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第2章:人間世界 第2話②

 しばらく浴室で泣きはらした後、全身を念入りに清めてから風呂を後にした。  特に後孔の中の精液を自分で掻き出すみじめさは自尊心を打ち砕くのに十分だった。掻き出しても出て来る粘液。随分奥で大量に出されたことに落ち込む。  これを拒めば、不特定多数に更に酷く扱われるであろうことは分かっているが、だからと言ってこの行為をすぐに受け入れられるほど性に慣れてはいない。  湯舟に満ちるホカホカと湯気の立った湯の中で涙を零しながらも、この行為から逃れる術など思いつかなかった。  風呂から上がると、ダイニングキッチンには朝食兼昼食が用意されていた。軽く焼いて温めてくれたクロワッサンに色どりの良いサラダ、それにコーンスープという簡単な物だったが、どれも素朴で味が良い。慎吾の優しさに触れ、思わず食べながら泣いてしまった。 「えっ!? セイルさん!? そ、そんな泣く程まずかったっすか!?!?」 「ちが……おい、しくて……」 「これで!? ちょ、今までどんな生活してきたんすかー!!」  慌てる慎吾に泣きながら笑いかける。またしても頬を紅潮させる慎吾が話題を反らすように鷹臣の話をし始めた。  鷹臣はこの一帯を取り仕切る極道の組長をしているらしい。関東一円を牛耳る老舗任侠団体「東蓮会」の二次団体にあたり、腕っぷしの強さに加え、経済ヤクザとしても抜きん出ているそうだ。上納金の納めがすこぶる良く、他の二次団体とは一線を画しているという。当然ながら上からの覚えも良く、今や「九条会」と言えば極道だけでなく、半グレたちでさえ名前を聞くだけで逃げ出すような存在らしい。 「もう、全極道の憧れ! 漲るカリスマ性! 九条組長は俺たちの誇りッス!」  鼻息荒く力説するが、極道というものが何なのかあまりピンとこないセイルにとっては話を聞いても首を傾げるばかりだった。  とにかく、鷹臣はすごい! カッコいい! 憧れる! とまくしたてるように話す慎吾が陶酔していることだけは分かった。細かいことまでは理解できないが、強くてこの辺りの偉い人なのだろうなということまで覚えておけば十分だろう。  慎吾はセイルのことを鷹臣の恋人と勘違いしているようだったが、それを否定しようかどうしようか悩んだ末、黙っていることにした。恋人でないならば何かと聞かれても困る。ただの性欲処理要員だと自分から言うのが憚られた。  だったら、勘違いしている間だけでもそう思ってもらっていた方が良い。どうせすることは同じなのだから、だったら幸せな愛の形と見られる方がマシだった。  食事を終えると、家事のやり方を教えてもらう。そもそも、エルフの里には家電という概念がない。全てをボタン一つで済ませてくれる画期的な製品の数々に目を白黒させる。こんなに便利な物が揃っていれば、家事にかける時間なんてそう多くはない。もっと他のことに時間をさける。全ての家電の使い方に目を見開いて驚いていると、慎吾はそんなセイルがおかしかったのか、ケラケラと笑って終止上機嫌だった。 「いや~、何聞いてもこんなに全部驚くの、ある意味すっげーわ。今時、アフリカとかだってスマホ使ってんのに」 「すまほ? って何ですか?」 「これ。電話したり、どこでも何でも調べたりできるやつ」  慎吾がスマホを取り出し、画面をタップする。ウェブで料理のレシピを検索するが、セイルにはそこに表示されている文字が読めなかった。会話は問題なくできるのに、不思議で堪らない。  しかし、意思の疎通ができているだけまだマシだろう。これで会話すらできなかったらもう八方塞がりだ。 「多分、そのうち組長がスマホ買ってくれますよ。ないとお互いに不便だろうし」 「そういうものなんですかね……」  今まで持っていなかったから必要とは到底思えないが、与えられるというのなら持つにこしたことはない。この何でも検索できるツールはとても便利そうだ。文字は分からなくても、写真などで色々と理解はできる。その内、文字もきちんと勉強すれば使いこなせるようになれるだろう。そうすれば、術者を探すのに役立つかもしれない。 「じゃあ、家の中の物はこれで大体説明できたんで、そろそろ日向神社の方行きますかー」 「日向神社って?」 「あれ? 俺、そこにセイルさん連れてけって言われたんすけど、違いました?」  キョトンとした顔で見つめられる。そこで、昨夜の場所がその神社なのだと理解した。 「いえ、全然違いません! そこです! 行きましょう!」  ギュッと慎吾の手を握り締める。またしても顔中赤面する慎吾を不思議に思いながらも促されるままに慎吾の運転する車へと乗り込んだ。

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