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第6話
その日は近くの町に買い物に出ていた。護衛も従者もつけず、一人でぶらぶらと町を歩く。
両親には護衛くらいつけていけと言われるけど、一人のほうが気楽なのだ。
(あ、ここゲームにあった建物だ)
確か、背景素材がこんな感じだったな……。
時折来るけど、訪れるたびに新しい発見がある。そして、気づくたびに俺は感動するのだ。
「……あれから九年、か」
シナリオ通りならルドヴィックのトラウマになっているはずの俺、ノアム。
でも、俺たちの交流は絶えず続いている。今では『親友』になるほどだ。
ルドヴィックにはトラウマがなく、俺も引きこもっていない。
ここはもう、【星をちりばめた恋】の世界じゃないのではないか。最近、思うようになった。
「舞台としてはそのままだけど、俺らは違うんだよな」
ノアムも、ルドヴィックも。シナリオとかけ離れている。
もちろん、ここからシナリオの強制力が発動する可能性だってある。ルドヴィックがリュリュと結ばれるために必要なら、俺はルドヴィックに嫌われても、納得――できるのだろうか。
(俺、ルドヴィックのこと好きだ)
この九年の思い出が頭の中で次から次へと流れていく。
たくさん笑って、たくさん泣いて。いろんな困難に直面しつつも、二人で乗り越えてきた。
(『推し』としてじゃない、俺はルドヴィックという人が好きだ)
この間、ルドヴィックに自分と結婚できるか問われた。
冗談にしたかったのに、ルドヴィックはたとえ話だと言った。
……冗談にしたほうがずっとずーっと楽だったのに。
(自分の気持ちに気づくのが、遅すぎるって)
胸が苦しい。涙があふれてしまいそうだった。
(俺はリュリュじゃない。ノアムだ。……俺じゃ、ルドヴィックの『運命』にはなれない)
目元をこする。せめて、笑顔で二人を祝福したい。
二人の結婚生活に、幸福が待っていることを――祈りたいのに。
「俺、ルドヴィックが好き……」
今の状態ではできない。とにかく、気持ちを落ち着けなくては。
(今から帰って、しばらく引きこもろう。落ち着くまでルドヴィックには会わない)
そうしないと、自分の気持ちを伝えてしまいそうだ。
俺を見て、俺を好きになって。俺を――愛して。
ルドヴィックにすがって、愛を強請りそうだ。
こんなのはダメだから、ルドヴィックを避けよう。
「よし、とにかく屋敷に帰って――」
俺が顔を上げたとき。視界の端っこに、見知った人物を見た。
華やかな金髪。目を細めて、人懐っこく笑う男。
ずっと一緒にいた俺には、見せなかった笑み。
「リュリュは本当に頼りになるな」
風に乗って聞こえてきた声に、俺の胸が鋭く痛んだ。
(ルドヴィック)
そこにいたのはルドヴィックで、隣を歩くのは――このゲームの主人公リュリュ・デュロン。
長身のルドヴィックと小柄なリュリュが並んで歩くと、まるで大人と子供みたいだった。
「けど、本当に好きなんですね」
立ち尽くす俺に気づかない二人は、少し離れた場所を並んで歩いていく。
「あぁ、好きだ。――この世で一番愛おしくてたまらない存在だよ」
愛情のこもった声。ルドヴィックのまなざしはリュリュに向いている。
――我慢できなかった。
(一番見たかった光景だろ――!)
ルドヴィックがリュリュに愛をささやくのは、一番見たかった光景だったはずだ。
それなのに、今、俺はとても苦しい。呼吸さえ満足にできないのではないか。このまま胸が張り裂けて死んでしまうのではないか。
たくさんの錯覚に襲われ、身体中が痛くてたまらない。
「……好き」
二人の背中が遠のいていく。俺は、二人が近くの角を曲がったのを確認して、へたり込んだ。
「好き、今更だけど、好きだよ。……ルドヴィックが、好き」
甘えん坊で、本気を出したらすごいのにどこか怠惰で。
『ノアムは、俺のこと本当に親友って思ってる?』
頭の中で繰り返される言葉。
ルドヴィックは、気づいていたんだろうか。――俺の本当の気持ちに。
「違うよ。俺、お前に恋してたわ」
『親友』なんて心地いい距離を保とうとしていた。
だけど、本当はお前の一番になりたかった。
お前の「愛してる」が欲しかった。
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