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第62話 番契約②

 寝室は凌駕の匂いがどの部屋よりも濃い。シーツは新調されていたが、それでも匂いがしない訳ではない。  凌駕の肩越しに見る天井には、見慣れた洒落たライトが淡いオレンジ色の光を放っている。  熱い息を吐きながら、凌駕の頬に顔を擦り寄せると陽菜の体に全体重を乗せて抱きしめた。この圧迫感が好きだ。少し息苦しくて、思う様に動けない。自由を奪われた中でねっとりと唇を重ねる。吸い付いて離れて、また吸い付いて……。  口内に侵入した凌駕の分厚い舌が歯列を辿り、上顎を舐め、舌に絡まる。時間をかけて懐柔され、力が抜けていく。  こうなってくると、凌駕に全てを委ねたくなってしまう。もっと自分からも凌駕を気持ちよくさせたいという願望はあるものの、オメガの本能はアルファの精を欲しがるばかり。それで身体が満たされるまで止められないのだから厄介なのだ。  今日もまた、凌駕からの全てを受け止めるので精一杯。責められる度に喘いで啼いて、快楽の渦に飲み込まれていく……。    しかし凌駕は止められないとは言ったものの、本格的に発情期に入るまではセーブしているようだ。  必要以上に陽菜の体力が消耗しないよう、コントロールしているような気がする。  その代わり、時間をかけて全身を愛撫し、性感帯の一つ一つを呼び起こしていく。  孔に挿れた指で丁寧に肉環を解すが、決して絶頂を促すものではない。  (ズルいなぁ)と陽菜は思う。  さっきまであんなに奔放にしていたのに、いざとなれば、この優しさだ。  法悦としながらも、心地よい快楽に身を委ねて愉しむ余裕すら与えてくれる。  凌駕の力量は果てしない。陽菜の想像の範囲では収まらないのは確かだ。  こうして初日を終える頃、いよいよ陽菜は本格的な発情期に入った。 「フェロモンが変わった」  凌駕は敏感に匂いを捕らえる。また、目付きが変わった。口数はどんどん減っていく。  それはなにも凌駕だけではない。陽菜だってそうだ。余計な会話はもう要らない。   丁寧に準備していた陽菜の中は、いつだって受け入れ態勢が整っている。まだ一度も絶頂に達していない凌駕の男根は、まさに獣と言って相応しかった。血管が蔓延り、根本には亀頭球が現れている。先端からは、涎の如く先走りの透明の液がしたたってる。  その先端を陽菜の孔に宛てがった。  肩で呼吸しながら腰を穿つ。 「はっ、ぁ……ん……」体内に飲み込んでいくほど、奥が圧迫される。柔軟に受け入れた孔の奥に男根が到達すると、陽菜の肉茎の先端からは愛蜜が噴き上がった。  凌駕はお構いなく律動を続ける。突かれる度に陽菜が吐精しても、止める気配もない。  ただ欲のまま、快楽の最高潮を目指して何度だって陽菜の中を掻き乱す。それがアルファがラット状態に入った証拠。  陽菜のヒートが加速するのに比例して、凌駕のラット状態も苛烈する。  咽び啼き、嬌声を上げて尚、快楽の波は陽菜を襲い続ける。 「あっ、またイく……ぁ、あっあっ……んんん〜〜〜!!!」  叫びながら絶頂に達するとほぼ同時に、凌駕も強く腰を打ち付けた。  唸りながら陽菜の中にたっぷりと吐精する。  そして頸を捕え、刃を立てた。  はっと息を呑む。  あまりの激痛に目の前に星が散る。凌駕は更に顎に力を込めて歯を食い込ませた。  長い吐精の間、噛まれていたそこには、二度と消えない確かな噛み痕が刻み込まれた。  その後も、陽菜の繰り返すヒートと、凌駕のラット状態が治まるまで10日ほどを要した。  感情昂って凌駕は陽菜の頸も何度も噛んだ。  独占欲の強いアルファに見られる行為で『他の誰にも触らせない』という気持ちの現れである。  凌駕が正気を取り戻した頃、陽菜は汗と精液とオメガの液にまみれ、力尽きて動けなくなったまま眠っていた。その首許には噛み痕が見える。 「陽菜……起きて」  優しいキスで目覚めを誘う。 「凌駕さ……、頸……」 「噛んだよ。やっと本物の番になれた」 「はい……はい……」  首にじんと痛みを感じる。一呼吸置いて、感極まって涙が溢れてきた。  凌駕がもらい泣きをして目尻を拭っている。  これまでの道のりがとてつもなく長く感じた。 「今度こそ、消えませんよね」 「消えてたまるか」  泣きながら笑って、またキスをした。  身体がベタベタなので風呂に入った。 「そういえば、凌桜が弟が欲しいと言っていた。どうしたら弟が出来るかと訊かれたから、それは俺が解決しておくと約束してきた」  我に返ればいつもの凌駕だ。そんな話をいつの間にしていたのかと思いきや、パーティーの最中だと言うではないか。  陽菜が黒川たちの話を聞いていた頃だ。 「全く油断も隙もない」と凌駕を責めたが、陽菜は凌桜が弟を欲しがっているなんて微塵も知らなかったので、男同士だからこそ(陽菜も男だが)出来る話もあるのかもしれないと思った。 「これからは忙しくなる」と凌駕が言う。  なにせ凌桜とは他にも色々と約束をしているようなのだ。それを思い出しているのか、指折り数えて鼻歌を歌っている。  過去の傷は消え去った。これから待ち受けている未来は、また二人に試練を与えるかもしれない。  それでも凌駕となら、必ず乗り越えられる自信がある。  噛み痕はもう消えない。  確固たる絆を手に入れた。  次に巻き起こる旋風も、きっと二人を更なる高みへと導いてくれるだろう。

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