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甘音、ランデブー 後編
陽太×春陽
『甘音、ランデブー』 後編
陽太のプライベートルームはビルの最上階にあった。
エレベーターの前で雅明と別れる。陽太はゆっくりと扉を開けて「どうぞ」と春陽を招いた。
緊張しながら部屋の中へ。オレンジ色の優しい灯りと、モノトーンの落ち着いた家具が春陽を迎え入れる。
瀬野にある、陽太の部屋とはまた違った趣きで、春陽はどうしたらいいか分からず立ち尽くす。
「はるに、俺のお気に入りを見せてあげる」
陽太はそう言って、照明の灯りを小さく絞った。春陽の手を引いて案内をし、大きなガラス窓のカーテンを開く。そこには暗闇の中できらきらと輝く多様な光の洪水が広がっていた。
視線を下ろせば、地上の人工的な光。
正面には、真っ暗な海面をゆっくりと移動する船の光。
水平線との境目から視線を上げれば、無数の星の光。
それは毎日姿を変える、自然の絵画だった。
「……すごい……きれい……」
「気に入った?」
「うん……」
うっとりと春陽は窓の外を眺める。陽太はそんな春陽の横顔を、満足そうに見つめた。
「一人になりたい時に、ここに来るんだ。……ひいでさえ、連れて来たことはないんだよ」
陽太の言葉に、春陽はゆっくりと陽太を見上げる。
「春陽が初めて」
ふわり、と陽太が微笑む。対照的に、春陽の心臓が煩いほど高鳴った。
自分が初めて……それがどんなに特別な事か、聞かずとも分かる。
――そう、この空間は陽太の中、そのものなのだ。そこに、迎えられている……。
喜びと、確かな愛情を噛みしめる春陽をよそに、陽太はスーツの上着を脱いだ。ハンガーに掛けながら、春陽にも声を掛ける。
「はるも脱いだら? シワになるよ?」
ああ、そうだ……。言われて、素直に上着を脱いだ。陽太の隣に寄って、同じように服を掛ける。
次の瞬間、音もなく後ろから抱きしめられた。くすくす、と小さな笑い声がする。
「本当に……何の疑いもなく脱ぐんだから」
「……え……?」
「男の前で、簡単に薄着になっちゃ駄目だよ」
「だ……って……陽太さんが……」
言ったくせに、と思う。それを察してか、陽太は耳元で告げた。さっき嗜んでいたアルコールが、ふわり、と春陽をくすぐる。
「抱くよ、このまま」
「――っ……」
心臓が、どくどくと、煩い。
胸元のリボンタイに、陽太の長い指が掛かる。しゅるりとそれを解かれる間も、抵抗はしない。それが春陽の答えだった。
――今夜は俺だけのものね……。
春陽の脳内に陽太の声が木霊して、思考が、動きを止める……。
「全部、俺だけの春陽だから」
陽太の宣言に、「はい」と小さな声で、春陽は答えた。
溶かすことは簡単だ。けれど、それじゃ意味がない。
早急な、一過性の快感ではなくて。もっとじんわりと、染み入るようなものでなくては……。
陽太は唇と指先で、丁寧に春陽の身体を開いていく。
「気持ちが良いなら、ちゃんと教えてね」
と、わざわざ思考を使うようにも仕向けた。こくこく、と春陽は頷く。「良い子」と褒めて、キスをして、安堵を与えた。
「きもちいいです」
「そこ、すき」
「イク」
恥ずかしさの残る控えめな声で、春陽はきちんと陽太に感覚を伝えていく。
春陽はとても素直だし、恐怖を感じるとすぐに陽太の内側へ逃げようとする。――時として、快感すら春陽の恐怖の対象になる。自分が壊れる前に自然と働く、防衛本能のようなものだから。
陽太はそれを許さぬよう、穏やかに優しく、堕ちる前に春陽を掬いあげる。
「あっ、そ、こ……っ……あ…」
一番感じる的をわざと外して、"足りない"も同時に覚えさせた。
潤む瞳に、昇華しきれなかった熱を残したまま「陽太さん……」と春陽は呼ぶ。
可哀想だけれど、絶頂を掴みきれずに寂しがる表情も、魅力的で可愛らしい。
決して虐めたい訳ではない。けれど、これもまたスパイスなのだと、陽太は思う。……まぁ、陽月に知れたら、怒られてしまうだろうけど……。
とろとろと、温かくて優しい春陽の中は、陽太の指をどこまでも飲み込んで、包みこんで、だいすきと擦り寄ってくる。けれど、本当はもっと大きなモノを望んでいることを、陽太は知っている。
春陽がちゃんと欲しがるまでは、挿れてやらない。そう決めていた。
――求められたい。この子の口から。心から、全身から。……例えそれが、自分勝手なエゴだとしても。春陽が、涙を零すことになっても……。
そうやって、耐えて耐えて……。薄く開いた春陽の唇から、やっと甘く震える感情が吐露される。
「なんで、くれないの……?」
ひどいよ、と春陽は涙を零した。陽太はぺろりと舌先でその涙を拭う。
「欲しいなら、ちゃんと《おねだり》してごらん……?」
あげるよ、今すぐ。と耳元で囁く。
おくまで、くれる? 不安そうな声が返ってくる。
奥まで、あげる。――そう、はっきりと宣言すると、春陽の瞳が大きく見開かれた。
「陽太さんの、奥まで、ください……」
たどたどしくも、はっきりと春陽が欲を口にする。
やっと聞けた言葉に、陽太は満ち足りた気分になる。春陽の全身で、陽太が欲しいと主張してくれたのだから。
また、それを叶えることが出来るのが、自分しかいないという優越感――最高だ。
お望み通り、ゆっくりと撫でるように最奥を目指す。そこへ辿り着くと、春陽は背をのけぞらせて悦んだ。待ちに待った快感が、一気に春陽を壊してゆく。陽太さん、陽太さん、と泣きながら必死に名前を呼ばれる。
「いやっ、もうっ……いやだぁっ……こわれちゃうっ!!」
「大丈夫だよ、春陽……落ち着いて、俺を見て」
唇を重ねて、視線を重ねる。
「はっ……ぁ……ひな、た、さ……」
《堕ちておいで》
呼ぶと、いつものようにふわりと、春陽は陽太のspaceに入って来る。陽太は優しく、両手でそれを受け入れた。
意識さえ保護してしまえば、後はただただ快感に餐ませるだけで良い。言葉を忘れた無垢な獣のように、ひたすらに甘い叫声をあげて、求めるまま腰を振って、春陽は絶頂を繰り返す。
「ああ……可愛いね……。何度でもイって、春陽」
「――っ!! ふ、あっ! あ……」
「愛してる……大好きだよ、世界中の誰よりも」
情熱的に愛を伝えたところで、聞こえてはいないかもしれないけれど。
そろそろ出すね、と終わりを宣言すると、春陽は言葉を取り戻したようにはっきりと告げた。
「奥にっ、おくに、くださいっ!」
思ってもみなかった要求に、陽太は一瞬、我を忘れかけた。
「あ……ははっ、……いいよ。奥に出してあげる」
薄ら笑い、春陽に求められるまま、陽太は最奥に欲を吐き出した。
ぐったりと、シーツに沈み込んで眠る春陽の頭を撫でる。
本当なら、今日は初めて春陽を抱いた時のリベンジをする予定だった。
もしも、春陽と身体を重ねる事があるならば、時間も場所も整えて、自分に出来る最上級の愛を与えたい……それが陽太の理想だった。
ところがあの時――抱いて欲しいと言われた時に、そんな理想はどこかに捨ててしまっていた。
大切な恋人がそうして欲しいと言うのだから、据え膳食わぬは、なんとやら……。
いや、そもそも、先に言わせてしまったのが間違いなのだ。ちゃんと自分から「抱きたい」と言いたかった。
欲しい物を前にすると、本当に要領が悪いな、俺は……。と珍しく反省したものだ。
だから今日はリベンジがしたかった。忘れられない愛しい時間を、春陽と過ごしたかった。
叶ったかどうかは、春陽が目覚めてから聞いてみればいい。
窓の外を見れば、下界の明かりも消えこんだせいか、ただ真っ暗な闇があった。その中で、澄んだ星からたくさんの光が届けられている。それはまるで、陽太の瞳に宿る暗闇を照らす、強くて優しい、幸せに満ちた春陽の瞳のようだった。
――END
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