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エピローグ
今日も神社の掃き掃除に精を出す。木々は紅葉を迎え、落ち葉の数が多くなってきた。ヒュルリと時折吹く風は木枯らしとなり、肌身に染みるようになった。
ついこないだまで猛烈な暑さに喘いでいたというのに、この国の季節の移り変わりは目まぐるしい。
願わくば、もう少し秋と呼ばれる季節が長ければ調度良いのに。体に堪える程の過酷な暑さの後、少しばかりの快適な季節があったかと安堵していれば、すぐに骨身に染みる寒さがやって来る。この辺りはエルフの里とは大きく違う。
「せいぽよ~、おっつー!」
「梨々花さん、結月さん、こんにちは」
鳥居の方を見れば、制服姿の女子高校生二人がブンブンと手を振りながら階段を昇ってくる姿が見えた。お揃いで買ったのだろうか、二人共に身に着けている真っ赤なマフラーが愛らしい。
「セイルさん、よろしかったらこれ、皆さんで食べて下さい」
「何ですか? ……わぁっ、サツマイモですか。それも、こんなにたくさん!」
結月は手にしていた大き目の白いレジ袋をセイルへと手渡した。中には太いものから細長いものまで様々なサイズのサツマイモがぎっしりと詰まっている。お世辞にも形が良いとは言えないが、それでもこれだけあれば様々な料理に使えそうだ。
「先日、ボランティアで農家さんの芋掘り収穫を梨々花とお手伝いに行ってきたんです。そしたら、食べきれないくらいの量のお芋をいただいてしまって。だから、セイルさんにもおすそ分けです」
「せいぽよにあげたら、絶対に超絶絶品イモスイーツ作ってくれるっしょ?」
ニィと悪戯っぽく笑う梨々花を結月が肘で小突く。そんな二人の様子を見ながら笑ってしまう。
「そうですね、これだけあれば、おいもご飯にてんぷらと……それに、スイートポテトとかでしょうか。あっ、大学イモなんかも良さそうですね。お味噌汁に入れても美味しいかも」
「うっわ~、どれも絶対美味しいに決まってる~!」
想像したのか、梨々花が頬を染めながら緩んだ顔で笑う。上がった口角の端からは今にも唾液が滴りそうだ。
「作ったら、お二人とも試食してくださいますか?」
「あったり前じゃ~ん!」
「是非ともご相伴に預からせて下さい!」
二人が前のめりにセイルへと詰め寄る。期待からキラキラと瞳を輝かせる様は本当に可愛らしい。
「セイルちゃ~ん、そろそろ上がり……あれ? 二人とも来てたんだ~」
「悠真さん、お二人からお芋たくさんいただいちゃいました」
「芋~? どれどれ……おお、本当だ! せっかくだし、今度の日曜日、焼き芋でもする? 落ち葉も大量にあることだしさ」
「「賛成~!!」」
キャッキャッと二人は手を叩き合って歓声を上げている。
いつも通りの日常にセイルも思わず口角を上げてほほ笑んでいた。
悠真はひと月もせずに里から戻って来た。
その時、改めてもう一度里へと帰るか問われたが、もうその時には心を決めていた。フルフルと首を横へと振れば、悠真は「そっか」とだけ一言呟き、セイルの意思を尊重してくれた。
里に残してきた家族たちも、セイルの望むようにすれば良いと言ってくれていたらしい。エルフの長い生からすれば、もしかしたら今後誰もいなくなった時には戻りたいと思う日も来るかもしれないが、少なくとも、それは今ではない。
今は、ここにいたいから。
「おい、まだ用意してねぇのか?」
関係者駐車場の方から見慣れたスーツ姿が歩いてきた。胸元から煙草を取り出し、火を点ける。それを見た悠真が憤慨しながら男へと詰め寄っていたが、その当事者と言えば、時折眉を顰める程度で悠真の小言など意に介した様子もない。
「すみません、もうそんな時間だったんですね。すぐに用意します」
「えー、せいぽよ、どっか行っちゃうの~?」
「今日はこの後デートなんです」
フフッと笑いながら言えば、相変わらず二人からは「趣味が悪い」とブーイングを受ける。その様子を見ていた鷹臣が少しばかり機嫌を損ねている様子を見て、これは少しばかり急がねばと箒を片付けに向かう。
母屋で着替えて戻れば、四人は未だ境内でワイワイと話していた。梨々花たちは散々鷹臣たちのことを「おじさん」などとからかっているが、当の鷹臣は子供の言うことだからと聞き流している。以前、二人の非礼を詫びれば、「お前の大切な奴なんだから、別に腹を立てる程のことじゃない」と言ってくれたことに少し感動してしまった。
セイルやその周りに関して、鷹臣は以前よりも一層気を遣ってくれていると思う。もしかしたら、里にいた人たちよりも鷹臣を選んだことへの贖いなのかもしれない。
そうだとしたら、そんなことしなくても良いのに。全ては自分の選択。後悔も何もない。
むしろ、あの時、戻って二度と逢えなくなることの方がずっと心残りとなってしまっていただろう。
「お待たせいたしました。皆さん、随分と盛り上がっていたようですが、何のお話されていらっしゃったんですか?」
「せいぽよ、聞いてよ~! またライブのチケット戦争に負けたのぉぉぉ!」
梨々花がその場で地団太を踏んで嘆いている。セイル自身はコンサートやライブの類には行ったことないが、以前、梨々花から推しのライブ映像をスマホで見せてもらったため、何のことを言っているかは分かる。梨々花が最近推している韓流アイドルグループ「VANTAGE 」が来日すると話していたから、そのことだろう。彼らは世界的にも人気が高く、チケットは相当倍率が高いらしい。
「ボランティアもして徳も積んだし、いけると思ったのにぃ~!」
「そういう邪な考えでやってたから当たらなかったんじゃない?」
「結月、きっつぅ~!」
間髪入れずにツッコミを入れた結月の一言に梨々花は傷ついたとばかりに心臓を押さえて結月をねめつける。
「あ~あ、もー、マジ良いことな~い! 今、超絶不幸オブ不幸だよぉ!」
梨々花がセイルの服の裾を掴んで引っ張ってくる。慰められたいのだろうと察し、頭を撫でた。ツヤツヤとしていて毛艶も良く、髪を染めていてもきちんと手入れが行き届いている。
「大丈夫ですよ、神様はきっと梨々花さんのことを見ていてくれます。信じる者は救われる、ですよ」
「え~、今すぐ救われたい~! ライブ行ぎだがっだぁ~!!」
わーんと泣き始めてしまい、今度は焦る。胸を貸して、ポンポンと背中を叩いてあやしていく。
よくよく考えればまだ十六歳。エルフで言えば赤子のような歳だ。人間の成長が早くて時々忘れそうになるが。
「〝何もない〟っていうのも、実は結構幸せなものなんですよ? 穏やかに暮らせるってことですから」
「え~、やだぁ~! 欲しい物は欲しいし、行きたい所は行きたい~!」
駄々をこねる梨々花に他の三人は既に呆れ顔だ。きっと、セイルが着替えている最中もずっとこの話を続けていたのだろう。鷹臣に至っては、大分機嫌がよろしくないようにも見える。
胸元であやしていた梨々花をやんわりと引き剥がし、目線を合わせるように少し屈んだ。
「梨々花さん、今、梨々花さんにとって、大切な方っていらっしゃいますか?」
「そりゃ、いるよぉ。えーっとぉ、家族とぉ、友達とぉ、推しとぉ……」
指を折って数えながら挙げていく姿を見ながらウンウンと頷いた。少し落ち着いてきてくれたようで安心する。
「大切な人たちがたくさんいるって素敵ですね。それって梨々花さんがその人たちのことを大切に思えるくらい大事にしているってことですから。梨々花さんがとても心優しい証拠だと思います。しかも、家族や友達ならきっと会いたい時にはすぐ会えるでしょうし、そばにいてくれる。それは、とっても素晴らしいことなんですよ? 大切な方たちが健やかに暮らしているところを近くで見られるってことなんですから」
ポンポンと頭を撫でれば、梨々花は少し難しそうな顔をして首を傾げている。あまりピンとこないだろうかと苦笑した。
「それに、彼氏さんとは上手くいってるんですよね。大好きな人がすぐそばにいてくれるってすごく嬉しいことだと思いますし、自分の全てを捧げても良いくらい大切な人ができるっていうのも、私はとっても素敵なことだと思います」
実感を込めて語りかければ、梨々花は少し不貞腐れながらも小さく頷いていた。キュッと梨々花を抱き締める。
「だから、あんまりそんなこと言わないでください。私は大切な梨々花さんが泣いていると悲しくなりますし、どうして良いか分からなくなってしまいます。今日このままお別れしたらずっと気になりますし、また明日以降も元気なお姿で拝見したいので、笑っていただけませんか?」
コツンと額同士をくっつける。離した時には顔を赤らめた梨々花が少し気恥ずかしそうにはにかんでいた。
「いや~、すっかりセイルちゃんって猛獣使いって感じだよねぇ。今やうちの神社になくてはならない人だよ」
「やっぱり推せますね。一生推しです。セイルさんしか勝ちません」
梨々花とのやり取りを見ていた悠真と結月が腕組みしながら納得したようにウンウンと頷いている。何を言っているのか分からずキョトンとしていると、鷹臣がグイッとセイルの腕を引っ張った。
「もういい加減いいだろ。連れてくぞ」
鷹臣の声は低く、苛立ちが募っているように感じる。あまりにも待たせすぎてしまったか。
「それでは、お先に失礼します」
鷹臣に引きずられるように腕を引かれながらも三人に頭を下げる。三人は「またね~」と言いながら手を振ってくれた。
関係者用の駐車場に停められた黒いベンツまで連れて来られると、助手席に乗せられた瞬間濃厚なキスをされる。
「んっ……」
入り込んでくる舌に翻弄されながらも、流れに身を任せた。
しばらくの間キスを堪能していると、やっと満足したのか鷹臣の唇が離れていく。
「ったく、無駄に愛想ばっか振り撒いてんじゃねぇよ」
「無駄なんかじゃないですって。大切な方たちには、いつも笑顔でいていただきたいですから。……もちろん、鷹臣さんが一番、ですけどね」
チュッと軽いキスを頬にすれば、ピキピキと鷹臣の額に脈が浮く。
「てめぇ、今晩、寝れると思うなよ?」
「わぁ、夜更かしですか? それじゃあ、こないだ配信開始された映画見ましょうよ。動物が主役のアニメのやつ」
「ばぁか。抱き潰すに決まってんだろうが」
再び訪れた唇。噛みつくような荒々しいキスさえも鷹臣だから全て受け入れられる。
覆い被さってくる鷹臣の背後、フロントガラスの先には、まあるいお月様が顔を覗かせ始めていた。
そういえば、今日は満月だったと気付く。
出逢った日を思い出せば、フフッと笑みが浮かんだ。
「随分と今日は余裕みたいだな」
「そんなことないですよ。鷹臣さんを前にして、いつも私に余裕なんてないじゃないですか」
キュッと抱きすくめる。
妬いているところも可愛らしいと思えるようになったのも、最近かもしれない。初めて逢った頃の距離感が今では少し懐かしいとすら思える。
ピタリとくっついた体躯の下、少し重いと感じるくらいの体重が心地良い。
セイルをこの地に抱き留めて離さない、逞しい体。
男として昔は父や兄のように狩りで鍛え上げられた筋肉を羨ましく思うこともあったが、この肉体に包まれる幸福を教えてくれたのは目の前の人。
「大好きですよ、鷹臣さん」
抱き締める腕に力を込めた。相手からも同じように強く抱きすくめられる。鷹臣の胸に顔を埋め、湧き上がる幸せに感謝する。
嬉しくなって笑っていると、何がそんなにおかしいのかと少し怖い顔をしながら問い詰められた。鷹臣の頬を両手で包み込む。少しだけ低い体温。互いの違いをこんなところにも感じる。
「鷹臣さんがこうして迎えに来てくれるのが嬉しくて」
「テメェは居場所が分かってるからな。必要とあれば、俺だって迎えくらいは行く」
額同士を重ね合わせた。待つばかりだったと言われていたこの人が逢いに来てくれるというのは鷹臣の中でセイルが特別な存在である証拠。
だから、この人の中の特別であり続けたい。
そのために必要なことは何だってしていこう。
この人のためだけに。
山奥でひっそりと暮らすエルフの里に伝わる伝承がある。
双子が生まれたのであれば、それは里を救う存在。大切に育てなければならない。
ただ、片割れは里で生涯を終えることはないだろう。
その者は、満月の夜に里から消えてしまうから。
そして、里ではない場所で大切な存在を見つけるだろう。
月が導く、その先で。
美麗エルフは鬼畜極道と恋に堕ちる 【完】
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