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一章・無口な孤高の魔法使いの秘密①

 セイン伯爵家の庭園内は、招待された貴族達の談笑で賑わいをみせている。  華やかさの添えられた色とりどりの料理や、飲み物が用意されていた。 「ルキノ様、本日は伯爵様の代わりに主催をされているのだとか。立派ですわ」 「ありがとうございます」  ルキノは伯爵家当主である義父のレオナルドから、初めて任されたガーデンパーティーの主催のために庭園内を駆け回っていた。襟足の長い黒髪が一歩を踏み出すたびに揺れている。  この日のために精一杯準備を行ってきた。心臓がはちきれてしまいそうなほど高鳴っている。   「今日の主催って天才の落ちこぼれだろ」 「そうそう。確か去年のアラリック杯は実技のせいで落としたらしいな」  配られる料理の確認を行っていたルキノは、聞こえてきた不躾(ぶしつけ)な会話に眉根を寄せた。黒い瞳を不機嫌を表すように細める。感情を表に出さないように教育されているため普段から気をつけているが、今は苛立ちを我慢することができない。アラリック杯の話しに関してはアラリック魔法学園を卒業してからも触れられたくない出来事の一つだったからだ。 『天才の落ちこぼれ』とはルキノのことを中傷するための二つ名だった。アラリック杯は卒業時、魔法学と魔法実技の総合点が最も高かった者に与えられる名誉ある賞だ。卒業後のキャリアも約束された由緒ある神聖な称号。ルキノは魔法学で常にトップを取り続けた天才だった。特に薬草学の知識は豊かで、並の薬師でルキノの右に出る者などいないほど。 「魔力量があんなに少ないんじゃ、頭が良くても将来はお先真っ暗だよな」 「たしかにな。魔法も大したものは使えないし、魔法実技の点数も毎回最下位だったもんな。天才的な頭脳を持ってるってのに、魔法に関しては落ちこぼれなんだから笑える」  バカにするような笑い声に、唇を尖らせた。  彼らが話しているとおり、魔力量が極端に少なかったルキノは幼子でも扱える初級魔法以外の魔法を上手く扱うことができない。 「やぁ、料理が口にあったようでよかったよ。そんなに美味しいのならそのよく回る口に沢山詰め込むといい。きっと不快な噂話も聞こえなくなるはずだからね」  笑顔のまま噂話をしていた男達へ話しかける。聞かれていたのだと悟ったのか、逃げるように立ち去っていく。その後ろ姿からすぐに視線を外し、バレないようにため息をこぼした。 (僕だって魔法がうまく扱える人が羨ましいさ……)  庭園内の見回りを再開する。主催のはずなのに、賑わう人々の中に入ることもできない。ただ笑みを浮かべ、客人をもてなすだけの無意味な時間が過ぎていく。  主催を任されて無駄に張り切っていたが、まだ昼だというのに既に疲れ果ててしまっていた。 (そういえばあの人も来てたっけ)  アラリック杯のことを耳にしたルキノは、流れでとある人物のことを思い出していた。同じようにアラリック学園で二つ名が知れ渡っていた人物。『無口な孤高の魔法使い』と名高いオライオン・ヴェイル。  彼が誰かと話をするところを見た者はいない。ルキノにも引けを取らない魔法学に関しての知識と、圧倒的な魔法実技の才能。彼こそがまさに天才であり、去年の卒業時にルキノが喉から手が出るほどに渇望していたアラリック杯を手にした人物だ。  会場内の賑わいに少しだけうんざりとしてくる。静かな場所に行きたくて、噴水のある広場まで足を伸ばした。ルキノは、会場とはかけ離れたその場所に気が抜けたようにうずくまってしまう。 (流石に疲れたな。でも今回ばかりは厳しい御義父様でも褒めてくれるはずだ)  息を吐きだしながらゆっくりと立ち上がる。会場を歩き回り疲れ果ててしまった足を引きずりながら噴水まで近づいた。そのとき、噴水裏から人の足が見えることに気がついて動きを止めてしまう。  まさか事件でも起きて倒れてしまったのではないか?  幼い頃見たサスペンスドラマのワンシーンを思い浮かべながら、恐る恐る裏側を確認する。  陽の光を吸い込み金色に輝いている色素の薄いブラウンの髪が目に止まる。瞳は閉じられていて見えないが、ルキノは彼の目が紫を帯びたブルーグレー色だと知っていた。 「……オライオン・ヴェイル」  思わずつぶやいた名前。欲しくてたまらなかったものをあっさりとかすめ取っていた宿敵が、心地よさそうに浅い呼吸を繰り返しながら眠っている。整いすぎた精巧な顔立ちは、儚さすら垣間見えるほどに美しい。  学園でも彼の容姿は人気が高かったが、こうして近くで観察していると美しすぎて少しだけ人間離れしているようにも思う。けれど無防備に眠っている姿は、ルキノが学生の頃遠くから眺めていたオライオンの姿よりも少しだけ幼くも見えた。  ──憎らしい人だな。  容姿に頓着したことなどあまりないが、彼を見ていると自分自身が酷く惨めにも思えてくる。きっと悩みなど欠片もないのだろう。そんな捻くれたことを思いながら、起こすために肩へと手を伸ばした。

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