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エミーユ?!①
西棟で揺れる赤毛を見つけたマリウスは、内心で舌打ちした。
(あいつ、ふらふらと好き勝手な行動を。また遊ぶ相手でも誘っているのか)
リージュ公が話しかけているのは宮廷楽長だった。
(あいつ、楽長を狙っているんだっけか)
それを思い出せば、不意に不愉快な気持ちがもたげてきた。何故かイライラする。
マリウスはリージュ公に足を向けた。
「リージュ公を呼んでくる」
替わりに呼んで来ようとする側近を片手で抑えて、マリウスは自分が呼びに行くことにした。
リージュ公は馴れ馴れしく楽長に話しかけている。楽長もまた応じているが、二人の間には何やらただならぬ風情が漂っているように見えた。
(昔の知り合いとか言ってたな。あいつが狙うってことは、楽長は妖人なのか)
リージュ公に笑顔を向ける楽長を見れば、何故か腹がかき混ぜられるような落ち着かない心地に陥った。
確かに二人の間には、何かがあったように見えてくる。あの楽長はリージュ公に対して特別な感情を抱いているように見える。それを思えば急にどす黒い塊が胸にせりあがってきた。
(リージュ公に好き勝手させないからな!)
そう思ってしまうのが自分でも理解できなかった。他人の色恋沙汰などこれまで気になったことなと一度もないのに。
リージュ公に近づいたマリウスに、楽長の流暢なグレン語が聞こえてきた。
(ええっ?!)
楽長のグレン語にマリウスの全身に震えが走った。
その声に、その発音に、足元から頭頂まで衝撃が駆け上がった。
(エ、エミーユ?!)
その声は確かに楽長から発せられていた。
(エミーユ………! どうして、楽長がエミーユのように喋るんだ……?)
マリウスは息が止まりそうだった。心臓も何もかもが止まりそうだった。
(もしかして、楽長がエミーユなのか……………。でも、エミーユは茶目茶髪のはず……)
マリウスは軽く混乱していた。
しかし、楽長がエミーユだとしたら、驚くほどにしっくりとする。ほっそりとした体躯に、柔らかなその手つき。
楽長はマリウスに気づいて、軽く会釈をしてきた。
マリウスはそこで固まってしまった。
(エミーユではないのか……?!)
楽長の目つきはあまりに他人行儀なものだった。
マリウスはエミーユの目を見たことがなかったが、いつも自分には優しい目を向けてくれていたはずなのに。それを感じていたのに。
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