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第1話 テスト結果

 チャイムが鳴る。手元にあったのはほぼ白紙のテスト用紙だった。 「はあああああ……」  ツェイはがっくしと肩を落とした。気落ちしているせいか頭上に生える猫の耳まで一緒に垂れる。散々な結果だった。赤点確実だ。これで実技まで赤点だったら笑えない。 「うあー! どうして俺は勉強が出来ないんだ! この馬鹿っ出来損ない、無能!」  ぼかぼかと自分の頭を叩く。  周囲の者がぎょっとして距離を取る。  痛いだけで何の解決にもならないのは分かっている。髪がぼさっただけだ。 「はあー」  購買で飲み物を買って教室に戻ると、教室の一角にいつもの猫(人)だかりが出来ていた。 「ドロテ君なら今回の試験も学年一位じゃない?」 「どうだったー? テスト。私は全然勉強してなくってー」 「簡単だったんでしょー?」  主に女子に囲まれている。  その中心にいるのはクラス一のイケメン、ドロテだった。 (まーたあいつかよ。キャーキャー言われやがってクソが……)  ストローをがじがじ齧りながら椅子を引いて席につく。  ドロテ。同じネコ科とは思えない凛々しい顔つき。艶やかな黒い毛並みに金の瞳。揺れる尾もしなやかで長く、クラスのあちこちから歯軋り(嫉妬)の音が聞こえる。俺の歯茎からも聞こえる。  あいつと俺は幼馴染だ。昔は日が暮れるまで遊んだというのに高校に上がった途端、ツンとした態度を取るようになり、話しかけてこなくなった。すげー寂しい。 (あんだよ……。男友達と遊ぶより、女子ときゃっきゃしている方が楽しいってか?)  ずずーっと音を立ててすすり、紙パックがベコンとへこむ。 (ケッ)  フンと顔を背けると、身体ごと向きを変えた前の席の男子が話しかけてくる。 「いやはや……。本日もドロテ氏の人気は凄まじいですなぁ」  瓶底眼鏡をくいっと気取った仕草であげて、変わった話し方をするのはクラスメイトであり部活仲間のミョンだ。 「ところで同士よ……。その様子だと、テストの結果は芳しくなかったようですなぁ」 「あーね。問題解けなさ過ぎて黒板割ろうかと思ったわ」 「黒板に罪はありませんぞ?」  くいっ  分厚すぎて全然瞳が見えないが俺は知っている。ミョンは「眼鏡を外すとどえらいイケメンになる」タイプだということを。  部活中に一度眼鏡を外したところを見たことがある。美しすぎて高速で四度見した。ドロテがきりっとしたイケメンなら、ミョンは(喋らなければ)儚い系美男子といったところだ。まるで橘と桜。比べることなど出来ない美の双璧。  勿体なさ過ぎてコンタクトにしろと肩を前後に揺すりながら言ったことがあるが、ミョン自身、コンタクトを眼球にセットするまで四時間かかったと言う。それを聞いて俺はもう何も言えなくなった。  野暮ったい瓶底眼鏡は「ふぅむ」と腕を組む。 「ならば実技に賭けるしかありませんな」 「……そーなんだけど、俺、そっちも自信なくて」  片手で頭を抱えながら机に突っ伏す。  ざらついた机。机に傘マークと誰かの名前が彫ってあるのだ。それを指でなぞる。  学生らしいと言える青春の一コマなのだろう。鉛筆で机に落書きするのはまだいいが、彫刻刀などで机を掘る奴! キサマの腕にも掘ってやろうか。三角刀で。 「バチ切れじゃないですか」 「ったりまえだ。プリント問題解いている時、鉛筆がガクッてなるんだぞ。何枚プリントに穴開けたと思ってんだ」 「下敷きって知ってます?」 「そういうミョンは? 実技自信アリ、なの?」  突っ伏したまま拗ねていると、ちょいちょいとぼさった髪を直してくれる。 「拙者。予習復習は欠かしませんので。んーーードロテ氏には及ばないかもしれませんが、学年上位は余裕確実ですなぁ」  ミョンの胸ぐらを掴む。 「ムカつくからお前の眼鏡割って良い?」 「拙者の眼鏡を粉砕したとて、成績は上がりませんぞ?」  ド正論で返され、再び力なく項垂れる。 「っくそ……」  ミョンは乱れた襟元を整える。 「切羽詰まっている様子。実技まで一日ありますし。良ければ拙者とテスト勉強でもしますかな? んーーー付け焼刃ですが、しないよりはマシかと」  ちらっと見上げると、眼鏡の下から鮮やかな水色の瞳がチラ見えした。宝石のような美しさにばっと顔を逸らす。 「……やる」 「決まりですな。では拙者の家で……」 「なんの話?」  ざわっと教室中の目線が俺とミョンに向けられる。びっくりして顔を上げるといつの間に近くに来たのか、クラスの中心猫・ドロテが机の横に突っ立っていた。 「ドロテ?」  高校に入って初めて話しかけられた。驚きすぎて目を丸くしていると、ミョンがくいっと眼鏡を調節する。 「ただの雑談ですなぁ。カースト上位様には関係ないですぞ?」  黒髪金瞳のイケメンがすっと目を細める。 「そう言わずにさ。混ぜてよ。テスト勉強、するの?」  ドロテの春風のような声に黄色い悲鳴が上がる。俺の苛々ゲージも上がる。  俺はついムキになってミョンの腕を引っ張る。 「うるせーな。俺はこいつとテス勉すんだよ! お前はあっち行けよ」  女子共と戯れてろ。  ぴくっと目元が揺れたドロテも、ミョンの反対側の腕を引っ張る。 「そう言わずにさ。仲間外れは良くないよ?」 「ああん? なんだよお前。急に絡んでくんなよ」  一度も話しかけてこなかったくせに。 「俺も実技は自信なくてさ。一緒にやろう?」 「なんだそれ『俺全然テスト勉強してねーわーツレーわ』ってやつか⁉ 喧嘩売ってんのか?」 「双方。拙者を引っ張りながら喧嘩しないでいただきたい」  間から抗議の声が上がる。 「あ、すまん」 「ごめんね」  白い尾を揺らしながら迷惑そうにミョンは腕を摩る。 「まったく。兄弟みたいに行動がそっくりですな、おたくら。まあいいでしょう。ドロテ氏の参加も許可しましょう」 「えっ。ミョン! いいのかよ」  つい身を乗り出すとミョンにつんっと鼻先をつつかれる。黒髪イケメンの方からギシッとすごい音がした。 「冷静になりましょう同士よ。こんな、女子たちの前でドロテ氏を蔑ろにすれば、カースト底辺の我らは死ぞ?」 「うう……」  たしかに。ドロテと喋っているだけで女子たちからの圧がえぐい。いつまでドロテ君を独り占めしているんだと、心の声が聞こえそうである。  がしがしと頭部を掻く。 「しゃーねぇか……。ミョンの家行ってもいいの? 学校の近くだっけ?」 「そうですぞ。両親もおりませんから、ゆっくりしていってください」  俺らの周辺から音が消えた。 「えっと……」 「ミョンって、両親。その……」  ツェイとドロテの顔色を見て言葉足らずだったと感じたのか、ミョンは違う違うと首を振る。 「両親は健在ですぞ? 拙者留学予定なので、家事が出来るように今から一人暮らしをしているだけなのです」  ホッとした空気が満ちた。 「びっくりさせんなよ!」 「ほほっ。失敬失敬」 「手土産持って行くね。ミョン君は甘いもの平気?」 「拙者はなんでも食べますぞ」 「俺はポテチ持ってくわー。マリカーしよう」 「テスト勉強するんですぞ⁉」 🐱 (遅くなっちまった!)  図書室で参考書を選んでいたら時間が経っていた。あいつらもう帰っちゃったかな?  ガラッと教室の扉を開ける。 「すまん! さ、帰ろうぜ――」  オレンジに染まる教室には誰もいなかった。  きょろきょろと教室内を見回す。 「ドロテ? ミョン?」  帰っちまったか。  少し寂しく思いながら鞄に参考書を詰めていると、背後で足音がした。  振り向くと同時にイケメンが顔を出す。 「ツェイ?」 「あれ? ドロテ? 居たのか」 「居たのかって……。ツェイが鞄置いたまま消えたから、トイレかなって、ミョン君と探しに行ってたんだよ」  つーことは、ミョンはまだ俺を捜索中か。悪いことしたな。  参考書を見せ、にししっと笑う。 「本選んでたら遅くなっちまって」 「もう……」  今度こそ参考書を鞄に仕舞う。 「ミョンに謝んねぇとな。あいつ素っ気なく見えて心配性だし」 「……ツェイさあ。ミョン君と仲良いよね」  とことことドロテが近寄ってくる。俺は久しぶりの幼馴染の顔をじっと見つめた。  中学の時よりかっこよくなっちゃって……。中学の時までは俺の方が背、高かったのに。いつの間にか三センチほど抜かされている。  懐かしいドロテのにおい。親のにおいの次に嗅いだのがこいつだから、なんか落ち着く。 「……な、なに?」  ぴこぴこと耳を動かし、ドロテはめちゃくちゃ目を泳がせ始めた。目ェ回すぞ。 「なにキョドってんだよ」 「っ、ツェイがじーっと見てくるからだろ……」  顔を逸らしてブツブツ何か言っている。顔が赤いような気がするが、夕陽のせいだろう。今日の夕陽は特に赤い。 「仲良いって言うか、部活同じだから喋るだけだ。あいつ喋り方面白いしな」  ミョンも俺の敵の美男子だが、顔を隠しているのでそこまでムカつかない。  目を細めてクスクス笑うと、ドロテが露骨に顔をしかめる。 「ふー……ん」 「なんだよ」  ちょっとたじろいだ。イケメンが怒ると怖い。何に怒ったんだ?  近づいてくるため、一歩下がる。 「こっちくんなよ! こえーよ」  本能的に逃げようとしたが腕を掴まれる。 「っ! 痛いって……!」 「約束したのに。ツェイのいじわる。嘘つき」 「はあっ⁉」  嘘つきだと?  だが何か言う前に抱きしめられた。 「――……?」 「ツェイ……」  すりすりと頬ずりしてくる。固い。やわらかくない身体に抱きしめられても嬉しくない。  何が起こっているんだ、今。 「おい。ドロテ! 寝ぼけてんのか?」  制服を引っ張り引き剥がそうとする。腕は腰に回ったままだが、ちょっとだけ離れた時に見えたこいつの顔は、拗ねたような泣きそうな顔だった。 「ドロ……ッ」  こいつのこんな表情に驚くとほぼ同時。ドロテの唇が俺の口に重なった。 「………………?」  頭の中が真っ白になるとはこういうことか。と、どこか他人事のようだった。  片手が後頭部に添えられ、ぐっと深く噛みつくように唇を押しつけてくる。緊張しているのか唇はやや渇き気味だったが、口内はぬるりとして気持ちが――  数秒ほどだったが、やけに長く感じた。 「ツェイ?」 「……」  頭がこんがらがって何も言えない俺に、ドロテはちょっと背伸びして茶色の耳を舐めだした。俺の茶色い毛並みが一気に逆立つ。  そこでようやく我に返ることが出来た俺は、幼馴染を突き飛ばす。 「……ッ、何しとんだ、お前」  よろけたドロテをまともに見ることができず、足元に目線をやりながら口元を手の甲で拭う。 「何って。実技のテスト勉強するんでしょ?」  ネコ科クラスの実技テスト「毛づくろい」。小・中・高と大人になるまで定期的にテストされるほど、俺たちにとっては大切な課目だ。健康維持に身だしなみを整えるのはもちろん、仲間とのコミュニケーションとしても使用される。  そのためどれだけ他のテストで満点を取ろうと、毛づくろいが赤点なら卒業できなくなる。  さっきの耳を舐めたのは毛づくろいか、なるほどな。するなら言えって、まったくぅ~。 「……キスはナンデしたんだ?」 「……」  なんか言えよ。 「どうせミョン君の家でやるつもりなんだし、いいでしょ?」 「ちょ、ちょっと! おい!」  ドロテが腕を伸ばしてきた。振り払おうと揉めるうちにガタンと椅子が蹴っ飛ばされる。  力づくで机に押しつけ、突っ伏すような体勢になった俺の背中にぴったりと自分の腹を重ね、ぺろぺろと耳を舐めだす。 「っふ……ぅ」  耳の付け根を舐められると、背筋がびりびりと痺れる。暴れようとしたが後ろから手首を押さえられた。もう片方は顎を掴み、頭が動かないよう固定する。 「ちょ……!」 「何?」 「やめ……痛いって!」  この体勢がめっちゃキツイ! こっちが涙浮かべているというのに、後ろの黒猫はざりざりと耳の先っぽを舐める。 「っ、ぅ、あ……」  身体が震え、自分のものとは思えない甘い声が出る。  聞きたくない。恥ずかしい!   また突き飛ばそうとするが、体勢が悪いし片手では後ろの奴はビクともしない。 「ん……おい! ドロ、テ……ぁ」  びくびくと肩が跳ねる。  くすぐったい。ぞわぞわする。押さえつけられて上に乗っかられると、こいつの方が上ってことになってしまう。悔しい。いやだ。  嫌なのに、どうしようもできない。同じオスで体格も同じくらいなのに。 「……はぁ……あぁ」 「どうしたの? 息荒いけど」 「……どけって」  ギッと睨むも、澄ましたいつもの顔。やめるどころか耳の先を甘噛みされ、びりびりと電流が走る。 「ぅ……あ……」 「おいしい」 「やめろ……やめ、て……」 「……」  両手が離される。  全身から力が抜け、教室の床にへたり込んだ。 「はあ……はあ……」  金の瞳が冷たく見下ろしてくる。 「ちょっと毛づくろいされただけでそんな風になっちゃうのに、よくミョン君の家で、ふたりっきりでやろうと思ったね? クラスメイトなら襲ってこないとでも、思ってんの?」 「……はあ? 何言ってんだ、お前」  恐る恐る見上げると、黒い頭からブチっと切れた音がした。悲鳴をあげそうだった。 「なんで怒ってんだよ!」 「危機感知センサー死んでるのか?」 「生きてるわ! やめ、いってぇ!」  爪で引っ掻いてやろうとしたが、その前に両手首を掴まれる。運動神経良すぎだろ。天は二物を与えずじゃなかったのか⁉ 天はこいつ贔屓にしすぎだろ。  ちゅっと額にキスされる。 「ん……」 「ツェイのおでこ可愛い」 「はあ……?」 「ツェイのことだから毛づくろいもドヘタなんでしょ? 実践してあげるから、大人しくしてて……」  可愛いと言いながら喧嘩売ってくるスタイルか?  叩いてやろうとして、また耳の先を唇で挟まれる。  ビクッと肩が跳ねる。 「や、だ。そこ……」 「耳舐めてるだけなのに? そんな敏感でテスト大丈夫? クラスのみんなの前で嬌声上げる気?」  ぶわっと顔が熱くなった。 「そっ……!」  言い返そうとしたが、確かに今のままではこの状況をそのまま晒すことになってしまう。 「……で、でも。俺、舐められるとこうなるし……。俺、どっかおかしいのか、な……?」  真剣に言ったのに黒猫は退屈そうに尻尾を揺らす。 「ただ敏感でエッチな身体ってだけでしょ? 笑わさないで」  流石に殴った。  クラス女子に恨まれそうなので顔ではなく肩を殴る。 「いたいよ!」 「お前‼ 昔は無口で可愛い奴だったのに。いつからそんな生意気猫になったんだオラァ! 齧ってやる」  爪を最大まで伸ばしてドロテに飛び掛かる。押し倒した幼馴染の肩に牙を立てる。  がじがじ。  ドロテは片目を閉じる。 「いたい、痛いよ!」 「痛くしてんだよ!」  突き飛ばすか蹴り飛ばすなりすればいいのに、ドロテは――  脇腹をくすぐってきた。 「ひゃわっ」 「よくも噛んだね……」  攻守交替とばかりに馬乗りになってくる。 「どけ! 俺は毛づくろいされるのが苦手なだけで、毛づくろい事態は出来るわ」 「ちょっと大人しくしなよ」 「ッ」  ぐいっと尻尾を引っ張られ、身体が硬直する。 「……」 「そんな顔しなくても、引き千切ったりしないよ……多分」  最後の一言がものすごく怖い。  俺の尻尾の先端をいじり、アイスのようにぺろぺろと舌を這わせる。 「……ぅ」 「尻尾でも感じるの? イかないでよ? 教室で」 「も……はあ。離せって……」 「そうやって大人しくしていたら可愛げあるのに」  尻尾を片手で握ったまま、もう一度口づけをしてくる。 「う、ぅ……」 「尻尾掴まれただけで抵抗できなくなるの、やばくない? よく今まで無事だったね」  喉をくすぐるように撫でられ、赤くなったであろう顔を背ける。見られたくなくて。  本当に大人しくなった。自分の下で、熱い吐息で見上げてくるだけ。今なら好き放題で切ると思ったのか、顔をグッと近づけてきた。 「ツェイ。俺――」 「ドロテ氏! 同士はもう帰ったのではありませんかな⁉」  息を切らしたミョンが入ってきた。 「同士、全っ然見つかりま……」 「「……」」  気まずい空気が流れた。  ミョン宅。 「勉強熱心なのは構いませんが、拙者の家でやろうと言ったではありませんか。フライングとは感心しませんぞ?」  飲み物を持ってきてくれたミョンの前で、俺たちは正座していた。  毛づくろいしていたと思ってくれたようで助かった。社会的に。 「……」 「……」  恥ずかしいやら気まずいやらで声が出てこない。 「何か言ってくれませんかな? まあ良いでしょう。拙者も毛づくろいテストで満点を取りたい故、ここは気合を入れましょうかな」  立てた親指と人差し指を顎に添えてきりっとかっこつける瓶底。こいつを見てると元気が出てきた。 「俺は別に毛づくろい下手くそじゃないからな!」 「では拙者かドロテ氏でやってみますかな?」 「じゃあミョンで――ひうっ!」  急に大声を出した俺にミョンが驚いている。俺も驚いている。  振り返るとドロテが俺の尻尾を握っていた。  そこを触るな。 「お前マジで! 顔殴るぞ」 「毛づくろい『される』のに慣れなきゃいけないのはツェイでしょ? ミョン君を舐めてる場合?」  俺の周りにはド正論野郎しかいないのか。  さっきの続きとばかりに尻尾の毛を舐めていく。 「っ、ひ、ぃ……うううぅ」 「おや。同士は毛づくろい慣れしていないのですか。では拙者もお手伝いいたしましょう」 「え?」  不憫そうに白い耳を動かしたかと思えば、ミョンも俺を舐めてきた。 「ちょ、……ん。嘘だろ……お前ら」  前後で挟まれ、耳と尾に生温かい舌が這いまわる。 「ン、ん……。ほん、と、やだって……んんっ」 「同士にしては大人しいですな」 「……尻尾掴まれると動けないんだよ」 「なんとまあ」 「はあ……もうやめ、ぅ、うう……んあぁ」  座っていることも難しくなり、ミョンにすがりつく。気づいたミョンはすぐに腕を回して支えてくれた。 「あ、ぁあ……」 「なんか発情してる感じがしますなぁ。はっきり言ってクラスメイトのこういう姿は気分が下がりますぞ」  がじがじと尻尾を甘噛みしているドロテが金の瞳をミョンに向ける。 「じゃあ、出て行けば?」 「知ってると思いますが、ここ拙者の部屋にて」  俺もクラスメイトに見られて死ぬほど恥ずかしい。顔から火が出そう。恥ずかしくてミョンに顔を押しつけたまま離れられない。顔を見られたくない……。とにかく顔を見ないで。  ミョンにしがみついていると尻尾の根元を上下に摩られる。 「ひぎゃあっ! 馬鹿ぁっ」 「ミョン君にくっつきすぎ」  俺の肩を掴むと、ぐいっと自分の方に引き寄せる。当然、しがみつかれているミョンごとついてくる。  じろっとミョンを睨む。 「こっち来ないで」 「なるほど。これが理不尽」  背後から俺を抱きしめ、ミョンを睨むドロテ。 「……ふむ。修羅場というやつですかな?」  何かを感じ取ったミョンが眼鏡を頭上にずらす。 「「!」」  急に現れた儚い系美人に、初見のドロテはギョッと尻尾を立てる。  ミョンはぐっとドロテに顔を近づける。 「想いは口にせねば伝わりませんぞ? ドロテ氏。特に同士は鈍いですからなぁ」 「……っ」  敵を見るような目で顔をしかめるドロテ。 「おまえら」  ふたりの胸板に挟まれむぎゅっと潰されている。  失敬、と言いながら眼鏡を元の位置に戻し、じろじろと俺の顔を見てくる。 「ふーーむ。ドロテ氏はこういうのがタイプでしたか」 「なんの話?」 「ちょっと味見」  俺とドロテが固まる。  頬に手を添え、ミョンにキスされている。 「……、……」 「――はっ!」  先に硬直が解けたドロテが俺を引っ手繰る。 「勝手にツェイにキスしないで! なんてこと」  俺の台詞。  ミョンはぺろっと自身の上唇を舐める。 「はあ……そこまでムキにならずとも」  くいっと眼鏡を調節すると、今度はミョンが俺を引き寄せる。 「うわっ」 「高校に入ってほったらかしにしていたのです。盗られることくらい覚悟の上だったのでは?」  俺をしっかと抱きしめ、見せつけるようにドロテを挑発する。 「……ミョン君? 良い度胸だね」 「お褒めに預かり、ですなぁ」  バチバチッと二人の間に火花が散る。美人同士のにらみ合いが怖くて、俺は青ざめながら嵐が過ぎるのを待つ。 「なるほど。カースト上位様が話しかけてきたと思ったら、同士と拙者をふたりきりにさせたくなかったと」 「……分かってるなら、返して」  ぐいぐいと俺の肩に手を置いて引っ張るが、ミョンは抱きしめた腕を離さない。 「……やんのか?」 「おや、本性が見えてきましたなぁ。愉快愉快」 「お前ら。やめろって、さっきから」  両手を伸ばして、ドロテとミョンを押し放す。 「こえーんだよ。喧嘩すんな! なに? 相性悪いの? お前ら」  前後にいるために首を大きく左右に振りながら話す。 「「……」」 「はんっ。調子こいてたくせに、お前らだって明日のテスト自信ないんだろ? それで緊張するのは分かるけど、落ち着けって」  はーやれやれと肩をすくめると、二人のこめかみに怒りマークが浮かぶ。 「なんやかんや言いながら、自信なかったんだろ? それで俺に教えるとか言って、自分が練習したかっただけなんだろー? 正直に言えよ。ぷぷっ、だっさ。ミョンだって今日の筆記テスト、どーせやばかったんだろ? お前も俺と同じカースト底辺だもんなっ」  二人が喧嘩しているのはテストに自信が無いからだと。テストやばかったのは自分だけじゃなかったと勘違いして、メスガキみたいに調子に乗る。はっはっはっ。気分いいぜ。 「「……」」  ドロテとミョンは顔を見合わせると、同時に俺に襲い掛かってきた。 「へっ? なん――うわああああっ」

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