3 / 4

第3話 水面に揺らぐ泡沫-3

※モブ攻め/拘束プレイ/中出し/屈辱絶頂/が含まれます 気がつけば、白濁に汚れ切った身体で、ベッドに横たわっていた。 天井の鏡に映る自分は、空気が撫でただけで感じてしまいそうな肌が、まだうっすら色づいて映える。 唇は赤く濡れて、髪も乱れたままの、いつも通りの情事後。 いつもと違うのは、身体が満たされていたことだ。 (気持ちよすぎて、星が散ってるみたいだった) 後ろでマジイキなんて、オナニーでしか経験ないのに… 目の奥に、まだチラつく快楽の残光。 しがみつくように爪を立てた蒼の背中には、爪痕がいくつも走っている。 赤く浮き出た線を見て、少しだけ胸がちくりとする。 「モデルなのに、肌傷つけてごめん」 (いつもは爪なんて立てないんだけど。あんたのセックスが、気持ちいいのがいけない。俺は悪くない) ベッド端に腰かけた蒼の後ろ姿を見て、ゆっくりと身体を起こす。 「背中を見せる仕事はしばらくないからいい。あっても、メイクで消すしね」 ペットボトルを煽ると、コクリと、蒼の喉が鳴った。 (まるで、いつものことみたいに言うんだな) 何も知らない相手の素顔が、ほんの少しだけ覗く。でも詮索はしない。 「何飲んでんの?俺も飲みたい」 そう言いながら、後ろから抱きついて、蒼の肩に顎を乗せる。 胸や腹筋を撫でるように触れると、しっかりと鍛え上げられたその体が、少しだけ呼吸を弾ませた。 「水。身体の線は、キープしなきゃならないから」 「……身体かっこいいもんね。……蒼、頑張ってんね」 頭を撫でながら耳元でいうと、蒼が俺の顎を持ち上げて唇を奪った。 さっきまでの激しさとは違う、余韻の中の静かなキス。 「ん…、ふ…。んー……」 舌がゆっくり絡まって、温度だけがじわじわと肌を染める。 (蒼の舌美味しいかも) キスの合間にうっすら目を開けると、目を閉じてるのに、なんだか泣いてしまいそうな蒼がいた。 (なんでそんな顔してんの。「頑張ってる」って、褒められたから…?) 名残惜し気なキスは、小さく音を立てて離れていく。 「…ナギ、三万で良かったの?俺もっと出せるよ。結構稼いでるから」 「痴漢な上に、半分脅しみたいにホテル連れ込んどいて、随分まじめなこと言うじゃん。……いいよ、別に。面白そうだったから、ついてきただけだし」 そう言って、身体についた精液を悪戯に蒼の背中にこすりつけ、ネチネチと音を立てる。 「あんたの精液の匂い、好きだな…。甘い」 ぬるりと肌に広がる感触。蒼が小さく息を呑んだ。 「……ナギ。お風呂、一緒に入ろうか」 耳元に落ちてきたその声は、甘く、そして妙にやさしかった。 ◇◇◇ 支払いを蒼に任せて、俺は先に靴を履いた。 つま先を整えていると、不意に背後からあたたかい気配が迫ってくる。 うなじに、そっとキスが落ちる。 「……っ、何?」 首をすくめると、蒼の艶のある声が耳をくすぐった。 「また会いたい」 その言葉が、妙に真っ直ぐすぎて、心臓の奥がひゅう、と細く収縮する。 あまりに本音の響きを帯びていて、ゾクリとした。 ――釣れそう、だと思った。 男娼に入れ込む美形モデル。面白いかも。魔が差すってこういう事かもしれない。 「……いいよ」 そっと絡めた指に、自分の指をこすりつけてやる。 ほんの一瞬、甘えるふり。ちょっとした媚薬。 蒼の目が細まり、微笑むその表情に、なぜか少しだけ喉が渇いた。 遅くなったからタクシー代も出すという蒼に手を振って、俺は駅まで歩いた。 途中の自販機で水を買う。 なんの味もないそれは、乾いた喉を優しく潤わせた。 ――…終電近い帰りの電車。 ようやく人もまばらになって、俺は空席に腰を下ろす。 (さすがにキツいわ……複数人にヤられて、さらに本気セックスとか) 背もたれに身を預けた瞬間、全身から力が抜けるようだった。 お楽しみ会みたいに相手本位なセックスは、若さだけではどうにもならない。 (こっちの身体も気にしないで、ズボズボ中擦ってくるからな…) 身体の奥まで使われたあとの、ほの熱さと鈍い痛み。 (……座れてよかった) そう思いながら、指先で喉元を撫でる。 (あ…) 蒼に何度も吸われた跡が、まだうっすらと熱を持って疼いていた。 目をやる窓ガラスに映る自分の顔は、妙に綺麗だった。 性で満たされて、心は空洞、いつもはそうなのに。 ほんのりとまだ、頬が火照って。 今夜を思い返す――…。 セックス相手には、ただただ欲望をぶつけられることが多い。 仕事相手でも、俺のファンでも、興奮しててこっちのことなんて見てない。 でも今日の蒼のはなんというか… (恋人相手のセックスしてきたな、あいつ) ストーカーの癖に…。 慣れないことは、いつだって鮮烈に残る。心にも、身体にも。 大事なのは、それに期待しすぎないこと、だ。 ポケットの中でスマホが震える。 『おやすみ』 蒼からの、たった一言。 友達じゃない。恋人でもない。 そもそも俺は、誰かとちゃんとした関係を築く、なんて考えたこともない。 こういう相手と連絡先を交換したのなんて、初めてだった――。 キスの熱がまだ唇に残っている。 タタン、タタン、と一定のリズムを刻む車両。 (……どうしようかな) ほんの数秒だけ迷ってから、返信欄に指を滑らせた。 『またね』 それだけ。 投げた言葉が、電車の中に、夜の中に、じんわりと滲んで消えていく。 ◇◇◇ ――翌日。 『男性向けセクシーランジェリーのモデルをしてくれないか。』 そんな連絡が入ったのは、まだ身体が痛んでまともに起き上がれない朝だった。 溜まった疲労と、あちこちに残る指の跡。 うーんと悩むが、『跡ならメイクやレタッチで消せるから、とにかく助けてほしい』と。 俺はため息とともにベッドから身体を引きはがし、ゆるゆると立ち上がった。 日当たりの良い部屋。 一人で住むにはちょうどいいサイズ。 家具も物も最小限しか置いておらず、唯一ウォーターサーバーだけが場違いに贅沢品に見える。 隣人の顔は知らない。生活音も聞こえてこない。 俺がたまに女性向け音声作品の収録をしてることなんて、きっと誰も知らない。 そのためにひと部屋潰した防音室。 そんな生活をいつまで続けられるのか、なんて誰に言われなくてもわかってる。 自分の賞味期限なんて。 歯ブラシをくわえたまま、鏡の中の顔をじっと見つめた。 老いるには惜しい顔。 でも、どう足掻いても確実にそれは来る。 そうなったらどう生きるかなんて、今はまだ考えたくなかった。 ――現実なんて、忘れていたい。 撮影スタジオのカメラの前。 布という名のほぼ紐のような下着を纏い、ポーズをとる。 きっちり全身脱毛され、しなやかに引き締まった身体は、どんなに布地がなくても美しく映える。 光の下、瑞々しい肌が白く浮かぶ。 カメラマンのリクエストで少し足を開くと、昨日の夜に残された唇の痕が脚の付け根に薄くにじんでいた。 「……あー、見落としてた。そんなとこにもキスマあったかー」 メイクさんが、のんびりした声で笑いながら近づいてくる。 手にはコンシーラーのパレット。 「さすがに脚の付け根は焼けてないから白いね。この色じゃ合わないかも」 「……すみません」 「いいのいいの!突然呼び出しちゃったから、ごめんね。OKです田崎さーん!」 メイクさんが手をひらひらさせて引っ込む。 その後ろから、カメラを担いだ男――田崎が近づいてくる。 下着の宣材写真のはずなのに、不必要にエスカレートしていく田崎の要求。 奥の方でメイクさんが、心底軽蔑した目で田崎を見ている。 (どうせ後で、俺の写真見てシコるんだろ) いや、それならまだいいか。 そんなことを思いながら、指示通り、下着を少し指でずらした。 撮影が終わり、俺は簡単に服を着て、休憩所で缶コーヒーを啜っていた。 そこへ、煙草の匂いと共に田崎が隣へ腰を下ろす。 「ナギ君、キレイに撮れたよ。急だったのに有難うね。ったく、予定してたモデルがさ――」 世間話、面倒くさい。どうでもいい。 この会話に意味はない。だってこいつは、俺の脚に手を乗せるタイミングを計ってるだけなんだから。 煙草のにおいも、話し方も、全てがそういう奴のテンプレートだ。 (タバコくさ……) 案の定、田崎の指が、じわりと俺の太ももに触れた。 軽く揉むようなその手つきを横目で見て、田崎の顔を見る。 「ナギ君って良いよね。冷めたような目で見る癖に、挑発するように大胆にポーズをとる。そういう子が違った一面を見せたりするとこ、皆みたいだろうなあ……」 コーヒーから目を上げると、欲情しきった目が俺を見ていた。 視線が俺の身体に絡みついてくる。数十分後に抱く身体を想像して、口をだらしなく開いて。 「この後、予定あるの?今日のギャラって聞いてる?」 「ギャラはもう支払い済みですね。予定は、……内容を聞いてから決めようかな」 軽く笑って返しながら、缶の中身を飲み干す。 鉄の味がした。 ◇◇◇ 安ホテルの、やたら軋む最低限なベッドの上。 有線が間の抜けた音楽を垂れ流している。 休憩時間は二時間。 (どんなスピードだよ) パンパンパンと肉がぶつかる音が、狭い部屋で反響している。 「んぁっ、あっあっあっ…やだ…っ田崎さん、脚、閉じたい…っああっ」 こういう撮影をする奴の下半身って、どうしてこうだらしないんだろうな。 見るだけで我慢できないなら向いてないだろ。 「かわいいよ、ナギ君…、ほら見て、こっち目線頂戴!」 今日撮影で使ったセクシーランジェリーを身につけさせられて、相手本位に抱かれる。 手足はリボンで拘束されて、大きく開かれて固定された脚の間では田崎のモノがせわしなく出入りしていた。 興奮した視線でソレを写真に撮る雄――それを、適度に喘ぎながら、俺は冷めた目で見ていた。田崎の雑なセックスは、俺の思考を乱すことがない。 (……バカみたいに腰振ってら) 鈴付きのチョーカーが、俺の鎖骨でチリチリと音を立てる。 過剰に注入されたローションは、荒々しい律動の度水音が止まない。 ギッギッとベッドが軋むたび、肺から押し出される空気が声になる。 「あっ、やっ…、もっと、田崎さ、ァん…っお願い、お願い――…」 (お願いだからもっとギャラ上げて) 欲しがるように腰を振ってやると田崎が上機嫌になる。 「ナギ君はさ…もっと、いっぱい写真撮ったらいいのに…っ」 口を開いたかといえば、写真を撮りながら何言ってんだと俺は目を丸くした。 「撮っ、てるじゃ……ないですか、今……っ」 「じゃなくてさ、あー……すご……っ、綺麗で若いうちに、もっとたくさんモデルの仕事入れたら?って……だってさぁ…、」 (だってさ?) だって、老いるじゃないかって? うるさくフラッシュを焚かれながら、蒼の顔がふと脳裏に浮かんだ。 蒼はモデルのことを否定しなかった。妙に憂いた瞳のあいつも、もしかしたら俺と同じ気持ちになったりするのだろうか。 「そういうの、他のモデルにも言うんですか?」 投げかけた質問は、もはや興奮で耳を塞がれた田崎には届かない。 「あぅ……ッあーあーっイクイク……!ナギ君、締めて締めて……っ!中でいい? いいよね?一万乗せるから……っ」 じゅぶじゅぶと、俺の内側を擦りあげるローションの音が荒くなっていく。 「孕め…っ孕め…っ淫乱…ッ」 カメラを放って俺を抱え込む田崎の声が、耳のすぐ横で騒がしく鼓膜を震わす。 (うるさいな…黙ってイけよ…) ……もう、早く終わらせたかった。 のに。 身体を密着させて自分の快楽だけを追う田崎の腹に挟まれたせいで、俺の裏筋が擦れて今更勃(た)ちあがってくる。 (あ、やば…) 手も足も拘束されてて、伸し掛かる男の体重から逃げられない。 「ちょ…ッと…、待って、田崎さ、あッ、身体起こ、して…って…ッ」 容赦なく追い立てられる。心に反して身体が反応してしまう。 (クソ…!で、出る…こんな奴相手に…) 「あっ…ん、ふぅ…、はぁ、あ、ああ、ああっ、んんんん…ッ!!」 屈辱の中、俺の白濁が田崎との腹の間に跳ねた。 達した田崎も余韻の様に腰を動かしてから、荒い息でこちらに沈みこんでくる。 圧し潰された俺の性器がまだ足りないと脈打つが、それすら相手を悦ばせる反応にしかならなかった。 汗ばんだ重い身体が、俺の上で呼吸を整えている。 (……おじさんの臭いだ……) ぼんやりとした意識の中で、自分の身体の中で存在を失っていく田崎を感じる。 きゅ、きゅ、と、もどかしく締め付けてみるが、反応はない。 ただ、押し出された精液がシーツに溢れ落ちた。 こんなに突かれて、喘いで、射精しても、まだ足りない。 その先に連れて行ってくれるのは、こういうセックスじゃなくて。 (イきたい…イきたい…) キュウキュウとしぼんたモノを締め付けると、田崎がくすぐったいと笑う。 笑って揺れると、肩にひげの剃りあとが刺さって痛い。 (役立たずめ…、あいつならもっと―…) 意識の奥で頭を擡げた感情に、俺はパッと目を開いた。 「ナギ君、今日も凄く良かったよ」 女をあやす様に、情事後の儀式のようなキスをしてから、田崎は煙草を咥えた。 ベタベタと汗で貼りついたリボンが漸(ようや)く解かれて、俺はベッドに手をつく。 田崎は撮った写真をプレビューしてニヤつく。満足げで野卑な「ハッ」という笑いが、セックス相手を道具にしか思っていないことを察させた。 まあ俺も、セックス相手は金にしか見えないけど。 軋む関節と、腹に冷えた体液の感触。 (帰ってオナろ…) 目を伏せながら、声にもならない吐息を押し殺した。 ◇◇◇ 時刻は夕方。音のないイヤホンを耳に差して、帰りのホームで電車を待つ。 スマホの画面は静かなまま。誰からも通知は来ていない。 鳴らないスマホを眺めて、蒼を想った。 モデルって、どのくらいの年齢までできるんだろう。 蒼も、あんなに綺麗なのに、誰かから「そろそろ落ち目」とか言われてるんだろうか。 (目の前にいたら……抱きしめちゃうかもしれないな) そんな馬鹿みたいなことを考えていた。 ドロリと、流れ出た情事の感触にうんざりしながら、空いた車両の端に立つ。 不快。気持ち悪い。風呂に入る余裕もなかった。 ホテル代ケチりやがって。 (上着がオーバーサイズで良かった…) ポツリポツリとともり始めた街の明かりを眺め、俺はただ揺られながら、静かに帰路についた。

ともだちにシェアしよう!