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第3章:夏祭り 第5話

 櫓の置かれている駐車場までは屋台の並んだ通りを歩かなければならない。先ほど鷹臣と共に回った時よりも人は増え、賑やかさが増していた。かき氷の列も購入した時よりも長くなっているし、他の屋台も繁盛しているようだ。  人混みを鷹臣はスタスタと進んで行く。はぐれてしまいそうな気がして、咄嗟に手を繋いだ。 「何だよ」 「えっと、速いです。もうちょっと屋台を見ながら行きましょうよ」 「そんなに珍しいモンあるか?」 「私にとっては全部が珍しい物です!」 「はいはい、分かったよ」  力説すれば、鷹臣はゆっくりと歩いてくれるようになった。やっと落ち着いて見られるようになり、ワクワクしながら売り物を覗いていく。  食べ物以外にも射的やヨーヨー釣りなど、祭りではお馴染みの光景でも、セイルが普段過ごしている生活の中では見たことのない遊戯が軒を連ねている。主に子供たちが挑戦しているが、どの子も皆楽しそうだ。セイルがよく目にする子供たちはスマホやゲーム機などに興じている姿をよく見るが、こうして体を動かす遊戯に夢中になっている光景を見ると嬉しくなる。  セイル自身も幼い頃はノアリスやミアナと共に山を駆けずり回ったり川で魚釣りをしたりともっぱら外で遊ぶことが多かった。忌み子として心無い視線や言葉を投げかけられるのが嫌で里の居住地域の外で遊んでいたというのもあるが。  もちろん、この国のように文明が発展していないため、スマホやタブレットなどのような機器がなかったというのもある。  お面や綿菓子の屋台の前を通り、次の屋台でピタリとセイルの足が止まる。そこには赤や黒の小さい魚たちがビニールプールの中で泳いでいた。 「今度は何が珍しいんだ」 「これ、何ていう魚ですか?」 「金魚だろ。黒くて目が出っ張ってるやつの方は出目金だ」 「へ~! すごい綺麗なお魚ですね~」  思わず見惚れてしゃがみ込んだ。真っ赤な小魚は悠々とプールの中を泳いでいる。こんなに綺麗な赤色の魚を見たことがない。  山に流れる川の魚は皆、銀色をしていた。魚といえばその色が当たり前だった。そのため、いつまで見ていても飽きが来る気配もない魚にうっとりする。 「なんだ、今度は金魚すくいしたいのか?」 「金魚すくい? でも、このお魚、釣ってもあんまり食べる所なさそうですよ?」 「何でもかんでも屋台の売り物全部食べ物だと思うんじゃねぇ。こりゃ観賞用だ。食わねぇで飼うんだよ」 「飼う? 食べないのに? 何のためにですか?」 「愛玩用だろ。見て楽しむんだよ」 「へぇ~!」  魚を飼うという発想がそもそもセイルの中になかったため、大きく目を見開いて驚いた。そんなやり取りをしていると、屋台の店主がプッと吹き出した。 「お姉ちゃん、おっもしれぇなぁ。どっか遠くから来たのか?」 「えーっと、まあ……遠く、……ですね」  神社に来る人も商店街の人もセイルのことを知っている人が多かったため、久しぶりに自分のことを知らない人に出会った。何だか少し新鮮な気がする。 「じゃあ、一緒の男前のあんちゃんが挑戦するなら、美人の姉ちゃんの分は一回タダにしてやるよ。どうだい?」  ポイを手にしながらニンマリ笑む中年男性の提案を聞きながらチラリと隣にしゃがみ込む鷹臣を見る。鷹臣は呆れたような顔をしながら財布を開き、五百円玉を取り出した。男性に渡すと、「まいどあり!」と言いながらポイをセイルへと渡してくれる。  ポイの持ち手を摘まみながら顔の前でクルクルと回してみた。薄い膜のようだ。ツンツンと紙の表面をつついていると、ズボリと指が貫通してしまった。 「わぁっ!」  思わず引き抜くも、ポイの真ん中には小さな穴が空いてしまっている。 「……………………金魚すくいって…………難しいんですね…………………」  この世の終わりのような顔をしながら穴の空いたポイを見つめていると、隣にいた鷹臣が盛大に吹き出した。 「まだやってもねーだろが」 「お姉ちゃん、金魚すくいってのは、このポイを水ん中に入れて金魚掬うんだよ」  クックッと声を押し殺しながら笑う店主が水の中にポイを入れる。手前にいた金魚の腹の下へと入れると、器用に掬い上げた。左手に持っていた器の中へ入れると、ニカリと歯を見せて笑う。 「こうやんだよ。簡単だろ?」  コクコクと何度も頷いた。店主は器の中に入っていた金魚をプールの中へ戻すと、その器をセイルへと手渡した。掬われた金魚は他の金魚たちと混ざり、あっという間に区別がつかなくなってしまった。  期待の眼差しを鷹臣へと寄せる。セイル自身はお金という物を持ち歩いていない。悠真から手渡されるバイト代は居候費として全額を鷹臣に渡している。  元々、欲しいと思った物があまりないため、自分のために使うという欲求がない。生活するのに必要な物は鷹臣が用意してくれているし、着飾ることに興味がない。服など着られれば十分だ。  娯楽もテレビやタブレットがあるため必要と思ったことがない。里では空いた時間で薬草作りなどをしていたため、余暇の時間というもの自体があまりなかった。この世界のように電化製品などのような便利な物もない。水が必要となれば井戸まで汲みに行かねばならなかったし、洗濯も掃除も全てが手仕事だ。生活の中において、なすべきことが多い。夜の団らんの時間が関の山だ。  やってみたいという思いを眼差しに乗せて鷹臣を見つめていると、手にしていたポイを渡してくれた。 「ありがとうございます!!」  歓喜に満ちた瞳でポイを翳した。薄い紙の膜は屋台の提灯の明かりを透かしている。  早速水の中へと入れて先ほどの店主のように金魚の下へと持って行く。ポイの真ん中に金魚が来たのを見計らって持ち上げた。 「………………あれ?」  見事なまでに大きな穴の空いたポイを目の前にして首を傾げる。  よくよく考えてみれば、指でつついたくらいで穴の空いてしまうような繊細な代物なのだ。水の中に入れれば、薄い紙なのだから破れてしまわない方がおかしい。  しかし、先程、店主は易々と金魚を掬い上げてみせた。それを直接目の前で見せられている分、できないとは言い切れない。何か仕掛けでもあるのだろうかと訝しみながら破れたポイをクルクルと目の前で回してみるが、皆目見当がつかなかった。 「お前なぁ、そんなん、馬鹿の一つ覚えみたいにやる奴がいるかよ」  呆れた声を出す鷹臣が店主へと千円札を渡し、店主からポイを二つ受け取る。一つをセイルに手渡すと、手にしていたポイを水の中へとくぐらせた。泳いできた黒い出目金が鷹臣のポイの端まで近づくと、器用に掬い上げる。 「おおおおおお!!」  器の中へと入れられた出目金を見ながら尊敬の眼差しを寄せる。 「こんなん、紙の所で掬おうとするから破れんだろ。こういうのは、縁を使って滑らせれば獲れるもんなんだよ」 「な、なるほどぉ~」  パチパチと瞬きしながら鷹臣の説明に相槌を打った。その他にも、水に入れる時の角度が重要という話を聞き、そのアドバイスを基にポイを水の中へと沈めてみる。しかし、またしても紙が破れてしまう。  無言のまま人差し指を立てて「もう一回」とおねだりすれば、呆れ顔のまま鷹臣がもう一度財布から紙幣を取り出した。  そんなやり取りを四回ほど繰り返し、やっとのことで小さな金魚を一匹捕まえることができた。 「やったぁ!」  器の中で泳ぐ小魚を見ながら歓喜に打ち震える。正直、川での魚釣りよりも難しかった。その分だけ喜びもひとしおだ。  鷹臣が獲った出目金と一緒に透明な袋の中へと入れてもらう。赤い金魚は袋の中でも活発に動き続けているが、黒い出目金の方は静かに漂っていた。対照的な二匹を見ているだけでも面白い。 「満足したか?」 「はい! とっても!」 「それは良かったが、あんまり遅くなると盆踊り終わっちまうぞ?」 「あっ! そうでした!」  ハッとして立ち上がる。当初の目的をすっかり忘れてしまっていた。急いで櫓の元へと向かえば、梨々花と結月がテントの近くに立っていた。 「もー、セイぽよ、お・そ・いぃ~!」 「迷子になっちゃったかと心配しましたよ」 「すみません、お祭り初めてで、いろいろ見てたらこんな時間になっちゃって」  軽く頬を膨らませる梨々花と、安堵の表情を見せる結月を前にして頭を下げる。梨々花から腕を出すように言われて右腕を差し出せば、青色に光るブレスレットを付けられた。 「これは?」 「えっへへ~、おそろだよ~! 綺麗っしょ!」  梨々花と結月も手首を見せてくる。梨々花の手首には桃色の、結月には黄色のブレスレットが付けられていた。  夜でも煌々と光るブレスレットを眺めながら喜びを嚙みしめていた。電気という概念がないエルフの里では、こんな風に夜でも光る物はない。高層階の鷹臣の部屋から見下ろす夜景もキラキラと煌いて綺麗だが、手の届く距離に美しく輝く物があるのはウットリとする。  それに、大好きな二人と揃いというのも嬉しい。 「ねぇ、おじさん、おソロの写真撮って~。アップと全身、二パターンね~」  梨々花が鷹臣にスマホを差し出す。ラインストーンでデコレーションされた派手なケースだ。オシャレな梨々花に似合いの装飾が施されている。 「ちょ、梨々花さん、ダメですよ」  慌てて止めようとしたが、鷹臣は梨々花を見下ろしたまま微動だにしない。細めた瞳でジッと梨々花を見ていた鷹臣だったが、一つ溜め息を吐き出すと梨々花の手からスマホを受け取った。 「随分と物怖じしねぇ嬢ちゃんだな」 「ちょっと顔が怖いくらいのおっさんにヒヨってたら、ギャルなんてできないし。世界はギャルのために回ってるから!」  得意げに笑顔を作る梨々花にハラハラしっぱなしだった。しかし、セイルの心配なんてどこ吹く風とばかりに梨々花と結月はセイルを真ん中にして腕を組んでくる。光るブレスレットを顔の近くにくるよう指示されながら何枚か写真を撮った。 「おじさん、ありがと~!」  鷹臣からスマホを受け取り、梨々花と結月は満足そうにスマホの画面を二人で覗き込みながら話している。セイルは鷹臣の方へと向かい、心配を隠しもせずに小さく頭を下げた。 「すみません、えっと、怒ったりしないでくださいね」 「あぁ? 何で俺があんなことくれぇで怒んだよ」 「……だって、おじさんって言ったり、撮影係させたりしちゃったから……」 「ガキにその程度で怒るほど俺は短気じゃねえよ。お前の中で俺は一体どんな評価なんだよ」 「あ、痛い、痛いです。やめてください~」  両耳を摘まんで左右に引っ張られる。エルフの弱点とも言える場所へのお仕置きに涙目になる。 「あー! ちょっと、おじさん! セイぽよに何してんの!?」 「可哀想じゃないですか。やめてください」  スマホの画面を見ていた梨々花と結月がセイルの耳を引っ張る鷹臣の袖をグイグイと引っ張った。耳を手放されホッとするも、まだじんじんと痛む。  鷹臣との間に割って入り、セイルに抱きつきながら威嚇している二人の頭を撫でる。 「今のはちょっとじゃれてただけですよ。お二人が怒るようなことはありません」 「本当に~?」  ジト目で見上げてくる四つの瞳。コクリと鷹揚に頷けば、二人は半信半疑といった表情を浮かべながらもセイルから離れた。 「随分と懐かれたもんだ」 「初めてできたお友達ですから。お二人にはいろんなことを教えていただいたり、私の方が良くしていただくばかりです」 「はいはい、分かった分かった。ほら、とっとと行って来い。オトモダチと仲良く遊ぶ時間が減るぞ」  セイルの手から巾着と金魚の入ったビニール袋を受け取り、シッシッと手で追い払うようなジェスチャーをされる。櫓へと背を向けてしまった鷹臣に一抹の不安を覚える。 「あの、帰られるんですか?」 「ちげーよ。お前置いて帰ったら、またそこのチビ二匹にギャーギャー言われんだろが。ビール買ってくるだけだ。煙草吸ったら今度はテメェから文句言われるからな」  ホッとしながら鷹臣の背を見送る。 「ほら、セイぽよ、早く踊り行こう!」 「盆踊りしたことありますか? なければお教えしますので、私たちの後ろにいてくださいね」  梨々花と結月に手を引かれ、櫓の方へと連れて行かれる。チラチラと鷹臣の去って行った方向を振り返る。既に長身の後ろ姿は人混みに紛れて見えなくなってしまっていた。  少しばかり寂しさを感じる。ずっと鷹臣と一緒にいたからだろうか。大好きな二人と共にいるというのに。  胸がツキツキと軽く痛む。小さく首を傾げた。  理由が分からない。  しかし、喪失感のようなものを抱いてしまう。  結月たちから言われるままに櫓の周りを囲む円の中へと入った。見様見真似で音に合わせて腕や足を動かす。そんなに難しいものではないし、一定の動作の繰り返しであったため、すぐに覚えることができた。  櫓の周りを一周もすれば余裕が出てくる。踊りに混じり始めた場所まで戻ってくると、梨々花たちのいたテントの隅にちゃっかりと椅子に座ってビールを飲んでいる鷹臣を発見する。その姿にホッとした。  別に鷹臣がいなくとも、慎吾がいればマンションに戻ること自体は全く問題がない。でも、鷹臣がいることで安堵する自分がいる。  なぜだろうと思いながらも、その疑問を頭の片隅に追いやった。  どうせ考えたって正解に辿り着ける気がしない。それなら、今はこの時間を楽しむ方が良い気がしたから。  盆踊りが終わる時間まで堪能し、梨々花たちと別れて鷹臣の元へと合流する。盆踊りが終われば、もう祭りはほとんどお開きのようで、ぽつぽつと店じまいをする屋台が出始めた。後は組員たちに任せて帰路につく鷹臣へとついて行く。  そんな二人の姿を物陰から見つめる人物がいることなど気づきもしなかった。

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