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おとうしゃん

 皇帝に、子どもたちが一斉に挨拶をした。 「こうていへいか! わがまちにようこそ!」  子どもたちの元気の良い挨拶に、皇帝が片手を上げて相好を崩すと、辺りはどっと歓声が沸いた。  エミーユのさして広くもない二階住居の居間は、皇帝に護衛兵士に、近隣の親子連れとで、あふれ返った。  ソファに座る皇帝を誰もが畏敬の目で見つめている。  ここにも戦争から帰ってきた人、家族を取り戻した人たちがいる。平和の立役者のアウグスト帝は、そうした市民にいつでも熱い感謝の目を向けられている。  中には目を潤ませて皇帝を拝むものまでいた。  しかしながら子どもは常に子どもらしさを発揮するもので、「へいか! えらいんでしょ! じゃあ、虫、さわれる?」などと虫かごを差し出したり、自分の作った工作を見せたりしている。  敬愛する皇帝に自分の宝物を見せたいのだ。  皇帝は皇帝で、通訳を介しながらも、気安く相手をしていた。  子どもたちに混じってリベルが皇帝に近寄っても、皇帝の注目を引いた様子もなく、エミーユは胸を撫で下ろした。 (このまま、終わってくれますように)  そう願うエミーユに、皇帝を取り囲む子らに紛れているリベルが、ふと「おと、おとうしゃん」と口にしたのが聞こえた。ハッとしてエミーユはリベルを見た。 (リベル……、何を言ったんだ?)  すると、リベルに釣られたのか、「おとうしゃん」「おとうしゃぁん……!」と言って、皇帝に抱き着く子どもらが現れた。父親を戦争で奪われた子らだ。  皇帝は、その子らを抱き上げると膝に抱えた。 『我が子らよ、我が宝よ』  大人たちがその光景に涙ぐむ。  市井の粗末な住居にあって、子らを抱いた皇帝と、それを目を細めて見守る市民らの情景は、宗教画のような静謐な空気をまとっていた。 「おとうしゃん」  リベルもそう言いながら皇帝によじ登ろうとする。その光景に感動のあまり鼻をすする音が上がる中、空気をぶち壊す声が上がった。 「お、おじさんでしょ! このひとはただのおじさん!」  その声はエミーユから発せられたものだった。エミーユはあまりも気が動転しすぎていた。  エミーユの声を聞きつけた皇帝が、エミーユを見た。 「お、おじさ? お、おじ……?」  皇帝の目には心なしか涙の膜が張り始めたように見える。エミーユは青ざめた。 (ああ、大失言だ!) 「も、申し訳ありません、陛下……! ただのおじさんなどと」  通訳を介して二人の会話を理解した子どもたちが一斉にエミーユを非難する。 「エミーユ、へいかはただのおじさんじゃない、特別なおじさんだぞ!」 「とくべつにすごいおじさんだよな! へいか!」 「えらいおじさんだもんね!」  皇帝は目を白黒するばかりだった。 「お、おじさ? お、おじ……?」  エミーユはひたすら謝った。 「陛下、本当に申し訳ありません、ただのおじさんなどと」  皇帝は、何か言いたげに口をもごもごさせて、肩を落とした。 『いや、いいんだ。おじさんでいいんだ』   そして、膝の子らを下ろして仁王立ちになった。 『特別なおじさんに何人捕まれるか、捕まってみろ』  子どもらが皇帝に群がり始める。 (どうして、リベルは皇帝をお父さんなどと……)  あとでリベルに訊けば、首を傾げて答えられなかったので、血の知らせかもしれなかったし、大いなる皇帝に父親のようなものを感じただけなのかもしれなかった。 「では、陛下、そろそろ時間です」 「うむ」 「とくべつなおじさん、またね!」 「う、うむ」

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