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第3話 戯れ

四神血族は各々大きな敷地を持つ。 そしてその敷地内の他の皇族種が屋敷を持つ。 皇族種は、四神の血筋と強く結び付きたい。 四神、つまりそれは神同然。神と仲良くして悪いことなど有り得ない。 自身その四神の血族だというのに、甘鶴は非常は可笑しな話だと思えた。 自分が神などと思ったことは1度としてない。そもそも神様の定義すらあやふやである。 しかしまぁ、世の中というのは上下が無ければ上手く成立しない。全てを平等にすれば、諍いが耐えない。 何かを逆らえないモノとして置かなければ、皆納得しない。出来ない。 その何かになる事が利となるか損となるか、それはその何かの技量によるのだろう。 「はぁ、今度は白蛇のところか」 「甘鶴様、溜息を吐かないで下さい」 先日、敷地内に屋敷を持つ白狐の娘と街に出た。取り繕った仮面が剥がれぬようにすることは酷く気力が持っていかれることだと、甘鶴はげんなりしていた。 四神血族は、他の三つとは良好な関係は築けていない。決して蹴落とし合う訳でもないが、各敷地を持ち、境界線を張っているあたり、そんな仲がヒシヒシと見える。 四神血族、血は受け継ぐもの。つまり、子孫繁栄は重要だ。 四神同士でそれをしないのであれば、他の血族と仲を築く他無い。 かと言ってその辺にいる野良との子孫を皆が良しとするはずもない。 となれば、四神とまではいかずとも、それなりの皇族種と関係を持つことが必要だった。 まるで囲うように皇族種の一族を己の敷地にいくつも置くのは如何なものかと思うが、歴代そうするものだから名残は消えない。 白い獣は、神に近いとされる。 故に先日、街に出た白狐の女もまた、甘鶴の妻候補の1人であった。 しかし、甘鶴自身、特定の相手を決めない限り、候補は多くいる。それも皇族種となれば、四神家と言えど無碍な扱いは出来はしない。 特定が居なければ、平等に接する必要がある。狐は好きだが、蛇は嫌い。それは許されないのだ。 「どうして皆街に出たがるのか……」 「街に出たい、というよりも貴方と居たい、居るところを見せつけたい、が本望かと」 机に伏せた甘鶴に滝蓮は、冷静な見解を話す。 ギロリと滝蓮を睨み付ける甘鶴は、子供みたいであった。 「……甘鶴様、姿勢が悪いですよ」 「────それは、顔の良い人形を横に置いておきたいという話か?」 不貞腐れた顔をする甘鶴に、滝蓮は地雷を踏んだと後悔し、口元に手を当てながら、唾をゴクリと飲み込んだ。 「いえ、そういう意味では……」 加えたように弁明しようとしたが、それを止めたのは他でもない甘鶴であった。 「他意も悪意もなかったことは分かっている。……別に、本当のことなのだし、今更……」 グッと息を詰まらせる滝蓮は、幼子のような顔をする癖に考え方は、大人っぽく割り切っている我が主に振り回されている。 だが、滝蓮自身は、決して甘鶴を顔だけの人形などとは微塵も考えていない。 「……んん"っ、甘鶴様。白蛇の娘との約束はどうなさいますか。理由を付けてお断りでも……」 「先日、白狐のところと出掛けたのに、そちらだけ断る訳にもいかんだろう。……はぁ、忙しいのは嘘では無いのだがな」 最高位種族。偉いだけの肩書きだけ持てれば良いものの、そうもいかない。 偉くあるためには、それに見合った仕事は必要だ。 女狐と出掛けた日以降、甘鶴は部屋に籠り、仕事をこなしていた。 夜眠る暇もあまり取れていない。 (世の中が上手く回るための政治の判断。必要以上に絡まぬ四神血族。子孫繁栄のための嫁探し……、社交辞令社交辞令……) 頭を抱え、掻き毟りたい衝動に駆られる。 20を迎えてから()からの子孫に関する話が増えたことで、これまで以上に気が滅入っていた。 すぅ、と息を吸うと、溜まっていた書類仕事を一旦切り上げ、立ち上がる。 「……白蛇の娘の所へ返事にしに行くか」 「何も今行かなくとも……これらが片付いてからで」 「……気分転換に外に出たい」 「……御意」 これ以上籠っていれば自身から変な植物でも生えそうだ、と適当な外出する理由を付けた。 「……あぁ、そういえば」 外に出ようと着替えをしていれば、滝蓮がふと思い出したかのように口を開く。 「汚れていた着物、先程戻ってきましたよ。袖口の土汚れは無くなっていましたが……、まだ着られますか?」 「……」 言われて先日汚した着物のことを思い出した。 形見の品という訳でもなかったし、替わりはいくらでもあるな、と甘鶴はぼんやりと考える。 (……そういえば) その汚れ、着物はどうでも良いが、あのぶつかってきた小汚い子供は何だったのだろうか、そんな疑問が浮かんだ。 無礼な世間知らずの子供が、はしゃいでぶつかってきた、にしては、周りに親や付き添いらしき姿は居なかった。 ドブに浸かったような異臭を纏い、顔を隠すような布切れを羽織って。 チラリと見えたのは、汚さに隠れた一筋の光のような金色の瞳。 「……………」 着替えるために用意された姿見に映る自分を見てから、バサッと上着を頭の上に被せる。 滝蓮はどうしたものかと目を見張った。 するりと布越しに自身の頭に生えた角を両手で捉える。 (……やはり、両方浮き出る……一角獣以外に片角しか生えていない種族など居ただろうか) 右側だけが膨れ、左側はぺしゃんと萎んでいた布。 珍しい物を見ると興味が働くのが生きる者の性だろうか。 「…………甘鶴様、衣服で遊ばないっ」 「……遊んでなんかおらぬ……」 親のように叱咤した滝蓮にむぅと顔をむくれさせる甘鶴はやはり幼かった。 ●●● 「貴女、貴女が取ったのね!!?」 白蛇の屋敷に向かう途中、酷く荒れた女の声が響いた。 輪が出来始めたそこに、甘鶴と滝蓮は急いで駆け寄る。 自身の敷地内の出来事だ。大事にはしたくはない。 「どうされました?」 甘鶴の甘い声が響くと、周囲の女たちは彼に目を奪われた。 その輪の中心にいたのは、女が2人。 1人は地面にヘタリ込み、頬が腫れていて、そこを痛々しそうに掌で覆っている。 もう1人は──────先日、甘鶴と街に出た白狐の娘であった。 形相が酷く、息も乱れていた。掌が若干赤くなっている様子を見ると、ヘタリ混んでいる女の頬が腫れた原因は彼女にあることが読み取れた。 すすり泣く叩かれた女は、衣が使用人の物であった。白狐のところの使用人であろうか。何か主人となる彼女の機嫌を損ねたのだろうか。 何にしろことを大きくしてはならない。 喧嘩を収めるもまた、甘鶴の役目だった。 「どうなさいました? お話をお聞かせ願いたい」 白狐の娘に甘鶴が声をかけると、甘鶴を見るなり、狐は力が抜け、怒った形相から、泣き喚く子供のようになった。 「申し訳ございません、申し訳ございません」 突然謝り出す彼女に甘鶴、滝蓮、周りの者も呆気に取られた。 「どうされたのです? 私は貴女様に謝られる覚えは……」 「っ、簪っ……」 (簪……?) 女が口からそれだけを言うとおいおい泣き始めた。少し焦りながらも甘鶴は彼女から話を伺う。 「簪……先日、街で私が選んだものですか?」 「ええ、ええ、そうです……、あの簪を、何者かに……盗まれまして」 甘鶴は「なるほど」と思った。 「私は取ってなどおりません! その簪がどれなのかも知りません!」 「うるさいっ! 黙れ! 金目の物が欲しかったのだろう!! 甘鶴様から与えられたのが羨ましかったのだろう……!!」 叩かれた使用人の弁明に、女狐は強く言い返す。 「使用人風情が」と吐き捨てる女が、甘鶴と滝蓮には酷く醜く見えた。 「落ち着いて下さい。彼女が取ったところを見た者でもいらっしゃったのですか」 努めて紳士的で、棘のない物言いで荒れる女狐に問うと、彼女はハッとしてから歯を噛み締めて小さく息を吐く。 「……あの日、私の護衛を務めていたのは、男1人と、コレ……、この者だけなのです」 甘鶴は「ふむ」と心得た。 「簪を頂いたところを見ていたのもまた、2人だけです。男の方が盗むなどとは到底思えません」 可能性として考えて見れば、女の方を怪しむ方が自然だろう。 (しかしまぁ、この使用人も不運なことだ) とは言え、確証も何もない。狐の妄想にしか過ぎないが、頬まで打たれてふっくらと赤く腫れ上がってしまっている。 「簪を頂き、懐から出そうとしたのは、帰ってからです。屋敷の他の使用人たちは簪のことなど知りません」 となれば、とまた使用人の女を強く睨みつける。ビクリと肩を震わせて青ざめる彼女に同情さえしてしまう。 「簪などまた差し上げましょう。さぁ、大事になる前に屋敷にお戻り下さい」 ニコリと笑って女に屋敷に戻るように勧める。 従うように女狐は、自身の屋敷へと戻って行った。 (簪などでこんな大事に……) 甘鶴は疲弊していたところ更に疲れが溜まり、外になど出なければ良かったと後悔した。 (しかし、どうにもあの使用人が簪を盗んだとは思えないな) 自身の容姿の良さは承知していたし、女の嫉妬故に起こる厄介事は、甘鶴にとってこれが初めてではなかった。 色目を遣った、気を惹こうとした、どれもこれも本当か単なる勘違いか、分かったものでは無い。 どちらであっても甘鶴にしてみれば、厄介な事この上ない。 自分が関係しているのであれば、治めることが務めだとしているのだ。 (単に不注意で落とした……、それとも───) ふと蘇ったものは、汚れた自分の着物の袖口であった。 あの日、妙な事があった。それは、単なる日常生活にも溶け込めそうだったが、奇妙、何かが可笑しいと言えば、そうとも捉えられる。 一般種族は、皇族種を避ける。悪意がある者ばかりでは無い。興味関心はあるが、下手に関わりたくない、これが主な理由である。 四神血族に群がるのは、一般種族ではない。皇族種ばかりだ。 一般種族は自分たちが相手にされないと分かっているのだ。そして、それならば下手に事を犯し、自身が危うい立場になる不利益を避ける。 しかし、あの日はどうだ。 遠巻きに観察するばかりの一般種族……ではない者がいた。 汚れ、異臭、小柄な体型。 一般種族の中でも、かなり下の身分であることが悟れる。恵まれない生活環境にいたことも察せる。 一般種族よりも下でありながら、皇族種……しかも、四神血族である甘鶴に当たりながら、1つ詫びもせずに足早に走り去った。 「甘鶴様。彼女に新しい簪を送る手配でも───」 滝蓮が主人に問おうとすると、途中で口を結ぶ。そして、眉を顰める。 手に負えない程の仕事量、面倒事ばかり起きる敷地内。 疲れ、ストレス…… (……ああ) 青龍甘鶴。四神家、青龍家の跡取り息子。出来の良い紳士的で、美しい容姿を持つ男。誰もが彼に見惚れる程だ。 ───しかし彼は、まだ若い。 (何か、楽しいこと、ないだろうか) 精神の崩壊ギリギリで踏みとどまっている中、彼の中に、そんな子供じみた考えが浮かんだ。 「……ふむ。新しい簪を用意するのは良いが、彼女がまたいつ、あの使用人に当たるか分からないな」 「甘鶴様……」 「事の原因を取り除くことが必要だな」 「……主、」 「なぁ、滝蓮。そうは思わないか?」 これは大人の仮面を張り付けられた子供の憂さ晴らしの戯れ(あそび)に過ぎない。 そして、それに付き合わされる40過ぎのおじさんとなったのは、彼の付き人である。 「……まるで、推理を楽しむ子供みたいな顔をやめてください」 滝蓮は冷静な口調で主に物申す。 甘鶴の頬は緩んでいた。 それは無邪気な子供の姿が見え隠れしていた。 「敷地内で起こったことの解決もまた私の仕事だろう?」 「……部屋に籠って仕事するのが嫌、という顔に見えますが」 「人探しだ、滝蓮。街に出るぞ」 何を思い立ったのやら、と滝蓮は額に手を当て、首を振り項垂れる。 皇族の女を連れずに街に出ることは、暫くなかった。出たとしても何かしら面倒な仕事があってのことだ。 「……なりません。まだ書類が片付いておりません」 「っ! では、この件は無かったことにすると? あの使用人がまた当たられる可能性があるのに?」 「何も貴方が出張ることではありません」 この男は自身の身分を本当に分かっての発言だろうか、と滝蓮は頭を抱えたくなった。 単なる皇族種ではないのだ。 この世界における最高位の身分を持つ血族の1人だ。 それを恨まない者が0ではないこと位誰が考えても分かる事だ。 理由があるなら外に出ることは致し方ないが、出来れば外になど出ては欲しくない、というのが付き人の本心であった。 「……はぁ。私がその者を見つけて参りましょう。……きっと何かお考えになる事があったのでしょう」 滝蓮は、外に出れないことに機嫌を損ねた主をまだまだ若いなとしみじみ感じていた。 「……つまらんな」 「ふん」と子供じみた素振りを見せる。あまり表に居る時は、こういった事をしない質であったはずだが、それ程甘鶴の精神は疲れきっているらしかった。 滝蓮とて主に無理強いをしたい訳でもない。彼が円滑に動けるようにすることが、付き人としての務めでもある。 (まぁ、まだ若いし、我儘などほとんど聞いてやれた試しがないからな) 大人の素振りが上手い甘鶴のほんの僅かに見せる子供らしい本性を無視したい訳では無いのだ。 (……何か、楽しみ……か) 少し考え込む。甘鶴は変わらぬ狭く押し込められた窮屈な生活に疲弊している。 そこに何らかの刺激物を入れることで、彼の欲が満たせるのならばそれが良い。 (……人探し…………ああ) 困り果てていたが、今出来た仕事を1つ役立てる方法を見出した。 「……街で私がその盗人を見つけて参ります……。そして、貴方の元までお連れしましょう」 そう告げると甘鶴は疑問げな表情を見せる。 「別に私は処罰など……」 「友人の1人でも出来れば貴方様生活が少しでも潤うのでは?」 その言葉に驚愕する甘鶴は、ゴクリと1つ息を飲み、「正気か」と問う。 「下手に皇族の方を傍に置く位ならば、一般種族の方がまだマシです」 もしも命を取ろうとする動きを見せれば、皇族種ならば処するにも色々面倒臭い。 一般種族であれば……と、滝蓮は我ながら酷なことを考えると思った。 「一般種を四神家の敷地内に居れると? その者は周りから強く当たられることは容易に想像出来るが」 「どちらにせよ、簪を彼女から盗った時点で罰せられる運命です。一層周りに強く当られる程度の罰で良いのならその者も幸せかと」 「……お前、色々と面倒臭くなっていないか?」 「主人のお守りも大変なのです」 「……お守り……」 溜まった鬱憤を滝蓮のような者にしか吐き出すことが出来ない。 つまり、そのケアをするのは滝蓮以外にいないのだ。 とは言え、滝蓮も菩薩ではない。彼にだって疲弊はある。苛つくこともままある。 「敷地内は変わり映えすることはありません。同じ環境をずっと繰り返していれば、つまらない、などとなるのは仕方ありません」 甘鶴がつまらない、と言ったのだ。 では、滝蓮がすべきことは、つまらなくする方法を見出すこと。 「何か小さなモノでも、今の環境の中で貴方様の戯れが出来れば、と」 (下手に他の四神族や、皇族と関わるくらいならば、一般種族で手を打つべきだろう。……私が見張れる範囲であれば、さして問題は起こるまい) 一般種族は容易い。世界は不平等で成り立っている。 「さて、甘鶴様。簪の犯人に心当たりでもあるのでしょうか」 滝蓮は「ある、あるんでしょ」と目で訴えてくる。 甘鶴は数秒間を置いてから、厳つく真面目でありながら、突拍子もない提案をしてくる付き人に「ふふ」と笑った。 「ああ、1人。気になる者がいた」

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