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第2章:人間世界 第3話
翌日、午前中に家事を終え、午後から神社へと出勤すると、嗚咽を漏らしながら突っ伏している悠真の姿があり、目を剥いた。
「どうしたんですか!?」
「うっ、うぅっ、アカウント凍結されちゃったんだよぉぉぉぉ……」
「あかうんと凍結??」
また聞き慣れない単語が出て来て首を傾げる。
泣き腫らした目をしている悠真を慰めながらよくよく聞いていけば、どうやら昨夜、SNSにセイルの画像を投稿したところ、AIだ嘘画像だと散々叩かれた末に運営への通報が相次ぎ、アカウントが使えなくなってしまったのだという。
「昨夜、あんなに慣れない加工とかも頑張って投稿したのに……。それに、昨夜の内にお守りの材料も発注して、生産始まっちゃってるっていうし、支払いどうしろってんだよぉぉぉ……」
セイルの巫女装束に縋り付きながらワンワンと大人げなく泣く悠真の頭や背中を撫でながらどうして良いか分からず途方に暮れる。
SNSも支払いもセイルには未知の世界だが、成人男性がこんなに大泣きするほど困っているのだ。とても厄介な問題なのだろう。セイルが何か悪いことをしたわけではないが、セイルの写真が引き金となってこんなに塞ぎ込んでいるというのなら、全くの無関係という訳にもいかない。
「元気を出してください。私も一緒に考えますから、打開策を探しましょう。大丈夫、きっと何とかなります。悠真さんなら、絶対にピンチを乗り越えられますから」
「うぅぅ、ほ、本当~?」
「ええ、勿論! 絶対大丈夫です! 悠真さんは事態を好転させる力をちゃんと秘めています。私が保障しますから、一緒に頑張りましょう」
悠真の手を両手で包み、大丈夫だからと微笑みかける。それまで泣き続けていた悠真の涙が止まったことで、セイルもやっと安堵した。
「……なんか、セイルちゃんにそう言われると、何でもできそうな気がしてきた……」
「そうですよ! 悠真さんなら、何だってできちゃいます! 自信を持ってください!」
「そうだよねぇ、僕、天才だしぃ?」
みるみるうちに自信を取り戻す悠真に対し、手を叩きながら応援する。それまでしょげ返っていたのが嘘のようにやる気を漲らせ始めた悠真が社務所のノートパソコンを開いたところで、お守りを頒布する授与所の窓を叩く音が聞こえてきた。
「はい、今行きますね」
窓を開くと、そこには制服姿の女子高校生が二人立っていた。背中まである長い黒髪のセーラー服の少女と、ばっちりとメイクを施したブレザー姿の少女だ。見た目は対照的な二人のようだが、鞄に付けているお揃いの熊のぬいぐるみを見て、仲の良い友人なのだろうと推測する。
「ま~~~~~!? ガチのエルフじゃん! ってか、え、これ、加工じゃないの!?」
「だから言ったでしょ? 絶対本物だって」
ギャルメイクの少女がセイルを指さし、目を剥いた。その指先も綺麗にネイルが塗られていて、細部まで気を抜かないおしゃれへのこだわりを感じる。
「えっと、私のこと、ご存知なんですか?」
「昨夜、SNSで見たんです。すぐにアカウント凍結されて見られなくなっちゃったけど、家の近所だったからすぐにスクショして梨々花に送って、絶対今日の放課後に神社行こうって約束したの」
黒髪の少女がスマホの画面をセイルへと見せる。そこには、ゴテゴテに加工されたセイルの写真が映し出されていた。
「こんな変な加工するより、実物の方がマジ綺麗じゃん。何でこんなことしてんの?」
「えっと、それ以上はちょっと……」
梨々花と呼ばれていたギャルメイクの少女に対し、口元に人差し指を立てて静かにするようジェスチャーを送る。チラリと後ろを振り返れば、少女たちとの会話が聞こえていたようで、悠真は開いたままのノートパソコンの前で盛大に首をうなだれていた。悠真を包む負のオーラがセイルたちの方にまで伝わってきそうだ。
「あの、お二人はSNSっていうのにお詳しいんですか?」
「まあ、普通に使いこなせるくらいには」
「今時インスタできないと、ギャルできないしー」
「じゃあ、私たちにその技術を教えていただけないでしょうか」
「「教える~?」」
「はい!」
どんぐり眼をしながら見事にハモった二人に対し、セイルは昨日悠真が息巻いていた「バズって神社復活大作戦」について詳細を話し出した。二人はウンウンと頷きながら聞いていたが、一通り話を聞き終えると、顔を見合わせる。突然こんなお願いごとをして迷惑だろうかとドキドキするが、チャンスは待っているだけではきっと訪れない。断られたら縁がなかっただけだ。また別の方法を探せば良い。
梨々花たちは顔を見合わせた後、ニンマリと口角を上げてセイルの方へと顔を戻した。
「何それ!? 超絶楽しそうじゃん!!」
「私たちで役立てることがあったら、お手伝いします。神社のお手伝いができるなんて徳を積めそう」
「ありがとうございます!!」
思いのほか乗り気になってくれた二人を社務所の中へと通し、応接ソファへと案内する。茶と菓子を出せば、喜んで食べてくれる姿を見て思わず笑みが浮かんだ。子供たちと接する機会というのは里では多くない。子供の数が少なく、仕事をしていると大人とばかり関わることがほとんどだった。
「まずはどんなことをすればバズることができるんでしょうか?」
「ん~、そもそもぉ、セイぽよは素材が良いんだから、マジ変な加工とかする必要ないっしょ」
「そうですね。ありのままを写して、それをあげるだけで十分だと私も思います」
「しかし、JKたちよ、それで本当にバズるのかね?」
悠真が瓶底眼鏡のブリッジをクイと持ち上げながら訝しそうな態度をとる。先程のダメ出しをまだ根に持っているようだ。隣に座っていたセイルは悠真の腿の上に手を置き、ポンポンと軽く窘めるように叩く。それだけで頬を赤く染めて大人しく麦茶を啜るのだから、段々と悠真の扱い方にも慣れてきた気がする。
「オッサンはマジ分かってないな~! こういう時こそJKの本領発揮ってやつっしょ~」
「お、オッサン!? 僕、まだ三十五……」
「つまり中年男性ですね」
背筋をピンと伸ばしながらぴしゃりと一言言い置いたセーラー服女子高生の結月に対し、梨々花が「マジそれな~」と手を叩きながらゲラゲラと笑う。
そして、女子高生たちに言い負かされた悠真はセイルの隣でどんよりと項垂れていた。目の前の女子高生たちは楽しそうに話しているというのに、悠真の周りだけ不幸オーラが漂っている。同じ部屋の中で同じ話題をしているのに、こうも差が出るものかとセイルは眺めていた。
正直、エルフのセイルからすれば十六歳も三十五歳もほとんど同じようなものだ。もちろん、短命な人間の寿命からすれば二倍の差は大きいだろうが。自分の年齢はそう易々と言えないなと内心で苦笑する。
「で、女子高生たちよ、策はあるのかね」
「策も何も、普通に投稿するだけじゃんよ」
「普通に投稿して僕は凍結されたんだが!?」
「あんな変なことしてっからっしょ~?」
呆れた顔をしながら梨々花が立ち上がった。セイルの手を引き、社務所を出る。結月と悠真も二人に倣い、境内へと揃って出てきた。
梨々花に言われるがままに拝殿を背景にして昨日と同様に写真を撮影される。何枚か単体で撮った後は、梨々花と並んで撮影した。
「うっわ~、分かってたけど、セイぽよ、顔ちっちゃ~! スタイル良~! しかも、全然盛ってなくてこの顔!? やば、無理! 並ぶのマジ無理~!!」
「お肌も綺麗ですし、加工とかもいりませんね。順光で十分映えてます」
梨々花のスマホ画面を眺めながら二人がワイワイ話しているが、やっぱりよく分からず、会話に入れなかった。
「じゃあ、次は動画も撮っとこ! セイぽよ、これ踊れる~?」
梨々花が見せてくれた動画では、可愛らしい少女が音楽に合わせてダンスをしていた。そんなに難しい振り付けではないし、時間も短いため、少し練習すれば無理なく踊れそうだ。
何度か見せてもらって梨々花たちから振り付けのコツを聞いた後、実際に踊ってみる。踊り自体は舞を練習していたから得意な部類だ。すぐに習得して喝采を浴びる。
せっかくなので少し自分なりにアレンジを提案して踊ってみせれば、更に喜んでもらえて上機嫌になる。
「セイぽよ、マジうまぁ~!! ヤバ、これ、バズり確定動画じゃん」
撮影した映像を見ながら三人が興奮しているのを見て嬉しくなる。自分の行動で誰かが喜ぶ姿を見るのは何かしてもらった時よりも幸せな気分を味わえる。
ここにいても良いのだと、存在を許される気持ちになれるから。
「じゃあ、後で人の多い時間帯にタグ付けて投稿しとくし」
「何卒何卒何卒何卒、どうぞよろしくお願いいたしまする~~~~~」
腰が九十度になろうかという角度で深々とお辞儀をした悠真の態度は社務所の中で話をしていた時から百八十度変わっていた。撮影の合間にSNSのコツなどを二人から教わったことで悠真の中で二人に対する見方が変わったようだ。
何よりも、梨々花たちのフォロワー数の多さに一番驚いていた。梨々花はいわゆる女子高生の中でもカリスマやインフルエンサーと呼ばれる類の存在らしい。フォロワー数は三万を超え、動画投稿用のSNSに至っては八万人近い。
梨々花ほどではないが、結月のフォロワー数も一万人近くおり、独特な考えや着眼点などから考察好きや歴史クラスタたちから支持を得ているのだという。
悠真が細々と神社のことなどを呟いていたアカウントは百人もおらず、投稿しても反応ゼロなんてことはザラだったらしい。ごくまれに一人でもいいねを押してくれた人がいれば、小躍りするほど喜んだというくらいには反応の薄いアカウントだった。
梨々花たちのアドバイスを受け、凍結されたアカウントは捨てて新しくアカウントを立ち上げた方が良いということになった。明日までに作ることを約束し、二人は上機嫌で神社を後にした。
「ふふっ、悠真さん、やりましたね! 悠真さんが行動したお陰で、二人も参拝客が増えましたよ」
「うんうん、まだ雨漏り解消っていう目標には程遠いけど、一歩ずつ、着実に、だよねぇ」
「はい! 明日もまた増やせるように、私たちに今できることを頑張りましょう!」
「そうだよねえ、そうだよねえ! じゃあ、僕もアカウント作ったり、今後に向けて境内の写真でも撮っておこうかな。せっかく興味持ってもらえても、そこから更新全然なかったらまた過疎っちゃうかもだし」
「じゃあ、私、境内の掃き掃除と社務所の中のお掃除しておきますね。せっかく来てくださる方がいても、今のままだとちょっとビックリする方もいらっしゃるかもしれませんから」
苦笑しながら倉庫の中へと箒を取りに行く。
神社で働くと決まった時からやりたかったことの一つが大掃除だった。今まであまり人が来ないからとサボり気味になっていたのか、それとも元々の人手不足かは分からないが、緑豊かな境内の至る所に蜘蛛の巣が張っていたり、社務所の中も埃っぽい場所が多かったりする。せっかく誰かに来てもらうなら、綺麗にしてから出迎えたい。
その日は大掃除に明け暮れて一日が終了することとなった。
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