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第5章:満月の別れ 第2話①
しばし鷹臣の胸の中で号泣していたが、泣き疲れて瞼が赤くなった頃合いを見計らったかのように悠真が部屋へと粥を作って持ってきてくれた。ゆっくりと咀嚼しながら口へと運ぶ様を三人に見られるのは何とも気恥ずかしい。
「あの……そんな見られると、さすがに食べづらいんですが……」
「うるせえ。テメェは黙ってさっさと食え」
「みんな、やっとセイルちゃんが起きてくれたから嬉しくて傍離れたくないんだよ。たくさん心配かけた分、それくらいは許されたいな」
そんな風に言われてしまっては何も言えなくなってしまう。ホカホカと湯気の立つ粥は匙に乗せてから息で冷まさないと火傷してしまいそうだし、早くなんて食べられない。三人の視線を一身に浴びながら食事をするという何とも落ち着かない一時を過ごす羽目になった。
作ってくれた粥を食べきり、温かい茶を飲んでいたが、どうにも気になることがあったため、チラチラと鷹臣を盗み見ていた。
「何だよ」
「いえ、あの……何で鷹臣さん、私の居場所が分かったんですか?」
「あれ? 鷹臣、もしかして何も言わずにセイルちゃんにブレスレットさせてたの?」
鷹臣は何も言わずに茶を啜っている。悠真の口から出て来た〝ブレスレット〟という単語に、セイルは自分の左手首を持ち上げた。シャラリと細いチェーンが音を鳴らす。
鷹臣が口を開く気配がなかったため、呆れ顔をしながら悠真が教えてくれた。セイルが身に着けているブレスレットはGPSが内臓されたものだったらしい。アクセントとなっている空色の石の中に埋め込まれていたお陰で居場所がすぐに分かったそうだ。しげしげと眺めてみるも、そんな物が入っているとは全く分からない。感心しながら見つめていた。
「鷹臣さんは私がこうなること、分かっていたんですか?」
「んなはずねぇだろ。分かってたらもっとちゃんと防いでた」
「あはは、好きもここまでこじらせると気持ち悪いよねぇ~! ……って、いったぁ!! 何すんだよ、鷹臣ぃ!!」
ゴチンと鷹臣が握り拳を悠真の頭に落とす。悠真は拳骨をくらった場所を撫でさすりながら文句を言い連ねていたが、鷹臣は全くと言って良いほど聞く耳など持っていないようだ。
しばらく四人で歓談していたが、一番先に退室を申し出たのは意外にもノアリスだった。
「ノア、どこか行くの?」
「結界に関して何か少しでも手がかりがこの世界にないか探してくる。セイルも目覚めたことだしな」
立ち上がったノアリスを見つめていたが、ノアリスは穏やかに笑むばかりだった。
「どこかめぼしい場所でもあるの?」
「いや、残念ながら俺にもまだ心当たりはない。だが、もしかしたら里と繋がっていたあの池に何かあるかもしれないからな。まずはこの付近を調べることから始めてみようと思う」
境内の調査はセイルも巫女のバイトの合間を縫って何度も調べ尽くした。しかし、結界に繋がるようなものは全く見当たらなかった。そのことを言おうかどうか迷ったが、口を噤むことにする。もしかしたら、セイルが見落としているだけで、ノアリスならば何か見つけられるかもしれない。ノアリスは観察眼も勘もセイルとは比べ物にならないくらい鋭いのだから。
「何なに? 何か調べ物?」
「ああ。里の結界に関して何かヒントになることがあればと思ってな。早く手立てを見つけて戻らなければ、妻に心配をかけてしまう」
ノアリスは困ったように眉尻を下げていたが、その話を聞いて、悠真が「う~ん」と腕を組みながら難しい顔をする。
「セイルちゃんが言ってたあの話か~。僕もずーっと探してるけど、なかなかこれだ! ってのが見つからないんだよね~。……もう一度詳しく教えてもらいたいんだけど、セイルちゃんはまだ病み上がりだから、ノアリスさん、教えてもらっても良いかな?」
「ああ、勿論だ」
立ち上がったノアリスが再び腰を下ろす。そして、事細かく里の結界に関して話し始めた。悠真は里の者ではないし、知られたところで里に混乱を招くようなことはない。むしろ、この世界での味方は多い方が良い。
セイルの拙い説明よりもノアリスは丁寧に里の抱えている問題を悠真たちに話してくれた。相変わらず的確で分かりやすい。同じ環境で育ってきたはずなのに、どうしてこうも差が出るのか不思議で堪らない。
話が進んでいく内に、段々と悠真の表情が変わってきた。腕を組み、時折「う~ん……」「あれぇ?」などと呟いては首を傾げている。
一通りノアリスが事の顛末を話し終えると、悠真が突然立ち上がり、部屋を飛び出した。ドタドタと大きな音をさせながら廊下を走って行く。唖然としながら走り去る背中を眺めていたが、すぐにまた大きな足音が響いて来る。
戻って来た悠真の手には二冊の分厚い古書が握られていた。
「いや、分かんないよ? 分かんないんだけどね……?」
パラパラとページを捲って行く悠真の手は震えている。本の真ん中付近までページを繰ると、そこに書き記されていた文字を見てノアリスが「あっ!」と大きな声を出した。
「石碑と……同じ文字だ……」
「え!? これ?」
セイルにとっては正直他の文字も全てが同じに見える。文献に書かれていた文字は古く、少しは日本語を学んだセイルでもあまりに達筆すぎてどの文字も全く同じに見えていた。
「ノアリスの話を聞いて、この本のことが思い当たったんだよ! セイルちゃんの話とちょっと違ってたから別のことかと思ってたんだけど……」
今度は悠真が興奮しながら話し始める。
この神社には昔、『地鎮の法』と呼ばれる術が施されたのだという。その法のお陰でもって、この場所は『聖域』として崇め奉られてきた。
しかし、月日の経過と共に信心深い人が減り、無宗教の民が増えたことによって、徐々に神社の衰退へと向かって行ったのだという。
「う~ん、この文献も結構曖昧なこと書いてるし、僕も正直、ちょぉっとだけ半信半疑なとこあったけど、色々繋がってきたな。実際に東京大空襲も関東大震災も乗り越えてるし、もしかしたら、こっちのアレが、その結界ってやつのことになるのかな?」
広げていた本はそのままに、もう一冊の本を悠真が開く。やっぱり何が書かれているのかセイルにはちんぷんかんぷんだったが、悠真が説明するにはこの本に結界となる石碑の作り方などが記されているそうだ。
「その術というのは、悠真でもできるものなのか?」
「う~ん、この本に書いてある方法をするっていうだけなら多分、僕でもできる……と思うんだけどねぇ……」
パラパラとページを捲りながら悠真がコクリと小さく頷いた。その様子を見て、ノアリスの顔が一気に明るくなる。
「良かったな、セイル! 里へ帰れるぞ!」
感極まったようにノアリスがセイルを抱き締めた。
ぽかんと呆けたように口を開きながらセイルは未だにこの展開が現実のことであるとなかなか受け入れられずにいた。
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