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第25話
* *
「あーなんだか、こういうの久しぶりだなー」
全身の力を俺に委ね、ゆっくり伸びをする。
バスタブに浸かる時はいつも、詩雨さんは恥ずかしがって反対側に座る。それを俺が自分の上に乗せる。その行程が面倒だったので、今日は詩雨さんが全裸になった時点で姫抱きにし、そのままバスタブの中に入った。
姫抱きにした時に既に騒いでいたのは言うまでもない。
今日が『特別な日』になったことで、その後はいつもと違い、大人しくホールドされてくれた。
お互い暫く無言だったが、温かい湯で気持ちが|解《ほぐ》れたのか、詩雨さんはリラックスムードになった。
俺は――というと、実は彼とは逆だった。
ゆっくりと考えれば考える程、この間の自分の行いが頭に浮かび、しゅんと気持ちが萎む。
もしかしたら、もうこの腕の中には、詩雨さんはいなかったかも知れない。
「どした? 遙人。なんか静か」
俺は詩雨さんの腹に両手を回し、ぎゅっと抱きしめた。細い肩に頭を乗せる。
「詩雨さん……あの時は……ごめん。俺、ほんとに酷いことした」
「んーそうだな。ちょっと酷かったな。だいぶ痛かったぞ」
茶化すように軽い答えが返ってきたが、それでも俺は浮上できない。
「詩雨さんが……あいつとアメリカに行っちゃうと思って」
ぼそぼそと、詩雨さんの肩に向かって話す。心なしか声が震えている。湯なのか、涙なのか、俺の頬を濡らしていた。
「あーやっぱり聞いてたかー。通りで様子がおかしいと思ったよ」
「……俺、即答で詩雨さんは断ると思ってた。なのに、考えさせてくれ、なんて」
「ばかだなぁ……オレがアメリカに移住するわけないだろ」
子どもに言い聞かせるような穏やかな声音で言うと、ふっと笑った。
「じゃ、なんで」
「ただ、ハリウッドに行ってみるのも悪くないって思ったんだよ。撮影旅行としてな――もちろん、おまえも一緒だよ」
「……なんだ……そうだったんだ……」
理由がわかったらわかったで、余計に自分の馬鹿さ加減に呆れて涙が出そうになる。
「あの時話そうとしたんだけど、おまえ全然聞いてくれないし」
「うん……。ごめん、詩雨さん」
気まずくてそれ以上何も言えない。詩雨さんも俺がかなり落ち込んでいると思ってか、自分の肩にある頭を黙って撫でてくれた。
「詩雨さん……けっこう怒ってたよね……?」
暫くして、やっと掠れ気味の声を発する。
「あの後全然部屋に入って来なかった。俺、もうダメかと思って……でも、諦めたくなかった。あれは最後の賭けだった、絶対に負けたくない……」
こちらはだいぶ暗い気持ちだったが。
ぽりぽりと頭を掻く音がした。
「うーん……や……あれは……」
言おうか言うまいか迷っているような様子だ。
「――怒ってなかった」
「えっ」
意外な答えに俺はぱっと顔をあげる。
「恥ずかしかっただけ。オレあんな状態でもちゃんと気持ち良かった。オレもずっとおまえを欲しかったし、もっともっとって思ってた。でもおまえの顔を見ると、そんな自分の浅ましさが甦っちゃって……」
顔は見えない。でも、耳と項が真っ赤だった。
(そんな……嬉しいこと……)
「おわっ。なんだ、おまえ。急にでかくなったぞ」
いつも一緒に入れば俺の肉体 はすぐに詩雨さんに対して反応を示す。それ程彼を愛しているし、欲している。
そんな俺もさすがに今日は萎えていたが、今の可愛すぎる言葉で一気に愛しさが膨れ上がった。
「ま、いっか」
詩雨さんはくるっと振り返り俺の首の後ろに両手を回す。
「今日はすっごく優しくしてくれよ」
「もちろん」
詩雨さんの左手を捕らえ、煌めくリングに口づけをした。
「仰せのままに」
fin.
追記
『engagement(エンゲージメント』とは、『戦い』『契約』『約束』『婚約』という意味の名詞。
『エンゲージリング』は和製英語で、正しくは『エンゲージメントリング』というそうです。
本タイトルはもともと『エンゲージ』とする予定でしたが、英単語を調べたら前記のようなことがわかったので、
『engagement』に変更し、読み方を『エンゲージ』とすることにしました。
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