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エピローグ

空は、驚くほど澄んでいた。 やわらかな春の風が、頬を撫でていく。 ここは、山あいの小さな神社。 白木の鳥居の向こう、木漏れ日の差す境内に、今日ふたりだけの誓いが静かに刻まれる。 ふわりと、白無垢の袖が揺れた。 鏡に映る自分の姿は、まるで別人のようだった。 “青羽”だった頃の僕は、もうここにはいない。 そこに立っているのは、“美羽”という名前で生きることを選び、 そして、心からの愛で選ばれた──今の、僕だ。 「……似合ってるよ。すごく、綺麗だ」 振り向くと、誠司さんがいた。 黒紋付の羽織袴に身を包んだその姿は、まるで時代の絵巻から抜け出してきたかのようで、 胸がきゅうっと締めつけられる。 「誠司さんこそ……かっこいいです」 「ふふ、ありがとう。……でも、本当に綺麗なのは君だよ」 そのやりとりに照れながらも、僕はもう目を逸らさなかった。 今日、僕はこの人と──“夫婦”になる。 誰かに与えられた役割でも、誰かに強いられた立場でもない。 自分で選んだ、たったひとつの、愛のかたち。 ── やがて神主の導きで、社殿へと進む。 厳かな雅楽が流れる中、 誠司さんとふたり、並んで玉砂利を踏みしめる音が心に響く。 三三九度の盃を交わし、 誠司さんが、誓詞(せいし)を読み上げた。 「これよりのち、苦楽をともにし、互いに助け合い、  永き人生を誠実に歩んでゆくことを、ここに誓います」 その声が胸に沁みた。 ──こんな日が来るなんて、かつての僕は想像もしなかった。 神前に玉串を捧げ、深く頭を下げる。 (神様、願わくば──どうか、この人の隣にいさせてください) 小さく、静かに。心の中だけで祈った。 ── 式の最後、小さな机の上に置かれた桐箱。 中には、お揃いの結婚指輪が収められていた。 そういえば──誠司さんと“お揃いの指輪”を持つのは、これが初めてだ。 いつだったか、僕が何気なく「お揃いが欲しい」と言った。 その時、誠司さんは少し照れながら「じゃあ、結婚式のときに」と言ってくれていた。 その約束が、今日、ここで叶う。 「美羽」 誠司さんが、そっと僕の左手を取る。 「この指輪に込めた想いが、ずっと君を守ってくれるように──」 指輪が、やさしく、薬指に滑り込んでいく。 僕は、静かに誠司さんの左手を取り返す。 「僕も……あなたと生きていくことを、心から誓います」 想いを込めて、そっと指輪を贈る。 ふたりの視線が重なった。 言葉はもう、要らなかった。 すべてがここにある。 すべてが、本物になった。 風が、ふわりと吹き抜ける。 桜の花びらが、ひとひら、ふたりの間に舞い落ちた。 ──そして、僕たちは、やっと本物の夫婦になれた気がした。   ──名ばかり夫婦・完──

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