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赤毛との再会①

 エルラント王宮のホールに紳士淑女が集っていた。  戦争終結から二年、夜会もつつがなく開催されるようになった。  きらびやかなシャンデリアの揺らめきに、戦争の影はすっかり取り払われていた。  エレナ女王のもと、エミーユは宮廷楽長として忙しい日々を送っていた。楽団員を募り、曲を作り、式典や夜会での演奏の指揮を務め、たまに自らバイオリンを弾く。  燃えるような赤毛の客を見れば演奏の合間についその客に目が向かった。 (ふふ、あの御仁、マリウスのような見事な赤毛だ。でっぷりとしたお腹をしてるけど、もしかしたらマリウスだったりして)  目を凝らして見れば、マリウスとは似ても似つかない中年の紳士だったりする。 (いや、案外、急に老けて、あんな感じになってるかもな)  その日、グレン帝国の新皇帝、アウグスト帝を迎えるとあって、王宮じゅうが浮足立っていた。  アウグスト帝は大陸に平和をもたらした立役者だ。父親である前皇帝を弑し、侵略をきれいに収めて、周辺国と平和条約を交わした。  アウグスト帝は帝国内を平定した後、新しい風を吹かせ続け、庶民や妖人をも高官に重用し、人身売買の禁止や奴隷制度の廃止など、これまでのグレンの悪行を正す法律を打ち立てている。  大国であるグレン帝国の変化は各地にも影響し、人々の間で、古い価値観が取り払われ、より公正で偏見のない社会が作られていく。  これらはエレナ女王からの受け売りで、それだけエレナ女王はアウグスト帝に一目を置いているということだが、みなが敬愛するエレナ女王の影響もあって、王宮じゅう、いや、国じゅうの誰もがアウグスト帝に好意的な印象を抱き、その一行の訪問を楽しみにしていた。  エミーユも一度だけアウグスト帝を見たことがあった。  アウグスト帝が平和条約を結ぶために国境沿いの町にやってきたときだった。  帝国内に残る旧皇帝派の残党を平定する途上であったために、アウグスト帝の一行は軍装のままだった。  アウグスト帝ら一行は、勇壮というよりも、荒くれの集まりにしか見えなかった。  遠目に、アウグスト帝の銀髪が風になびいていた。  そのすぐ後ろに赤毛が揺れていた。  燃えるような赤毛の人物がアウグスト帝の側近にいたのだ。 (マリウス? まさか、ね。あの泣き虫がグレンの新皇帝の側近のはずがない)  目を凝らして見たが、マリウスかどうかはわからなかった。 (赤毛の側近も皇帝と一緒に来るのかな)  それを思えば、エミーユも浮足立った。 ***  エルラント王都にやってきたアウグスト帝の兵団は、人々に熱狂的に出迎えられた。  王宮前広場で、エレナ女王の出迎えがあった。エミーユも宮廷楽団を指揮しながら出迎えた。  馬上の銀髪の皇帝の傍らには、燃えるような赤毛の人物がやはり馬上にあった。 (マリウス……?!)  エミーユは心臓がどきどきと波打つのを感じた。しかし、遠目にはよくわからなかった。  草原での別れから四年の月日が経っている。 (数日、一緒に過ごしただけの相手など、そう簡単に見分けられるはずもないか……) ***  ホールでエミーユは指揮棒を握っていた。  皇帝を歓迎する夜会が催されている。   (落ち着け、落ち着け。もし、失敗でもしたらエレナ陛下に恥をかかせることになる)  皇帝ら一行がまもなくホールに入来する旨の合図があった。ホールが静まり返る。  出迎えるエルラントの貴族たちも、皇帝の入場を前に緊張しているようだった。  ホールの入り口のドアが厳かに開く。エミーユは指揮棒を振り上げた。  入場に合わせて曲が始まる。  皇帝が女王の前まで来たところで演奏を止める。  エミーユは、指揮棒を下げて、皇帝ら一行を振り返った。側近の中に赤毛があった。燃えるような赤毛だ。 (ああ、マリウスなのか………?!)  赤毛は体格が良く、見栄えがする。 (マリウスに見える……!)  グレンの軍服を颯爽と着込んで悠然と立っている。 (でも、あれはマリウスではない。マリウスは、兵士に戻りたくないと泣いていた。だから軍に戻るはずがないんだ。他人の空似だ)  エミーユは気を取り直して楽団を振り返った。  しかし、演奏の合間に赤毛に目を向けることを抑えられなかった。  何度見ても、マリウスにしか見えない。 (マリウスなのか……?)  あんまり赤毛を見すぎたせいか、赤毛と目が合った。赤毛は、人越しにきれいな微笑を寄越してきた。 (マリウス! そんな大人っぽい作り笑いを浮かべるだなんて。やはり、あれはマリウスではない)  頭で否定するも、エミーユの目に涙が浮かんできた。 (やはり、あれはマリウスだ)  赤毛の側近は、記憶にあるマリウスそのものだった。  それから演奏を終えるたびに、マリウスを探した。燃えるような赤毛は随分と探しやすかった。  マリウスも何度も目を合わせてきた。一瞬、もの問いたげな顔をするも、きれいな微笑を寄越してきた。 (マリウス……、私に気づいたのか……? でもどうしてそんな作り笑いをするんだ……? ああ、そうか。マリウスは私をわからないんだ。私の顔を見たことがないのだから)

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