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第3章:夏祭り 第4話②
新しい浴衣に身を包み、母屋の玄関へと歩いて行く。鷹臣の物と思われる大き目の黒い革靴を見つけて、リビングを覗き込んだ。そこには、悠々と煙草をくゆらせながらソファにどっしりと腰かける鷹臣の姿があった。まるで自宅のように遠慮がない。
「鷹臣さん! あ、あああああんな場所であんなことしてぇ! ダメって言ったじゃないですかぁ!」
肩を怒らせながらズカズカとリビングに入って行けば、セイルに気づいた鷹臣がチラリと視線だけを寄越して口角を上げる。
「嫌だやめろとか言いながらも善がってたのはどこのどいつだよ」
「あ、あれは、仕方ないじゃないですか! あんなことされたら……」
「本当に嫌なら普通はあんなに善がんねぇよ」
正面で仁王立ちするセイルの憤怒の形相などものともせず、鷹臣は相変わらず余裕に溢れた表情でフゥと口から白煙を漂わせている。
鷹臣以外から性的な行為を受けたことなどないため、感じるかどうかなんて分からない。
ただ、性感帯をあれだけ責められれば、誰にでも性的快感を感じてしまうものではないだろうか。
明後日の方向を見ながら眉間に皺を寄せつつ腕組みをしていると、鷹臣が手にしていた煙草を灰皿へと押し付け、立ち上がった。セイルの眉間の皺へと人差し指をグリグリと押し付けてくる。
「あ、あたたた、ちょ、鷹臣さん、やめて下さい~!」
「ブス面してっからだろ。おら、行くぞ。ガキんちょ共と盆踊りの約束してんだろ? そろそろ始まるぞ」
「ガキんちょって……失礼ですよ! お二人にはきちんと梨々花さんと、結月さんというお名前が……」
「あー、分かった、分かった。ほら、早く行かねーと盆踊り終わっちまうぞ?」
「ええええっ! そ、それは困ります! ほら、早く行きますよ!」
「分かった、行くからキャンキャン喚くな」
セイルに手を引かれ、玄関へと歩く鷹臣の足取りは重くはなかった。
玄関で靴を履く鷹臣を待ちながらハタと気付く。極道の組長を務める鷹臣がどうして神社の祭りに来ているのだろうかと不思議になった。
鷹臣が組長を務める九条会は二百人近い構成員を抱えている。準構成員を含めれば三百人にまで膨れ上がる。組織の中でも上位に食い込む規模を誇る。
それ故に鷹臣が多忙であることは共に暮らしているセイルはよく分かっている。いくらショートスリーパーとはいえ、休息時間は多くない。
そんな鷹臣がなぜこの祭りの見回りなどという仕事をしているのだろうか。どう考えたって下っ端の仕事だ。
「おい、何してんだよ。行かねぇのか?」
「あっ、い、行きます!」
いつの間にか靴を履き終え、玄関の扉の外に出ていた鷹臣が少しだけ苛立たし気な声を出している。再び胸ポケットから煙草を取り出し吸おうとしていたため、焦って鷹臣の手から煙草を奪い取った。
「人混みに行くっていうのに、煙草吸う人がありますか!」
「ちっ、テメェがモタモタ遅ぇから手持無沙汰になんだろうが」
「それに関してはすいません。ちょっと考え事してまして……」
「そんなちっぽけな脳みそで考えたって、どうせ大したこと考えつかねーだろうが」
「そ、そんなことないですよ! もう怒りました! これはもう家に帰るまで没収します!!」
煙草を巾着の中にしまい込む。鷹臣が取り戻そうとしてきたが、巾着を胸にギュッと抱いて防御した。
「……二人して何遊んでんの?」
ギャアギャアと攻防戦を繰り返していると、呆れた声を上げる悠真が玄関へとやって来ていた。
「悠真さん、鷹臣さんが境内で煙草吸おうとしてるんです~」
「おいおい、鷹臣、さすがに今日くらいは控えてくれよ。セイルちゃん、ちゃんと鷹臣のお目付け役よろしくね。ほらほら、僕もまた出るし、母屋の鍵締めちゃうから二人共出て出て」
悠真に背中を押されるように母屋から追い出される。玄関に鍵をかけた悠真は忙しそうに屋台の方へと駆けて行ってしまった。
鷹臣と二人で取り残されたことに気づき、ハッとして再び巾着を抱え込む。そんなセイルを見ながら鷹臣は盛大に溜め息を吐いた。
「わぁったよ。ほら、とっとと行くぞ。ニコチン不足で俺がイライラする前にな」
「……はい!」
歩き始めた鷹臣の後を着いて行く。夜風に乗って、太鼓の音と規則的な民謡のリズムが聞こえ始めていた。
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