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第2章:人間世界 第2話③

「やぁやぁやぁやぁ、いらっしゃーい、エルフちゃん!!」  到着とほぼ同時に大きく手を広げての歓待に少し驚く。ギュッと抱き締められて出迎えられ、兄を思い出して苦笑してしまう。 「ごめん、僕、昨日、名前を聞きそびれちゃってたよねぇ」 「いえ、こちらこそ名も名乗らずにすみません。セイル・ミリュエルです。これから、よろしくお願いいたします」 「オッケー、セイルちゃんね! 僕、日向悠真。この日向神社の跡取り息子。宮司は僕の親父で、細かいことは僕がやってるんだ。こちらこそよろしくね~」  昨夜同様、気の良い態度にほっこりする。鷹臣が威圧的な存在感を放つ分、悠真のこの緩い空気感はホッとする。 「えーっと、今日はそんなに時間もないし、神社のこととか、ちょっと説明してこっか。あと、巫女装束の着方とかも教えるから、覚えられる範囲で覚えて帰って~」 「はい、是非ともお願いします」  悠真に連れられ、社務所の奥の部屋で用意されていた巫女装束へと着替える。和服は着たことのない形をしていて一人できちんと着こなせるようになるまで少しかかりそうだが、覚えは悪くない方だと思っている。着付けの仕方を丁寧に教えてもらえば、鏡の中には立派な巫女の姿があった。 「似合ってますか?」 「むっっっっっっちゃくちゃかっわいい!!!!!! これはバズる! 僕の第六感がそう告げているぅぅぅ!!」  ハァハァと鼻息を荒げる悠真は少し怖いくらいだ。若干引き気味になりながら連れて行かされた場所で指定されるままにポーズをとった。境内で箒片手にはにかむ姿や拝殿で神楽鈴を持ちながら舞のポーズをとる写真など、バシャバシャと撮られていく。  一体何に使うのかと聞けば、この写真をSNSに投稿して神社を宣伝するのだそうだ。 「くっくっくっ、これでバズれば、参拝客が増えてお賽銭もアップ、お守りも爆売れで、このおんぼろ神社もあちこち直して、やっっっっとご先祖様に顔向けできるようになるぅぅぅ」  涙を流しながら手を合わせられて拝まれるが、悠真の言っていることはさっぱり理解できない。そもそも、昨日も言っていたが、バズるとは一体何なのだろうか。キョトンとしたまま悠真の話を聞いていたが、結局よく分からなかった。この世界にはエルフの里にないものが多すぎる。とりあえず一つ一つ覚えていくことにする。何でも全部理解しようとしてもパンクしてしまいそうだ。  取り急ぎ、確認をしておきたいことだけ聞くことにした。 「あの、ところで悠真さん、一つお聞きしたいことがあるんですが」 「何ぃ? な~んでも聞いて! あっ、でもぉ、スリーサイズはひ・み・つ! だよぉ?」  くねくねとしたポーズをするが、一体どういう意味なのか分からない。相変わらずキョトンとした顔をしていると、恥ずかしそうに悠真が居住まいを正した。 「あの、悠真さんのお知り合いの中に、結界を張れるような人っていらっしゃいますか?」 「結界? 何それ。どういうこと?」 「エルフの里を人間とかゴブリンみたいな外敵から守るための秘術なんですが、私、その力を持った人を探しているんです」 「秘術? ……って言ったって、そもそも、人間の中にそんな魔法みたいなもの使えるような人いないよ?」 「そう、ですか……」  がっくりと肩を落とす。そんな簡単に見つけられるとは思っていなかったが、即答されてしまうとやはり落ち込んでしまう。  目に見えて落胆するセイルを前にして、悠真が慌て出した。 「あー、でも、超能力者とか、すごいパワーを秘めてる人とかもこの世の中にはきっといるから、そんな諦めないで!」 「超能力者?」 「うん。スプーン曲げたり、透視したりするような人」  悠真の答えを聞いて更にガックリする。そんなつまらない能力の持ち主を探している訳ではない。魔法を使えるエルフですら作れない結界を編み出せる能力者を求めているのだ。もしかしたらこの世界にそんな力を持った人はいないのではと心配になってしまう。 「でもでも、世の中広いから! もしかしたら見つかるかもしれないし! それに、この神社ってすっごく古くからある神社だし、それこそ文献とかもたくさん残ってるんだ。セイルちゃんの求めてる秘技とかも、もしかしたら見つかるかもしれない。だって、神様のお導きでここに来たんでしょ? それなら、きっと何かの縁があってここに辿り着いたんだよ。だから、諦めたらダメだって」 「そう……です、よね……」  ガシリと手を握られて力説されると、段々そんな気がしてくる。セイルがここに来た経緯をかいつまんで簡単に説明しただけだが、こんな風に言ってもらえると励みになる。  確かに、術者探しはとても難しいことかもしれないが、絶対に無理だと決めつけるには早すぎる。まだ何もしていないのだから。 「それに、ここ、今はおんぼろだけど、実はすっごく霊験あらたかでパワースポットな神社なんだよ? こんな東京の一等地にあるのに、東京大空襲とか関東大震災でも全然被害がなかったっていう特別な場所なんだから」  言っている意味は理解できないが、とにかくすごいということを伝えていることだけは分かった。その熱意にほだされる。 「悠真さん、ありがとうございます。そうですよね、諦めちゃダメですよね。私も一生懸命探すので、悠真さん、お手伝いしていただけませんか?」 「もっちろん! セイルちゃんの頼みなら、喜んで引き受けるよ! それに、参拝客が増えれば、術者に繋がる人とか手がかりも見つかるかもしれない。だから、一緒にこの神社を盛り上げていこう! 目指すは雨漏りのない社への改装だ!」 「はい!!」  悠真と共にがっしりと固い握手を交わす。  ここで働くと決めたことは間違いではなかった気がする。一人ではいずれ万策尽きてしまう可能性もあるし、勝手の分からないこの世界で行動するにはリスクが高すぎる。  お互いに利害の一致した同士であれば気兼ねなく助け合うことができる。悠真の役にも立ちたいし、できるだけ早く本懐を遂げねばならない。結界の消滅までたったの十年しかない。のんびりしている訳にはいかないのだ。 「じゃあ、今日はここまでにしようか。明日から本格的にお願いしても良いかな? 僕もこれから来るべきバズりデーに備えて、いろいろとやらなきゃなんないこともあるし。もう結構いい時間だしね」  窓の外を見れば、確かにそろそろ夕景になりかけている。鷹臣が何時に帰って来るのか聞いてはいないが、帰宅時に誰もいない家へと戻るのは寂しいだろう。  巫女装束から着替えて悠真へと丁寧に礼を言う。明日から世話になることへの感謝を告げ、神社を後にした。

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