27 / 71
戦争終結と平和の到来③
母親はエミーユが何も言わなくても、エミーユが妖人で、リベルを産んだのだと察していた。
「まあ、リベル、元気な子ね」
「きゃははっ、きゃはぁっ」
「まあ、真っ赤な髪に紫の目、お相手の方譲りなのね?」
リベルの目は紫水晶のようにきれいな紫色をしていた。
「ええ、多分」
「たぶん?」
「髪は彼そっくりだけど、私は彼の目を見たことがないんです」
母親が顔を曇らせた。不合意の上に出来た子だとでも思ったようだった。
「ち、ちがう、心配しないで。彼は優しい人で私とずっといたがってたけど、私が彼を突き放したんだ」
もの問いたげな母親に、エミーユは説明する。
「目の色を知らないのは、彼が目に怪我を負っていたからだ。マリウスは怪我を負っていて彼を助けたんだ」
マリウスがグレン兵士だったことは、説明しなかった。怪我のゴミ入れにされていた母親の耳に入れるには気が引けた。
母親には怪我の後遺症などはなさそうだったが、それでも、リベルの父親がグレン兵士だと知れば見る目が違ってくるかもしれない。
「マリウスさんをどうして突き放したの?」
エミーユは目を伏せた。
「マリウスはおそらく貴族の子弟で、私とは到底釣り合わず、尻込みしたんだ」
「そんな、どうして……? あなたのお父さんだって、グレンの貴族の生まれなのに……!」
「彼は立派で、あのころの私はあまりにみすぼらしくて、私は彼にふさわしくないように思えた」
「そんなこと! あなただって立派です! とても立派だわ!」
母親はエミーユを上から下まで眺めて言った。
今のエミーユは宮廷楽長としてそれなりの生活をしている。服装にもそれが現れていた。
襟のついたシャツにジャケットを羽織り、革靴を履いている。
しかし、あの頃は掘っ立て小屋に住んで、ボロ布を纏っていたのだ。履き物は草を編んだものだった。ひどくみすぼらしかった。
今思えば、戦火から逃げのびた人々の生活など、どれもひどかった。エミーユも戦争のしわ寄せを被っていたにすぎない。
今となってはときおり、マリウスのもとをあれほど強引に去ってしまわずともよかったのではないかと思うこともある。マリウスはエミーユのそばにいたがっていた。エミーユだってマリウスを愛していた。
しかし、それももう終わったことだ。
「もう過去のことです」
所詮、考えても仕方のないことだ。
それに今はマリウスとのことは日々の忙しい生活に埋もれて良い思い出となっている。
ただ一つ、リベルから父親を奪うことになってしまったことが申し訳なかった。しかし、戦争で父親を失った子どもなんてごまんといる。
それにいつか会えるのではないか。あのマリウスのことだ、いろんな人に甘えて助けてもらって、きっと生き延びているはずだ。生きていればまた会えるかもしれない。
(この子の赤毛が良い目印になってくれる)
リベルの赤毛を撫でるエミーユを、母親はいたわるような目つきで見ていた。
「えみーう、えみーう」
眠くなったらしいリベルがエミーユの胸に顔をうずめてきた。
「えみーう、しゅき。だぃしゅき」
「私もだよ、リベルが大好きだ」
エミーユがリベルの肩に顔を当てて頬をこすると、くすぐったいのか可愛い声を上げた。
「きゃはぁっ、きゃははあっ」
笑いながらリベルはストンと眠りに落ちた。
「まあ、あなた、幸せなのね。リベルがあなたを幸せにしてくれているのね」
母親は目に涙を浮かべて、澄んだ声で言ってきた。
「私も幸せよ。エミーユが帰ってくれて、そして、そんなかわいい子を連れてきてくれて……」
息子が帰ってきてくれたのだ、しかも可愛い子どもを腕に抱いて。母親にとってもこんなに嬉しいことはなかった。
ともだちにシェアしよう!

