もう欲しい…入れて良いでしょ…?」
脚を絡ませて蒼の腰を引き寄せ、添えた手でその熱を俺の内側へと導いた。
「待ってナギ、ゴム――…」
わざわざ持ち込んだ、質のいいゴムがサイドテーブルに置かれてるのは気づいてた。俺はそれに手を伸ばした蒼の指先を絡めとって、甘えた声を出した。
「ナマがいい。俺、中で出されんの好き…。やだ?」
蒼の最後の理性だったかもしれない指先が、ゴムではなく俺の腰に戻る。少しだけためらいがちに、入り口に押し当てた誘いにのってくれる。
キスをしながら後ろ手を添えて、多少腰を揺らして挿入を焦らした。
残された躊躇いは興奮で上書きされたように、蒼の腰が揺れて強請ってくる。
俺は蒼の腰に脚を絡めてクイッと引き寄せ、耳元で囁いた。
「ふふ…いただきまぁす…♡」
熱く濡れた先端がゆっくり押し入ってくる。夕方まで弄ばれつくされてたそこは、難なく蒼を飲み込んでいく。
「あ…あ、あっ…反ってて、いいトコ全部擦られる…」
蒼の形をなぞるように、内側が押し広がって、熱で満たされていく。
「あー…あ…大きい…、まだ入ってくる…。あはっ…、んん…っ」
お互いの感触を味わうような視線を交わし合って。
ぬるり、と奥まで完全に入った瞬間、身体が吸い付くようにきゅうっと締め付けた。
「っ……、はっ……ァ……」
根元まで咥えこまれて、蒼の口からこぼれる吐息が甘い。
俺はそれを聞き逃さなかった。唇を噛んで呑み込もうとした彼に、にやりと笑って腕を首に絡めた。
「声、出してよ……蒼。俺、えっちな声聞くの、すっごい好き。ここには俺しかいないんだから、我慢しないで」
口を少しだけ綻ばせる蒼。俺の言葉に、彼の仮面が、ズレていく。
「……ナギの中、温かくて気持ちいい……。柔らかくて、俺のこと締め付けてくる…」
掠れた声が名前を呼ぶ。それだけで、下腹がキュンと疼いた。
大きく上下する胸と胸が密着して、汗が小さく音を立てる。
蒼はゆっくりと、でも抗えない熱を込めて腰を揺らし始めた。
出し入れのたび刺激される括約筋がヒクヒクと締まり、俺の中が蒼を咥えこむ。
入れておいたローションが潤滑を高めて、ぐちゅぐちゅとはしたない音を立てるのを、俺は味わうように軽く唇を噛んで快楽を追う。
「蒼…その動き、超感じる…、はぁ…、あ…ぁ…んーイイ…」
仰け反って見上げた天井一面に、ベッドを見下ろすように貼られた鏡。そこには、男に抱かれてよがる俺の姿が映っていた。
脚を絡め、快感に濡れた顔で喘ぐ俺。まるで誰かのAVを見ているようで。
「ひァ…っん…っ、ああ…ッそこ、ばっかり…されると…っ」
でもこれは現実だ。ギッギッと、蒼の律動に呼応するベッドのスプリング。
見知らぬ男に、半ば脅されて、奥の奥まで犯されてる。
――…違う、犯されてるんじゃない。
選んだ。俺が選んだ。
「ふふ…、凪咲、気持ちよさそう。前立腺好きなんだ…。浅く突くときゅんきゅんするね。自分でする時触るの?それとも誰かに教えられた…?」
「わかん、ない…。わかんない、くらい、セックスしてるから…っ」
いつもと同じ。俺が快楽の予感を選んで今、望んで抱かれてる。
「……もっと、奥も、もっと突いて……っ」
囁いた声は、懇願よりもどこか祈りに近かった。
蒼が上体を起こすと、天井の鏡で、繋がった場所が良く見える。
赤く色づいたそこは、肉がぶつかり合う度ぱちゅぱちゅと音を立てる。
脚を抱えられると腹圧で押し出されて、ローションなのか蒼の先走りなのか解らないものが、シーツに垂れて染みを作っていく。
(あ――…、イかされる…さっき会ったばかりの男に…)
カウントダウンは始まっている。こうなったらもう、何をされたってイクしかない。止められない。
もっとして。もっと突き刺して。ぐちゃぐちゃに搔きまわして。
俺をここから連れ出してよ。
そして感覚以外全部、全部忘れさせて。
誰に教え込まれたかなんて、思い出させないで。
「っあ……んぁ……蒼……っ、蒼……っあっあ゛あああっ!」
快楽の渦に堕ちながら、俺は快感と共に、蒼の名を何度も呼び続けた。
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