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第2話 テスト結果

「ツェイの要領悪いとこもすぐ調子こくところも好きだよ?」 「拙者は……あーそうですね。明るくてアホなところが好ましいですかなー」 「分かった。お前らが喧嘩売ってることは!」  二人してベッドの上に連れ込まれた。正直に怖い。目が。 「声震えてるよ」 「う、うるせえな! どっか行けよ」  手足をフルに使って暴れまくるが、流石に二人がかりで押さえつけられると起き上がることも出来なくなった。 「なんだよお前ら二人で喧嘩してろよ……。あ、このベッドすげぇミョンのにおいがする」 「おや」  ミョンが嬉しそうな引きつったような表情を見せ、ドロテは人殺しそうな鋭い目つきになる。なんで……? 思ったこと言っただけなのに。ミョンが不機嫌になるなら分かるけど、お前はなんでだ?  痛いほど顎を掴まれ、唇を押しつけられる。 「~~~ッ……んぅ」 「おやおや。ドロテ氏。がっついちゃって」  俺の茶色尻尾を掴み、舌の先端でちろちろと舐めていく。ドロテと違いミョンの舌はやや薄く、とてもくすぐったい。 「は、あ。お前ら、やめっ」  ドロテが耳を舐める。ただの毛づくろいだと分かっていても、身体は熱く反応してしまう。 「あーやだ! ひ、ああ、あ。おまえらっ、一回やめ、て!」  耳と尻尾同時に与えられる刺激に、ビクンビクンと腰が跳ねてしまう。 「こんなんで感じちゃうの?」 「ひ、あ! い、あ、いやっ。あん、ああ、やめ、やめろお前ら、ああ!」 「明日のテスト……。そんな高い声をあげていたら、クラス中が変な空気になってしまいますぞ?」 「やめて! いや。あ、ああ。ミョン! やめ。そこやめてええ」  ドロテの目が据わる。 「なんでミョン君ばっかり……なまえ呼ぶの?」  耳の内側。薄い毛の部分をざらついた舌で舐められ、涙を浮かべ増々高い声をあげる。 「ああ、ああ! そこ弱く、て……。アンッ、ひぃ、あっ、あっ」  首を振って舌から逃れようとするが、口元を鷲掴みにされる。 「んう……」 「嫉妬の化身に愛されるのも大変ですな」  尻尾の先を舐められ、付け根を強めに擦られる。 「ああっ。んあ! ミョン駄目! そこやらあ。あ、ああっあー、ああー」  尻尾を掴まれた時点で腰が抜けたように動けなくなるが、それでもなんとか逃れようと四肢に力を込める。が、ろくに力は入らず、嬌声だけが白い壁の部屋に響く。 「……なに? ツェイはミョン君が好きなの?」 「ん、んんーっ」  聞いておいて、口をキスで塞いでくる。その間もミョンが尻尾をいじめ……毛づくろいしているため、俺の身体は魚のように跳ねた。 「どうなの?」 「んっ、あ、は。ああ、ヤッ、ああっなん、で」 「ちっとも慣れてきませんなぁ」  なんで俺がミョンを好きなんだよ、と言いたかったが、今度はミョンが唇を重ねてくる。  眼鏡の冷たい金具が当たるが、丁寧で優しいキス。 「ぁ、ん……ふぁ……」  力が入らず、口の端から唾液が零れる。 「ふ……あ、……っ」 「そうそう。そうやって鼻で呼吸すると良いですぞ? 拙者も詳しくは知りませんがな」  からから笑うミョンは明るいが、隣にいる黒猫の不機嫌が天井を突き破っている。  ミョンが離れるとすぐ起き上がろうとしたが、ドロテに耳の中を指でくすぐられ、ビクッと目を閉じる。 「あっあ……やめ、ああ」  軽く肩を押され、また枕の上に戻されてしまう。  頬を朱に染め身を縮こませる俺に、ミョンは呆れたように眉の上を掻く。 「もっと早く相談してほしかったですぞ? 一日ではどうしようもありませんな、これ」  俺の背中を撫でながら邪魔なものを見る目をミョンに向ける。 「……あとは俺がやっとくから、ミョン君帰れば?」 「だから! 拙者の部屋! 拙者の家でござる。さっきからなんですか貴殿は。記憶喪失ですか?」  子猫を守る母猫のように、俺の上に覆いかぶさる。 「ミョン君は恋愛感情ない、んだよね?」 「独占欲丸出しで笑えますな。同士のことはアホだと思っておりますが、好ましいと思ってもいますよ」  俺の熱くなった手首を掴んで持ち上げ、手の甲に唇をつける。  分厚い眼鏡の向こうに、薄ら笑いを浮かべる水色の瞳が見え、ドロテの血管が三つくらい切れる。 「妙に突っかかってくるのは、やる気なの?」 「さて? 拙者のような陰キャにはなんのことやらサッパリ」 「陰キャとか関係ないでしょ? その雪みたいな毛、むしってあげるよ」 「イケメンフェイスに傷がつかないと良いですなぁ」  メラメラと闘志を燃やす二匹。 (もうやだ……こいつら)  涙ぐみ、俺はずずっと鼻をすすった。  ドリンク休憩。  三匹は猫用ミルクをちびちびと飲む。  ミョンとドロテの乱闘が始まりそうだったので、俺は必死にドロテに抱きついて止めた。止めるのに苦労するかと思いきや、抱きしめると同時にドロテは真っ赤になって固まり、ミョンはブフォと吹き出していた。 「というか、中学の時はどうしていたのです? テストのたびに、あんな風にアンアン喘いで教室を凍てつかせていたのですかな?」  眼鏡に向かって枕をぶん投げる。 「そんなわけないだろ!」 「いや~……? 必死に声を押さえようとしてる顔はエロかったけど、中学の時は個室で五人ずつ順番にテストしたから。気まずかったのは先生と他の四人だけだったよ」 「えっ⁉」  ダバダバと四つん這いで詰め寄る。 「気まずい空気になってたの⁉ 俺、早く終われとしか思ってなかったから……知らなかった」  カーっと顔を真っ赤にしてうつむく。  そんな俺をどう思ったのか、ドロテの尻尾が俺の背を撫でるように擦りついてしまう。  眼鏡に傷が無いか確認し、頭上の耳に引っ掛けた。 「今回のテストは、どうでしたかな……? 事情を話して同士だけ個室にしてもらいますか」 「んなこと出来んのかよ?」 「さて。頼んでみないことにはなんとも」  俺は幼馴染と部活仲間の顔を交互に見る。 「なあ。お前らは毛づくろいされてもくすぐったい! ってならないわけ?」 「うん」 「なりませんなぁ」  ムカつく。 「ドロテは変じゃないって言ってくれたけど。ミョンは? 俺は……毛づくろいでこんな風になるの、おかしいと思う?」 「いえ? いますよそういう方」 「ミョン~」  嬉しい言葉に思わずぎゅっと抱きしめる。すりすり。 「……」  ギリギリと、教室でよく聞こえる歯軋りに似た音が聞こえる。 「?」 「同士はドロテ氏をキレさせる天才ですな」  はんっと、ミョンが呆れ混じりに鼻で笑った。  深夜零時。 「ん~……好き。ツェイのこと、好き」 「やり方は間違ってないと思うのですが。もう一度最初から通してやってみますか」  猫団子になるほどくっついているのに、三匹はまるで別のことをしていた。  ドロテは俺をひたすらペロペロ舐め、ミョンは教科書を片手にテス勉をしている。二匹の下、仰向けで倒れて好き勝手されているのは俺です。もうここだどこなのかも、自分が何をされているのかもわからなくなったような表情で、ビクビクと跳ねて喘ぐだけにされている。 「は……あ、あ。ぅあ……あ、あ」 「かわいい……」  尻尾の付け根に指輪のような細いリングが嵌められているからだ。尻尾を握られただけで腰が抜けてしまう俺がこんなことをされれば、這いずることも難しくなる。初めの五分はまだ元気に吠えれていたが、時間が経つにつれ、快感を与えられるにつれ静かになるしかなくなる。  怒った幼馴染にビビった俺が逃げようとしたので、ドロテに嵌められたのだ。ドロテの行動に引いたミョンだったが、暇なので混ざっている。  首を舐めていたドロテだが、やがて我慢できないと制服のボタンを外していく。 「ここでおっぱじめないでくださいよ」 「どっか行ってなよ。ミョン君」 「もうツッコミませんぞ」  露わになった素肌に、ドロテはごくっと唾を呑む。だがすぐに胸の突起に顔を近づけ、舌を這わす。 「アッ、んっ、ぁ……あ、アっあ、そこ、ああ」 「胸でも感じるんですな」  甘い声しか吐かなくなった口を、ミョンがキスで塞ぐ。 「んんっ? んうぅ、ぅ」 「噛まないでくださいよ」  ぬるっと舌が入り込んでくる。口内を舐られ、片手で耳を擦られ、俺の身体は面白いほど跳ねた。 「う、ん……ん! ンッ、んんん」 「ツェイってば、あんまり暴れないで。舐めにくいよ……」  胸に顔を埋めていたドロテが、足の付け根に手を伸ばす。 「っ」  ズボンの上から股間を、円を描くように撫でられ反射的に足をばたつかせるが、誰一人蹴飛ばせない。あまりの刺激に頭が熱くなる。 「っ……ん、……ふ、ん……ぁあ」  やめろと言いたいのに口は塞がれている。  くちゅくちゅとミョンの舌が俺の舌を捕えようと動き回る。ドロテの力強い指が、股間をやさしく揉み始める。 (耳を擦るな。胸も、舐めないで……。ソコ、触らない……で)  二匹の雄に押さえつけられ、押し寄せる快楽の波にじわっと涙を浮かべる。 「いつまでキスしてるの?」 「はあ?」  めんどくさそうなミョンを押しのけ、唾液で潤んだ唇に吸いつく。  ミョンは夜食兼おやつのイワシチップスを齧りながらシャツをズボンから引き抜き、お腹の柔らかいところを指でツンツンする。 「んぐっ、んン……!」  反応の大きさにドロテが振り返ると、お腹をくすぐっているミョンが目に入る。 「お腹も弱いんだ。……かわいいね。いじめたくなる」 「イワシチップス食べます?」  ミョンが差し出してくる袋に手を突っ込み、ばりばりとごま油風味のイワシを齧る。 「おいしい」 「もうこんな時間じゃないですか。ドロテ氏。映画でも見ますか? ホラーと恋愛とミステリーがありますぞ?」 「もぐもぐ……。ツェイを見てる方が楽しいから、いいや」 「左様で」 「ツェイもイワシチップス食べなー?」  涙を流し、荒い息を繰り返す俺の口に、イワシチップスを差し込む。 「……うっ、う。リング、外して……」 「やだよ。ツェイはすぐ逃げようとするじゃん?」  助けを求めるようにミョンに目を向けるも、彼は部屋の電気を消しテレビをつけていた。映画を見るつもりのようだ。  ミョンからお菓子の袋を引っ手繰る。 「何の映画見るの? ホラーやめてね?」 「二時間クッキングなので怖くありませんぞ」  ドロテはささーっとイワシチップスを流し込む。空腹。 「おかわり」 「近くに二十四時間やってる弁当屋がありますから、何か買ってきなさい」 「んむー。いいもん。ツェイを食べとくもん……」  丸めた袋をゴミ箱にポイして、唾液を貪っていく。 「んっ……んぐ」  ちゅくちゅっちゅっ。 「んー。おいしい……」  お互いほんのりごま油風味のキス。さすがに一対一なら……とドロテの肩に両手を置くも、ミョンに両手を掴まれ押さえつけられる。 「んんっ?」 「部屋で暴れられても困りますので」  味方がいない。  ドロテは顔を離すとくるりと背を向け、ズボンのボタンを外していく。 「おい……ドロテ。嘘だろ……」 「なにが?」  シミが広がり、濡れた下着が内側から押し上げられている。 「興奮しちゃったんだ?」  にやりと笑う金の瞳に、真っ赤になった俺はハクハクと金魚のように口を動かす。  下着の隙間に指を入れ、すーっと足首の方へ下げていく。 「う、う、うそ……やめ……」  先走りで濡れたソレが外気に触れる。 「……っ……!」  何か声にならないことを叫んだが、ドロテはソレの先端にまで舌を這わせた。 「あ、アア! やだそんな……ドロテ、あ、アッ、舐めな……で」 「近所迷惑になるので、ちょっと声量下げてもらえますかな?」 「んぐっぅ」  ハンカチを雑に口に押し込まれ、ミョンは尖った乳首に吸いつく。 「ぐう! んん、ン、ンン。ん、っん……」  ミョンは映画を見ながらなため適当だったが、同時に責められ、敏感な身体はあっけなく精を放ってしまった。  びゅくびゅく。 「~~~~ッ……ッ……んん」 「あ、イっちゃった?」 「あらら……まあ、いいでしょう。あとで掃除してくださいよ」  二匹の反応はあっさりしたもので、大して驚きも罪悪感もなく。  ドロテはすぐに精を放ったソレを舐めていく。イったあとはより敏感になる。俺はぐったりする間もなく、魚のように跳ねさせられた。玉の汗を浮かべて必死にやめるよう懇願するも、 「ンー! ンンッ! んんう! んううっ」 「イったからやめてとおっしゃってますぞ?」 「気のせいじゃない?」  言葉は届いたが想いは届かなかった。  執拗に胸と股間を舐められ、二回目の精を放つ。  びゅっびゅ。 「……ん……っ、ん……」  数秒痙攣し、糸が切れたようにぐったりする俺の頬を愛おしそうに撫でる。 「かわいい」 「ドロテ氏。それほど好いていながら何故?」 「は?」 「高校に上がってから放置していたのです? 教室で態度には出しませんが寂しがっておられましたよ」 「……それはっ、そ……ミョン君には関係ないでしょ?」  痛いところを突かれたと言いたげな表情に、ミョンは興味なさそうにミルクをすする。 「ではきちんと理由を説明しておいてくださいね。毎回愚痴を聞くのも、飽きたので」 「ミョン君は? ツェイのこと好きなの?」  暗闇で光る金の目に、だがミョンは怯えることなくコップをテーブルに戻す。 「ただの部活仲間ですよ」 「……」  ドロテはいまいち信じられなかったが、なんど聞いてもはぐらかされるだけだろう。 「……おい。アホ共」  掠れた声が出た。二人の視線が俺に向けられる。  自分でハンカチを取った俺は泣きながら睨みつけた。 「これ……もう毛づくろいじゃ、ないだろ。……はあ、何のつもりだよ、悪戯じゃ、済まないぞ」 「「……」」 「嫌がらせ、か? ぐすっ……お前らそんなに、俺のこと、嫌いだったのかよ……」  ドロテは深呼吸のようなため息を吐いて、ミョンは頭痛そうに額を押さえた。 「……なんだよ」 「ドロテ氏。苦労しそうですなぁ……」 「……承知の上だよ」 「なんだよ!」  ドロテは鈍い奴の鼻先に顔を近づける。俺は怯えてビクッと震えた。 「ツェイは嫌いな奴にキスしたり、ペニス舐めたりしないでしょ?」 「はあ? どういう意味だ」 「「……」」 「なんだよ! その目は」  殴りたかったが、まだミョンに万歳の体勢で腕を押さえられている。身を捩って腕を引こうとしたが、ドロテが腹の上に乗っかってくる。 「おい……」 「ツェイ。高校入ってツェイのこと避けたのは……、嫌いだからじゃなくて。むしろ逆で。高校入ってツェイがさらに……き、きれいになったから。顔を見れなくなっちゃったんだよ」  うつむいたミョンがプルプル震えている。ドロテはあとで殴ろうという顔をしている。 「は? お前、眼球大丈夫か?」 「生意気」  イラッとしたようで、俺の口にぶちゅうと吸いつく。 「――――ッ!」 「……ぷはぁ。……ツェイのこと、嫌いになったんじゃないよ? ごめん。寂しい思いさせて」 「は、はあ? 寂しいなんて思ってないわ! 勘違いすん……」 「拙者に『寂しいふざけんなドロテのアホ』って、よく泣きついてきたじゃないですか」 「何バラしてんだお前!」  ドロテは目を見開き、ぽっと頬を染める。  それを見た俺は、なんだか、ちょっとだけ嬉しかった。過去のモヤモヤが溶けていくようで。 「……違うって。寂しかっただけで……」 「うん。もう寂しい思いさせないから。ごめんね? ミョン君に盗られるんじゃないかって思って、やっと勇気出せたよ」 「拙者、恋のキューピッドなのでは? お礼はマグロの大トロで良いですぞ?」  ぱっと俺の両手を解放し、尻尾のリングも外す。手首を摩りながら起き上がり、猫スマイルで幼馴染の肩にポンっと手を置く。 「じゃ、これで仲直りだな?」 「ツェイ……」 「もう無視すんなよ? これからもずーーーっと『友達』だかんな!」  部屋の温度が氷点下まで下がり、口を押えたミョンが部屋から飛び出す。 「へ? へ?」 「………………ツェイ」 「どうした? もうそのリングは必要ないだろ? え? おい! ちょっ」 「俺も悪いけどね。素直に好きです付き合ってって言えばよかった」 「そうですな。童貞みたいな告白してましたものな」  ミョンの部屋掃除中。ドロテが床を雑巾で磨き、ミョンはバケツで雑巾を絞っている。  ベッドには服をすべて剥ぎ取られ、精を絞り尽くされた俺が気絶していた。 「正直。同士のどこに惚れたのですか? 貴殿ならもっとレベルの高い女性を狙えますでしょう」  その言葉に、照れたように手が止まる。 「……アホなところ」 「そこ⁉」 「俺、兄貴が天才で……何するにも比べられてきたから。ツェイみたいに低品質な頭の奴と一緒にいると、ひどく安心するんだ……」 「好きとは思えないひでぇ台詞吐いてますけど? ……はあ。恋は何とやらですなぁ。カースト上位様も色々あるんですな」  バケツの水を捨てに行ったミョンが戻ってくる。 「では、暗いので気を付けて帰ってくださいね」 「俺も泊っていく! ツェイを置いていけるか」 「……えー?」 「マグロの大トロ。今度送るから」 「仕方ありませんな」  来客用の布団を敷き、タオルケットにくるまる。 「で、明日のテストどうします?」 「……朝一で、先生のところに行こっか」  翌日。ふらっふらな俺を二匹で学校まで運んでくれた。らしい。  約一名。机で死んでいる生徒がいるが先生は構わず、本日のテスト内容を説明する。 「はい。では名前を呼ばれた生徒から二階の部屋に移動して、そこで実技を受けてもらいます。名を呼ばれるまでは教室で待機。終わったら寄り道せず帰宅するように。ではまず、ツェイ、ドロテ、ミョン。移動しなさい」  ドロテとミョンは密かにホッとした。  教室に俺を放り投げると職員室に移動し、二匹で事情説明したのである。「えー? いまさら言われても……」と先生は仕事増やしやがって的な顔をしていたが、なんとか調整してくれたようだ。 「同士。行きますぞ」 「……ふええ」  俺の肩を揺すっていると、ツカツカやってきたドロテが引っ張っていく。先生が決めたことなので何も言わないが、クラスメイトのほとんどが「なんで先発があの三匹なんだ……?」と首をかしげていた。名前の順でもないので不思議だろうが、今のうちに教科書を見返したり諦めて寝たりと忙しいので、疑問の声は上がらなかった。 「記憶がない……」  気がつけばすべてが終わっていた。テストも何もかも。学校に行った記憶すらあやふやだ。そのせいで「テスト終わった!」という開放感すらないのが悲しい。  まっすぐ帰らずスタッバでみたらしコーヒーを注文し、三匹は制服のままぐだぐだしていた。 「なあ。俺、いつ学校行ったの?」 「ほらー。ドロテ氏が無茶苦茶ヤるからですぞ」 「……だって。ツェイがアホで可愛かったから」 「聞けって。俺、テストちゃんとしてた?」  唇を一回舐めてからドロテは太めのストローに口を付ける。 「してたしてた。魂抜けた人形みたいにカクカクしてて不気味だったけど、ちゃんと毛づくろい出来てたよ。保険の先生がちょっと引いてたけど」 「あっそ……」  安堵し、へにょっと背もたれに身体を預ける。  ぼーっとした表情で、どうでもいい話をしているドロテとミョンを眺める。 「なあ。ミョンもお前も、俺のこと好きなの?」 「「……」」  二匹がきっちり同時に俺を見る。何やらすこぶる動揺した表情で。 「「……へ?」」 「いや、昨日……。嫌われてんのかと思って悲しかったけど、よくよく考えれば嫌いな奴にあんなことしないなーって思って」  結露で濡れているみたらしコーヒーを手に取り、ストローを吸い上げる。甘じょっぱくて、苦い。  ミョンは机に肘をつく。 「よくよく考えなければそこにたどり着かない同士に別の意味で感動しますが……」  ちらっと、ドロテに目線を向ける。言わないと自分が言っちゃいますよ? と言う眼差しに、ドロテはつい焦ってしまった。  ガタっと立ち上がる。 「ミョン君は違うから! ツェイを好きなのは俺だけだ!」  どよっ  大声に店内の視線が集まる。それを発したのがイケメンと言うことでさらに視線が固定される。 「……………………死にたい」  湯気が出そうなほど真っ赤になるドロテに、ミョンはやれやれと頬杖をつく。 「とりあえず座ったらどうですか?」  すとんと椅子に戻り、耳まで赤いドロテは顔を隠すように突っ伏す。 「……そうだったんか」 「同士は? 一世一代の告白なのですから、『そうだったんか』で終わらせないであげてくださいよ?」  まだ本調子ではないため、ボケッとしたままズコーっと一気飲みしていく。 「……分かんないけど。お前にキスされたのは、嫌じゃなかった……かな?」  スマホを見ながらミョンが拍手してくる。 「式には呼んでくださいね」 「ミョンは? ……俺のことどうなの? 好きなの?」 「眼中にないですな」  告ってないのにフラれた気がする。ガーンとショックを受け、ばんっと机を叩いてつい大声を出した。 「嘘だろお前! 俺にキスしたくせに!」  ブッと近くの席の猫がコーヒーを吹き出している。ドロテは机の下に隠れたいほど赤面している。ミョンは「声量下げてください」と言いたげなイラついた顔を向けてくる。 「あれは……あれですよ。青春のノリ、みたいな」 「二回もキスしといて⁉ ふざけんなよお前!」 「やめて。声量下げて」  常識人(猫)のドロテが縋りついてくる。照れ屋なとこは昔と変わらないな。  キスは正確には三回だが、朦朧としていたせいで記憶に残っていなかった。 「なんか言えよ!」  うがーっと吠える俺を、出禁にされたらかなわないと、二匹はコーヒー片手に引きずって店を出る。  外に出て一安心…… 「おいミョン!」 「な、なんですか。そんな突っかかってくることですか? というか、何を言えば満足なのですかな? 同士は」  タジタジしているとミョンを逃がさんと腕を絡める。黒猫から殺気も飛んでくる。 「何を言えば満足って……」 「同士はドロテ氏とお付き合いなさるのでしょう? 拙者のことなど……」 「なんか、損した気になるだろ!」 「損?」 「このままだと俺、キスされ損だろ!」 「「だから声(小さくして)!」」  こりゃ駄目だ。  いったん頭を冷やさせようと、むぎゃーと暴れる俺を二匹がかりで家に転がしていった。こいつらは寝不足気味な俺の目が覚めるかなとコーヒー店に寄ってくれたそうなのだが。こんなことならまっすぐ帰宅するんだった。制服のまま騒いじゃったし、明日のホームルーム長くなりそう……。という顔をしている。二人とも。  ミョン家。  カフェインを摂取したおかげか、俺は元気いっぱいだった。ドロテとミョンは鞄を肩にかけたままぐったりとソファーにもたれる。  そんなミョンの制服を、元気猫がぐいぐいと引っ張ってくる。 「ミョン~」 「いやほんっと勘弁してほしいのですが……拙者にどうしろと?」 「責任取れ!」  目を点にするドロテとミョン。 「は? ……え? は? せせ責任って」 「お前もドロテも、俺の物になれ!」 「「………………」」  ふふんと勝ち誇ったように腰に手を当てる茶猫を見上げる。 「た、確かに手を出したなら責任を取るのが筋かもしれませんが……? え? でも」  チラッと目をやると黒猫は静かに不穏な目をしていた。 「ミョン君殺すしかない……」 「ほら! 拙者の寿命が大幅に削れそうなので、黙ってドロテ氏とだけお付き合いなさってくれます⁉」 「じゃあなんでキスしたんだよ!」 「う、その……」  わずかにミョンの頬が赤くなる。それを目ざとく見つけたドロテまでも、ズイッと詰め寄ってくる。 「何その顔。ミョン君、本当は好きなんじゃ……」 「そうなのか? そうなんだろ! どうなんだよ! ハッキリ言えよ」 「この、どろぼう猫!」 「うるせーーーーーーーーーーですなぁ!」  結局。俺とドロテが付き合うことになり、ミョンは友人……ということで落ち着いた。今のところは。  テスト明けの気の緩んだ教室。  お昼。  ミョンと向かい合って弁当を食っていると、机ごとドロテがやってきた。 「一緒に食べよ」 「おードロテ」 「拙者らのような底辺と一緒にいると、カースト上位から転げ落ちますよ? 女子軍と食べていなさい」  しっしっと虫を払うように手を振られるが、ドロテはがっちりと机をくっつけた。  きりきり眉を怒らせながらミョンの耳元で囁く。 「なんで彼氏をほっといて女子と食べないといけないんだよ」 「貴殿が来ると拙者らが睨まれるからですが?」  バチバチ!  クラスメイトが目を背けるほど険悪な空気でにらみ合う二匹だが、「二匹だけで仲良くしやがって!」と拗ねた俺がドロテの腕を掴む。 「おい。早く座れよ」 「……う、うん」  放置していた幼馴染に構われただけで別人のように大人しくなるドロテを、はんっと鼻で笑う。  イケメンがいるせいで、しばしチラチラ見られながら食事を摂る。 「そういえばドロテ。俺のこと嘘つきって言ったけど、あれなんだったんだ?」 「っ」  むぐっと、ドロテがポテトを咽かける。 「……それは。小さいとき、ツェイが『ドロテと結婚する』って言った、のに……。ミョン君に、懐いてたっぽいから」 「ンボフォ!」  斜め前の白猫が「んぐぐぐぐ……」と口元を押さえ笑いを堪えている。あとで二発殴ろう。  はあー? っと俺もさすがに呆れる。 「ガキの発言を鵜呑みにすんなよ」 「だって……その頃から、す……きだったもん」 「その頃から同士は頭残念だった、ということですか。不憫な……」 「おい、ミョン」  じろっと睨むも口笛を吹いていやがる。  ドロテは独り占めするように俺の手に自分の手を重ねる。肉球は熱いほどだった。 「次からはふたりっきりで毛づくろい練習しようね?」 「んー。そうしたいけど、俺の家両親いるから、あまり騒げないしなー」 「あ……俺も。兄貴が勉強してるから、静かにしていないと」  ちらっと二匹はミョンの顔を見る。 「……はいはい。いつでもどうぞ? その代わり刺身プリン貢いでもらいますぞ。ツナ味のやつで」 「なんでプリン?」 「好きなんです」    近所のスーパーで、刺身プリンを買い占めるイケメンと茶猫の姿が目撃された。 「流石にこんなにいりませんぞ!」 「いいじゃん。食べよーぜ」 「マグロ味もあるよ?」 「……はあ~~~」 【おしまい】

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