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第8話

* * (詩雨さん、もう家に着いてるかな)  俺は白バイに追いかけられないギリギリの、でき得る限り早いスピードでバイクを走らせた。夜の街並みが、灯りが、猛スピードで過ぎ去っていく。  ロケ前から忙しく、一緒に住んでいながらゆっくり話す時間も取れていなかった。  もう随分詩雨さんに触れていないような気がする。 (今夜はどうしてくれよう。少しくらいムリを聞いてくれるかな。めちゃくちゃ激しくスルか。それとも……まず、二人でゆっくり風呂に入って。ゆっくり優しくシテいくか)  そんな欲望を滾らせながら走り、漸く俺と詩雨さんの家に到着する。  ガレージのシャッターは開いていて、俺の帰りを待っていてくれたかのようだ。  撮影機材を運ぶ為のワンボックスカーも今日は駐まっている。普段使いの車と二台ともあり、彼が家にいる証拠だ。  走りながら三階に灯りがともっているのも確認した。  シャッターを閉めて玄関に回る。  ドアにかかったプレートには『STUDIO (スタジオ) SHIU(シウ)』と書かれている。  ここはプロカメラマン『SHIU』の事務所兼柑柰詩雨の自宅だ。そこへ俺が住むようになってもうすぐ一年になる。  同居――いや、俺的には同棲だ。  鍵はかかっていなかった。  中に入ると靴のまま階段を上がる。一階撮影フロアと二階事務所は真っ暗で人の気配はない。見上げると三階からは灯りが漏れている。  階段を上がり切った先の自宅スペース。その前の踊り場に靴が並んでいた。 (あれ?)  詩雨さんの靴。それから見慣れない靴が一足。 (誰か……来て……?)  物凄く嫌な予感がした。  踊り場から真っ直ぐに廊下。右側が詩雨さんと俺が使っている部屋。左側にゲストルームとバスルーム。  俺が踊り場で突っ立ったままでいると、ゲストルームから詩雨さんが飛び出して来た。 「お帰り。ハル」  一週間振りの笑顔を見る。 『ハル』は、俺のモデルとしての名前。俺たちがつき合い始める前は詩雨さんにこの名で呼ばれていた。恋人同士になってからは仕事との区切りをつける為、プライベートは『遙人』と呼ばれている。 (――ということは、今は仕事モード?)  ゲストルームから出て来たことといい、益々嫌な予感がする。 「ただいま……詩雨さん」 「ん? どした?」  たぶん顔が固まっているであろう俺を、彼は不思議そうに見る。

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