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第20話
当然のことながら、隣に詩雨さんはいない。
あの一度では収まらず、その後も床で、ベッドで気を失うくらいに詩雨さんを攻め続けた。いつものように優しく愛撫することもなく、ただひたすら自分の欲をぶつけ続けた。
怒らないほうがおかしいだろう。
上掛けの下に手を潜らせると、少しだけ温もりが残っているような気がして、切なくなる。
俺はとりあえずシャワーで頭を冷やすことにし、脱ぎ散らかした服を拾った。どうせすぐ脱ぐのに面倒だとは思ったが、下着とジーンズだけは身につけた。
ドアを開けようとして、ふと目についた。夕べ立ったままシテいた辺りの白い壁に、滴るような『紅』があった。
(これは……血)
そうだ。
あの時、詩雨さんの太腿を血が滴り落ちていた。床にも散った跡がある。
(くそっ)
俺は激しく頭を掻きむしった。
部屋を出ると、すぐ目の前に不機嫌そうに腕を組んでいるカイトがいた。不機嫌というよりは、完全に激怒している顔だ。
「あんた、詩雨ちゃんに何したんだ」
いつもの爽やかさは何処へいったのか。初めて聞く粗っぽい口調。
(いきなり、あんた、呼ばわりとは)
「――――」
今は話もしたくはなかった。
そのままバスルームに向かおうとすると、肩を強く掴まれる。殴りたいのをどうにか押し留 めているような感じだ。
「待てよ。あんた、絶対何かしたろ」
「おまえには関係ない」
「関係なくなんか、いや、関係なかったとしてもだ。詩雨ちゃん、泣いたみたいに目を腫らしてるし、頬も赤かった――殴られたみたいに」
(なんだって? 殴られたみたいに?)
内心ぎょとしたが、それを噯気 にも出さずに。
「殴った覚えはない」
肩を掴んだ手を無理矢理解き、今度こそバスルームに向かって歩いた。
後ろから声が追いかけて来る。
「僕の撮影はもう終わる。そうしたらすぐに帰らなきゃいけない。でも、戻ってくるから。その時には詩雨ちゃんを連れて行く」
押さえても隠し切れない怒りが滲み出ていた。
「今日からホテルに移るから。あんたの顔なんかもう見たくもない」
「同感だ」
(殴った覚えはない)
脱衣場の中に入ってドアに寄りかかると、そう反芻した。
でも、もしかしたら。行為の最中に何処かにぶつけてしまったのかも知れない。それ程激しく、そして、思いやる余裕もなかった。
次第に満足感よりも後悔のほうが大きく膨らんでいった。
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