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第1話

 熱い視線が――俺を見ている。  ドレスを翻す女を追いかけ、捕らえる。  肩に手をかけ、こちらへ向かせる。  女は――美しい顔に、宝石のような涙を溢れさせていた。  その涙を拭おうとして指先を頬に近づけるが。  そのまま自分の口許に持っていく。  女の涙を拭うのに手袋は無粋だ。  俺は手袋を唇で()んで外し、素の指先を、女の頬に伸ばし――。  熱い視線が俺を見ていた。  ――が、しかし。しかしだ!! * * 「はいっ、カットォォォ_!!_」  その場にいる全員に聞こえるように叫んだ後、 「ハルくん、ちょっと」  トーンを落として俺の背に声をかける。  目の前の女はにこっと笑った。先程の涙は何処へやら。さすが、若いながらも実力派の女優だ。  俺は軽く頷き、監督に身体を向けた。 「ハルくん、今日は調子悪い? キミの出番で一番いいシーンよ。もっと集中して行かなきゃ~」  ごつい顔の髭面にカマ言葉の男が、大袈裟な仕草で言う。  こんな男だが、作る映画が軒並み大ヒット。新進気鋭の映画監督だ。 「……申し訳ありません」  集中していない自覚はある。素直に謝るしかなかった。  俺の顔を見て一つ溜息を()く。 「少し、休憩ー」  監督の声がまたも響き渡った。  ――俺にとうとう映画のオファーが舞い込んできた。  いや、本当は今までにも何回かあったが、首を縦には振らなかった。  俺はモデルだからな。  演技に自信がなかったとも言うが。  今回この依頼を了承した理由。  一つ。監督がこのカマ()……いや、鎌田時宗(かまたときむね)だったこと。  一つ。スポンサーが、俺の事務所の母体・サクラ・メディア・ホールディングスだったこと。  一つ。俺の出番が少なかったこと。  一つ――これが一番大事。『あの人』が、この映画のパンフレット、ポスターのカメラマンだったこと。  俺は仕事に私情を挟む主義だ。 『あの人』との仕事だったら、どんなに忙しいスケジュールの中にも食い込ませてみせる。  同棲――もとい同居しているとはいえ、お互い忙しい身では家でもかち合わない日も多い。  俺はいつでも『あの人』を見ていたい。関わっていたい。  そして、今回のロケには彼も加わっている。  が、しかし。しかしだ!!  あの熱い瞳が俺ではなく――いや、俺ではあるんだが――この軍服を着た、このキャラを見ているというのがどうにも許しがたい。 (まったく、自分に嫉妬することになるとはっ)

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