30 / 71
赤毛との再会③
翌朝、皇帝一行にサロンで管弦楽を聞かせることになった。
楽団員たちがサロンで控えていると、エレナ女王に案内されて皇帝らが現れた。
皇帝も側近も、みな揃いの軍服に身を包んでいる姿は、もう荒くれの集まりからは程遠い。凛々しく勇壮な武人らだ。
皇帝のすぐ横に控えるようにしてリージュ公がいた。
ホールと違ってサロンでは距離が近い。
その距離で改めて見てみるも、エミーユには、リージュ公はマリウスにしか見えなかった。随分と大人びた身のこなしをしているが、あれから四年も経ったのだ。成長したのだ。
(マリウスにしか見えない。それでもやはり、別人なのかもしれない。こうやって、私は一生マリウスの影を求めることになるんだろう。ちょっと苦しいけど、誰にだって人生にはそんな相手が一人や二人いるものかもしれない)
そのときのエミーユはほろ苦い気持ちを抱いているが、同時にさっぱりもしていた。
(リージュ公がマリウスだろうとマリウスではなかろうと、どうせ、私の一方的な想いだ。どちらにせよ、この先、交わることもない)
そんなすがすがしい気持ちになっていた。
エミーユと目が合えば、やはりリージュ公はきれいな微笑を浮かべる。
目が合ったと思うのもエミーユの思い過ごしかもしれなかったが、エミーユも見返して微笑んだ。
(マリウス、あるいは、リージュ公、あなたにますます幸あれ)
そんな思いを胸に抱きながらリージュ公を見つめて、にっこりと笑いかける。
リージュ公は目を見張ってエミーユを見返してきたように思った。
(どうせそれも私の思い過ごしだろうけど)
エミーユは皇帝一行のために作曲した管弦楽を披露した。
演奏を終えると皇帝ら一行は拍手で労をねぎらった。形通りの拍手だった。それでも笑顔を浮かべて、口々に褒めたたえてくる。それを、通訳が伝える。
『さすがエレナ女王ご自慢の宮廷楽団だけありますな』
『いやはや剣を振っているだけの我々にはもったいないほど高尚です』
言外にもう十分だと述べている。武人にはいささか退屈だったのが見て取れた。
皇帝にあっては、不愛想にじっと椅子に座り微動だにせず、拍手すらしない。
エレナ女王も不興を感じ取ったらしく、すぐに酒席へと移ることになった。酒を持った女官らが入ってくる。
そこで皇帝が通訳に何かを言った。通訳が口を開く。
「この曲は誰が作ったのですか」
エレナ女王が答える。
「宮廷楽長のレルシュです」
エミーユはその説明と同時に会釈をした。
皇帝は、エミーユをじろじろとぶしつけな視線で眺めてきた。
(これは視界に入ってるけど、人としてじゃなく、モノとしてだな)
それでもその視界に入るだけでも光栄だ。
エミーユを見る皇帝の顔に少々失望が浮かんだような気がした。
(楽長なのにこんなので、がっかりさせちゃったかな)
エミーユは自分の貧相な外見を思い至り、申し訳なくなった。
(私にもう少しカリスマがあったら良かったんだけど)
またもや通訳を介して皇帝が訊いてきた。
『この旋律をどこかで聞いたことがあるのだが、有名なものか』
今度はエレナ女王ではなく、エミーユがエルラント語で答えた。グレン語で話しかけるか迷ったが、直接、皇帝に話しかけるのは無礼になるだろうと遠慮した。通訳がグレン語に訳す。
「これはグレンの古民謡をアレンジしたものです。なので旋律にも聞き覚えがあるのでしょう」
父親がエミーユの耳に残した曲には、グレンの古民謡が多かった。
グレンからの客人を迎えるにあたり、それをアレンジしたのだ。
またもや皇帝に失望がよぎったような気がした。
しかし、皇帝はさすがに礼儀を知っているのか、そのあと拍手とともに言った。
『ありがとう、素晴らしい曲だった』
そのあとサロンは酒席へと転じていった。
片付けを始めた楽団員は一様に肩を落としている。
(演奏のウケがいまいちだったからな。あとで皆を慰めなければ)
エミーユが廊下に出れば、後ろから呼び止める声があった。
「レルシュさん……!」
振り返ると赤毛が目に飛び込んできた。
ともだちにシェアしよう!

