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赤毛との再会⑤

 午後にはお茶会が催された。皇帝ら一行とエルラント貴族の交流は順調なようだった。  お茶会での伴奏を終えると、エミーユは楽長室で一息ついていた。晩餐会まで、ひとときの休憩だ。 (リベルは今頃何してるかな)  以前は帰るなり抱きついてきたのだが、最近では留守が長引くと、いったん玄関に出てきても「エミーユ、きらい」とすぐに階段裏に隠れるようになった。  エミーユの留守にすねているのだ。少し機嫌を取るともう片時も離れなくなってしまうのだから可愛いことこの上ない。  何気なく見下ろす窓の光景に、赤いものが揺れているのに気付いた。リージュ公だ。 (ふふ、リベルそっくりの赤毛だ。いやリベルがそっくりなんだ)  今夜、リージュ公のもとを訪れる約束を思い出して、気が弾むような憂鬱なような気持になった。  マリウスに会えたのは嬉しい。しかし、これほどきれいさっぱりエミーユのことがなかったことになっているなどとは思いもしていなかった。 (自分から捨てたのに、何をいまさら)  それでも、今夜の約束を取り付けてきたのは、リージュ公もエミーユに何か感じるものがあったのかもしれない、との期待を抱くのを抑えられないでいる。 (しかし、相手はもう妻子持ちだぞ)  複雑な気持ちで赤毛を見ていると、赤毛は庭外れに向かっていく。 (マリウス?)  リージュ公は林へ入ろうとしている。  その奥には薪割り小屋があるだけで何もない。 (なんであんなところに向かっているんだろう? 迷子になったのかな)  ついついマリウスに対する庇護欲がもたげてしまう。 (大丈夫かな)  気になって庭に降りてみた。林を覗いてみたが姿はない。奥へ進むうちに、薪割り小屋が近づいてきた。  近寄ってみれば中から苦しそうな声が聞こえてきた。女性の声だ。   (病人でもいるのか)  足早に小屋の入り口に回って、戸口を開けた。 「誰かいますか?」  薄暗い中に夕陽が差し込んで、「キャッ」と女性の声が上がる。 「大丈夫ですか?」  エミーユは中に入った。湿った匂いが立ち込めている。香水に汗の混じった匂いだった。  人影は一人ではなかった。 「もう、やだあ!」  その声は非難めいた割に甘く艶めいていた。よく見れば、中には絡み合う男女がいた。 (ひゃっ?!)  エミーユは、そこに来たことを後悔した。絡み合うのはリージュ公と貴婦人だった。  リージュ公はエミーユに気が付くと、一瞬怯むも、堂々と視線を合わせてきた。  視線を合わせたまま、きれいな微笑を寄越してくる。見るものを惑わせるような微笑だ。  リージュ公に衣服の乱れはないが、その腰はスカートをたくし上げた貴婦人の足の間にはまっており、手は貴婦人の腰を掴んでいる。  リージュ公はエミーユを見つめながらグイと腰を前に突いた。 「あんっ……」  貴婦人がはしたない声を上げては、非難する。 「ああん、だめです、公爵様ぁ! 人に見られてしまいますぅ!」  リージュ公がたどたどしいエルラント語で貴婦人を宥める。 「あれは、使用人。気にしない、だいじょぶ」  リージュ公の腰が前後に動く。貴婦人は非難をやめて嬌声を上げ始めた。 「ああん、そこぉ、もっとぉ」 (な、なんだ、これは?!)  エミーユは気が動転して、後ずさった。女の嬌声が激しくなる。  戸口を思いっきり閉めて走り去った。 (あれはエルラントに貴婦人だった。マリウスは、グレンに妻子がいるはず。なのに貴婦人とどうしてあんなことを?)  貴婦人はお茶会の参加者に違いなかった。 (お茶会で出会ったばかりの貴婦人に手を出したのか)  建物まで戻ってきたエミーユはショックのあまり、立ち止まったまま動けなかった。 (マリウスはそんな軽薄な人になったのか)  わざわざマリウスを追いかけてのぞき見してしまったことになったが、どういうわけか見せつけられたような気になり、惨めになった。 (私は、マリウスと今も心が通じ合っているような気がしてたのに。あっちはもう私のことなど思い出しもしない、遠い世界の人になったんだ。いや、もともと貴族と使用人、住む世界が違ってた。マリウスは、無事、あっちの世界に戻っただけ)  そう願ったのはエミーユ自身だった。けれども、惨めな気分に襲われていた。 (馬鹿だな、私は)

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