3 / 12
第3話
ここは何かのソーシャルゲームの世界だろうと仮定したが、俺にはこのゲームのデータをプレイした記憶には一切心当たりがない。忘れてるだけだろうか。しかし、話を聞く限り贔屓にしていた人物の傾向やらでなんとなくこれは俺が遊んでいたデータなのではないかと当たりをつけている。
「どうしてだ?」
仕事の合間の休憩時間にて。今日も今日とて二人で執務室に籠もって事務作業をしていた。特に化物が出たという知らせもない為討伐も行く必要はない。しかも空は分厚い雲に覆われて大粒の雨が振っている。頼まれても外など出たくない。屋内イズ最高。そんな中でお茶を飲みながらシュンゲツさんとこの世界と俺の記憶についての考えを話をしていた。その流れでこの世界をどう捉えているのか、という話題になったのだ。
どうして、と問われると若干恥ずかしいが
「人の性的指向って一朝一夕では変わらないと思うので」
という答えが一番に出てくる。もっとあけすけに言うと性癖だろう。
「…………」
シュンゲツさんは所謂ジト目で此方を無言で見てきた。確実に引いている。
「ドン引きやめてもらっていいですか?」
「お前は今まであの野郎を助手に固定してたのは話したよな」
タツヤさんの事だな。
「聞きましたね。記憶飛ぶ前の僕はどんな事でもタツヤさんが最優先だったって」
「つまり、何だ……お前、ああいう人間が好きなのか……趣味が悪いな……」
心の底から信じられない、と思っているのが伝わってくる。性的指向という表現が良くなかったのだろうか。
シュンゲツさんはお茶を飲みながら訝しげに此方を見てしまっている。ソファに座ったままの筈なのに、なんとなく距離が開いてしまった気がするのは気の所為ではない。心の。
「あ、勘違いしないでくださいね。恋愛的な意味ではなく滾るかどうかでして」
「お前の言ってる事はたまに意味が分からない」
「まあ今日まで会話でヲタクでないとわからない単語羅列した自覚はあります」
この世界は現代日本のようで現代日本にはない未知の生物や超能力や魔法のような力がある摩訶不思議な世界だ。なのでゲームも漫画もアニメもある。つまりシュンゲツさんがわからないのは本当に単にヲタクじゃないからなんだろうな。
前世から根っからのヲタクな為普通に会話していても無意識にヲタクっぽさが出てしまっているのは如何ともしがたい。逆にどう話せば普通の人らしくなるのだろうか。わからない、普通、わからない。……なんだか悲観的な表現をしているがそこまで気に病んではいないのでなんとなくシュンゲツさんに伝わる表現を考える。
「何でしょう、物語の登場人物としては見ていて楽しいって感じで好きなんです」
これなら伝わるだろうか。俺の言葉にシュンゲツさんはまだ気難しい顔をしている。
「現実にしかと存在してるが」
表現の問題じゃなかった。
「そうなんですよね……しかと存在してるんですよね……液晶隔てて見てる分には良いですが実際に接すると怖過ぎます」
「あんな奴と縁が出来てしまった時点で最悪だ」
少し体が震えた。
先日の一件を思い出す。なんとか口を回して回避したが本当に勢いと雰囲気にのまれそうで怖かった。アレ以来たまにじ……っと見られている視線は感じるが助手に戻せの訴えは無くなっていた。無くなった事に安堵したような、視線に込められたじっとりとした感じに心労が尽きないような。思い出して背筋が寒くなった為、ブルブルと首を回して切り替える。
「あっ、ちゃんと物的証拠もありますよ! これです」
一枚の書類を出しシュンゲツさんに右手で掲げて見せる。毎日の討伐や強化や召喚の詳細をまとめた報告書だ。こういう細かい事は毎日しっかり記録しないと後々面倒になるので、ちゃんと記録している。この強化素材は何故こんなに減っているのかと誰かにつめられても、ちゃんとした記録があれば◯月◯日にこの人に使いましたと自信満々に答えられるというものだ。使い過ぎの動かぬ証拠にもなってしまうのが痛い点だが。
話がそれた。
「これの、何処が……?」
シュンゲツさんは全くピンときてないようで、俺が掲げている書類をまじまじと見ている。
「ここですここ、右上!」
左手で書類の右上を指し示す。
「右上。ああ、お前のマスターIDと登録したマスター名が書かれてるな」
「そうそれ! そのマスター名が証拠です」
「……何で?」
シュンゲツさんは怪訝そうな顔で俺と書類を見ている。
「ふふーん、僕ってば自分の興味がある事に関してだけは記憶力が良いんですよ。このゲームのプレイ記憶はありませんが、この通り名は俺が前世で色んなソシャゲを遊ぶ時のプレイヤーネームそのままなんです!」
「この……『俺にだけ優しい胸と尻と身長がでかい美女に埋もれ隊』が……?」
「はい!」
その通りなので誇らしげに答える。胸を張る。無理やりにでも。対照的にシュンゲツさんは頭を抱えていた。
「いつも見ていた書類にいつも書いてあった文章だが……うん……変だなとは思ってたんだよ。誰が考えたんだこれって思ってたんだよ……これが公的な書類に書かれてる違和感がひどい」
痛い所を突かれグサグサッと心にダメージが刺さる。養豚場のブタでもみるかのように冷たい目とまではいかないが冷ややかな視線を感じる。
「お前が自分で考えて使ってたものだと知ると……少し距離を置こうかなと考えてしまった」
「イヤっっ‼ ずっと一緒にいてくださいダーリン‼」
「っ、誰がダーリンだ誰が」
勿論二人とも冗談を口にしている事はわかりきっているがそれはそれでドン引きされたのは事実なので俺も頭を抱える。流石に俺も自分の女性の好みを世に晒していた事実は肝が冷えるというものだ。無理やり誇らしげにしてしまったのも追加ダメージになって跳ね返ってきてる。
「これ変更出来ないのかな……」
今の今までスルーされてたのかはたまたなんじゃこりゃとは思われてたのか定かでは無いが、変えられるならちゃんしたものに変えたい。
「確か一度決めたら変更不可能だぞ。これ名付けた時気が狂ってたのか?」
変更不可能の現実にがっくりと肩を落としつつ弁明をする。
「正気でしたよ⁉ SNSやソシャゲのアカウント名みたいなノリでつけちゃっただけです!」
「仕事の登録名をそんなノリでつけるんじゃあない」
「こっちの世界で反映されてるなんて思ってなかったんですよ、しかもそこに転生するとか一ミリも思ってませんでしたよ」
「それもそうか」
俺だけじゃなく、プレイヤーネームで遊ぶユーザーはいると信じたい。例えば名前をお母さんにして皆のお母さんになったりとか。
とりあえずシュンゲツさんにドン引きはされたが、この世界が俺のプレイしていたゲームデータの可能性が高まったのは分かってもらえたようだった。後日記憶を取り戻して運営への連絡方法がわかったら即変更出来るように取り合おうと心に誓った。
マスター名の話が一段落した所で、前々から感じていたがこれまでのシュンゲツさんの反応で確信を得たので、聞いてみる事にした。
「聞いてみたかったんですが、シュンさんてタツヤさんの事あまりお好きではない……というか嫌ってますよね」
前から聞こうとは思っていたのでそう問いかけると、シュンゲツさんはここにはいないタツヤさんを睨みつけるように目つきを鋭くし、苦々しげに答えた。いつも思っているが美人の機嫌が悪い顔は迫力がある。
「同じ組織の人間でなければ即縁を切っている、あんな性根が腐っている奴」
「わあめっちゃ嫌ってる何されたんですか」
とんでもない嫌いようだ。シュンゲツさんの目が更に鋭くなった。少しだけシュンゲツさんは考える素振りをしたが、すぐに口を開いてくれた。
「腕を折られかけて、死地で見捨てられそうになり、孤立するように周りに働きをかけられているな」
「うん⁉」
お茶を吹き出しそうになってしまった。ギリギリで耐えて、ごくんと飲み込む。危なかった。少し咳き込んむ。
「あの、待ってください想像以上に酷くてびっくりしたのですが」
遠ざけられているのには気づいていたが傷害未遂に見殺し⁉ 犯罪スレスレ……いやもう犯罪か? いじめという言葉で包むのも違う。どのような流れでそのような状況になってしまったのかとても気になる。
「オレは殊更に嫌われているからな」
「嫌われてるにしても限度ってものが……」
これは絶対にやり過ぎだと思う。最悪シュンゲツさんが死んでいたかもしれないないんて。
ショックを受けている俺の様子を見てシュンゲツさんは追撃してきた。
「自分の事をヨイショせずに単独で行動しているオレが気に食わなかったんだと。ここまでされたのはオレくらいだが、アイツは自分の思い通りにならない人間は取り巻きに働きかけて排除しているぞ」
シュンゲツさんは皮肉げに笑う。置かれている状況がどんなに残酷か、伝わってきてしまって背筋が寒くなる。百人をゆうに超える人数がいる中で孤立するのはとてもじゃないが自分では耐えられそうにない。
恐ろしい事を知ってしまった。前々からタツヤさんに関わると体が勝手に震えたり、先日の一件で余計怖いなとは思っていたが、これは段違いだ。あの人怖すぎる。
「あの、つまり今あんまりシュンさん以外の人に会わないのって」
「まあオレが原因だな。誰もがマスターとは話したいし一緒にいたいがあの野郎からはオレには近づくなと言われているから、その二人が一緒にいる事で結果的にお前に誰も会いに来ないんだろう」
マスターの筈なのに他の能力者の人と関わりが業務上のやり取りしかないの変だなと思っていたら間接的に避けられていたらしい。もう少し深く疑問に思ってもっと早く聞けや自分! と想像で自分で自分にパンチを入れる。心変わりしたつもりだったがのらりくらりまあいいか精神は直っていないようだ。根が深い。更にオラオラオラと想像で自分で自分に連続パンチを入れる。
そう難しい顔をしながら自分の性根を叩き直すのに夢中になっているとクク、と笑うシュンゲツさんの声が聞こえてきた。え? このタイミングで笑うとはどういう事だと思いシュンゲツさんを見る。
「かたやアイツに心底嫌われていて、かたや心底好かれている。そんな二人が自分を差し置いて共にいる。アイツにとって一番気に食わない状況だろうな、今」
「うわあ悪い顔」
とても邪悪なお顔で笑っておられた。孤立させられている状況でも、自分の今の状況がタツヤさんにとって面白くないものであるのを心底愉快に思っているようだ。心がお強い。
「それにどうだっていい奴らと心底気に食わない奴に嫌われようが痛くも痒くもないし、一番欲しかったものの近くにいられるようになったんだ。十分すぎる」
「はあ……」
シュンゲツさんは何か愛しいものを見つめるように、満足そうな表情をし、湯呑みを手にしてお茶を飲んだ。遠巻きにされて孤立させられている事はどうやらあまり堪えていないらしい。
本当に心が強いなと思った反面、一番欲しかったものとは何の事だろうかと疑問に思う。シュンゲツさんが一番欲しかったもの。周りと孤立する中シュンゲツさんが手に入れたもの……。
(まさか『俺』か? いやそんな自意識過剰な……では助手の座か)
この組織の全容にとても詳しいシュンゲツさんだ。あれだけの知識を身に着けたのは全て助手になる為と思えば納得がいく。うんうん、と自分の考えに納得しかけたが。
(あれ、でもそれって結局俺の近くにいるって事だし、『一番欲しかったものの近くにいられるようになった』って言い回しだと助手の座だとおかしいし……まさか本当に)
思い至ってじわじわと顔に熱が集まっていった。いやまさかそんな、でも、と頭の中でぐるぐる考えが回る。これ本当だったら嬉しいけど勘違いだったらめちゃめちゃ恥ずかしいぞ。
「何顔赤くしてるんだ」
「‼」
一人で顔を赤くしてわたわたしていた姿を見て疑問に思ったのかシュンゲツさんが訝しげに聞いてきた。
「えっ……と……」
「何だよ」
思い切って先ほどのはどういう意味か聞いてしまおうか、と口を開こうとするがどうしても言葉を紡げない。なかなか答えようとしない俺に、シュンゲツさんはますます眉をひそめる。
「あー……その……」
「珍しく歯切れが悪いぞ。……オレ何か変な事言ったか?」
シュンゲツさんは本当に俺の挙動不審の理由に思い至らないようで、頭に疑問符を浮かべている顔でこちらを不思議そうに見ている。
(もしや今の自分の発言の意味に気づいておられない?)
先程の発言は『お前の傍にいれるなら十分だ』と言われたも同じなのだが……。疑似的な告白という言葉が頭をよぎる。返事、するべきだろうか。いや気づいてないなら、指摘しない方がいいか。
「いえ、何でもないです」
と、お茶を濁した。ついでに水分補給の為に側に置いておいた本物のお茶も飲む。
「さて、執務を再開しましょうか」
「……そうだな。こんな天気の日はただでさえ気が滅入るんだ。面倒な事はさっさと終わらせよう。」
シュンゲツさんは特に追求したりせず、執務に戻ってくれた。
「そういえば、あの野郎に関してならお前だって被害者かもしれないぞ」
「えっ」
少し長過ぎる休憩の後に執務を再開し、お互いたまに業務連絡はするが目の前の書類やパソコンの画面に集中して作業をしていた時の事だ。シュンゲツさんは今思いついた、と突然口を開いた。シュンゲツさんの方を見る。被害者って何のだ。
「さっきの話の続きですか?」
「ああ。ここが元々お前が前世で遊んでいたゲームのデータを元にした世界だとして、ゲームでプレイヤーであるリョウが贔屓にしていたものは此方でも反映される……だが反映のされ方には此方の事情や過程があったんじゃないかと思うんだが」
「……なるほど」
前世と今、どこまでリンクしているのかはこうして過ごしていて分かる事もあれば分からない事もある。特に俺が『俺』と切り替わる前の出来事だ。日報を見てわかるのは業務内容や執務の進展、討伐の成果や被害くらいで『俺』の事はわからない事ばかりだ。人間性は変わりそうにないからなんとなくの仮定は出来るのだが……。
「あくまで離れた位置から見ていたオレの客観だが……今になって思うに、前のお前はタツヤに脅されていたんじゃないのか?」
「お、脅され⁉」
びっくりしてタイプミスしてしまった。
「……脅され半分、好意半分、という所か。人って何故か自分に厳しい人間に好かれようとする嫌いがあるだろう。ストックホルム症候群だったか? それもあったかもれしないな」
「スト……ううん、そうだったんでしょうか」
タイプミスを修正しながら考える。
以前の自分を知る手段が無い為、断定が出来ない。日記とかつけるタイプじゃなかったらしくて何も見つからなかったし。今話を聞けるのは人聞き悪いがぼっちにさせられているどうやら『俺』との関わりは薄かったシュンゲツさんだけだし。
多分勢いに流されたのもあって依存させられていたのは間違いない。そこに脅迫や暴力も加わっていた可能性は……あるのだろうか。いや、先程のシュンゲツさんの話によるならあり得ない事ではない。更に先日の時の様子も加えると、八割方確定ではないだろうか。どうだろうか……。
(今は特に何も言ってこなくなったけど自分に依存しきっていた人間が独り立ちしようとしたら、強引な手段を使ってでも元に戻そうとするのかな)
キーボードから指を離して肘をつき、顎を手に乗せる。多分話しながら打っても間違えるだけだ。考え込む。シュンゲツさんもキーボードを打ってないのか聞こえるのは窓を叩く雨と風、雷の音だけだ。薄っすら湿ったような土っぽい雨の日独特の匂いが鼻についた。
このまま何事も起こらない、現状維持が出来るのが一番良いが着実に不安要素は積み上がっている。しかしだからといって何が出来るのか。今のような何気ない日常も、嵐の前の静けさのようでどこか不安になる。極めつけに天気も悪い。
(俺にも何か対抗策があればな……ん、対抗策?)
「そういえばシュンゲツさん、前マスターには能力者に対して強制力があるって言ってましたよね」
「え、ああ」
ふと閃いて聞いてみた。これがうまく使えれば立派な対抗策になるのではないかと。
「それってどの程度のものかわかりますか?」
聞かれたシュンゲツさんは難しい顔をする。
「……禁則事項に抵触しない程度に調べた限りでは、強く念じると契約の力の源が活性化して対象を一瞬痺れさせ膝をつかせられるものだった。トモが使ってる所をオレは見た事が無かったから実物がどんなものかはわからないんだがな。もしかしたらトモも詳しくわかっていなかったのかもしれない」
「まじで緊急回避みたいなものなんですね」
たった数秒の時間稼ぎしか出来ないのなら無能力の俺では逃げたとしてもすぐ捕まってしまうだろう。
「だから暴走した能力者を御せるとは考えない方が良い」
「だめか……」
溜息をつく。良い案かも、と思ったのだが。つまり物理的には何も出来ないという事か。
タツヤさん視点では、今までお利口さんだった俺が突然素っ気なくなり自分ではない別の人のサポートを受けながら独り立ちをしようとしている、と映っているはずだ。しかもその別の人はタツヤさんが毛嫌いしているシュンゲツさんだ。それは確かに気に食わないだろう。
物理的に無理なら言葉で精神的に防ぐのはどうか、と頭をよぎる。つまり、危険そうだがどこかのタイミングでタツヤさんにも事情を話すべきだろうか、という事。ある程度の事情を知ってもらえば納得……まではいかなくても妥協やら譲歩をしてくれる可能性はあると信じたい。少なくとも訳も分からず避けられていると思われている今よりは良いのではないかと。
タツヤさんがどこまで理解を示してくれるのか、それともはねのけてしまうのか、不安要素は大きい。
タツヤさんに関しては俺よりシュンゲツさんの方が(不本意だろうが)詳しいので聞いてみようと声を掛ける。
「シュンさ、」
ゴロゴロ……ドォォンッ‼
その瞬間眩しい光と共に雷が落ちた音がした。驚いて反射で外を見ると先ほどまでより強く窓を叩きつける雨が見えた。天候が悪化している。
「びっ……くりしたあ。近いですね」
光と音の間隔が短い。雷が近くに落ちたという事だろう。仕事場と寮は少し離れておりどうしても外を通らないといけない。寮に辿り着く頃には全身ずぶ濡れの濡れ鼠だろう。雷が近いなら直撃する可能性もある。危険極まりない。でも自分の部屋の布団で寝たい。走るかな。
「チッ、今日は寮に帰れないな……ここに寝泊まりしていく」
シュンゲツさんも同様に危険だと考えたようで、窓の外を眺めながら忌々しそうに呟いた。一応、執務室には仮眠室やシャワー室も併設されているので、寝ようと思えば寝れる。頑張ればここで生活も出来なくはない。仕事とプライベートはわけたい口なのでしないが。
「でも疲れ取れなくないですか?」
ベッド固めだし昼寝以外で使った事無いから慣れない場所だと休まらないのが難点だ。あまり寝心地がいいとは言えない。思わず嫌そうな顔をしてしまう。
「一日くらい平気だろう、リョウも泊まっていけ」
「ええー……僕自分の部屋に帰りたいです」
そうと決まれば、とシュンゲツさんは片付けに取りかかってしまった。まあ確かに、今は夕飯食べ終わってから残りの仕事を片付けていたようなものなので明日に響かない程度であれば切り上げても問題はない。俺も片付けに入る。
「今外出たらずぶ濡れになるぞ」
「ずぶ……濡れ……」
ピンときた。嵐のような雲と風と雨、落雷まであるのだ。つまり!
「そうか、今ならT.〇.Revolutionごっこが出来る……!」
「よーし何のことか分からないが絶対危険だからやめような」
「ハイ」
そんなこんなで執務で使った素材等の一覧表やらの片付けもシャワーも歯磨きも何もかもを済ませて二人で仮眠室に入った。和室なので畳だ。布団が二つ敷かれている。さっき見た時は無かったのでシュンゲツさんが敷いてくれたのだろう。面倒だったのでありがたい。そのお礼も言えた。シュンゲツさんは既に布団に入って目覚まし時計をセットしている。もう寝るようだ。そして俺は布団に入り……さあ寝るぞ、というシュンゲツさんに声を掛けた。
「あの、寝る前に一つだけいいですか」
「何だ?」
動きを止めて此方を見てくれた。寝るモーションに入っていたのを引き留めたのは申し訳ないが、少し前からもやもや気になっていた事を、俺はシュンゲツさんに聞いてみた。
「僕が……逆にタツヤさんに酷い事をしていた可能性ってあると思います?」
シュンゲツさんは目を見開いて驚いていた。シン……と二人とも黙ってしまった為、沈黙してしまう。怪訝そうな顔をして、シュンゲツさんは俺を見てきた。質問の意図を探るように。少し気まずくて下を向いて目を逸らしてしまった。
少ししてシュンゲツさんは
「ありえないだろ」
と断言した。
「それだけはない。アイツを脅せる人間なんてこの世にほぼいないんじゃないか」
「まあ、はい」
「そもそもマスターとは言え、無能力者が能力者にかなうとは思えない」
「です、よね……」
やはり杞憂だと言う事でいいのだろうか。
目を伏せて先日のタツヤさんとの会話を思い出す。
『不相応な役割にマスターだからって押し付けられてお前も大変だろう? 俺なら面倒事は全部俺が担ってやれる、いつもそれで助かってるって言ってくれただろう? シュンゲツに何を言われたのか知らないがお前は俺の言う事を聞いていれば全て上手くいくんだ。俺にはお前が必要なんだ。元鞘に戻ろうぜ、な?』
『良い子に戻ってくれるだろ? それともお前はまた俺に酷い事をするのか?』
また俺に酷い事をするのか、とタツヤさんは言った。また、という事は俺は以前タツヤさんを傷つけたという事なのだろうか。……俺が? どうやって?
シュンゲツさんに確認も取った為、強制力だけではタツヤさんに危害は加えられそうにない。しかもここにいる数多の能力者のリーダーとして強引とは言え立っているのだ。ある程度ここにいる人間達のコントロールも出来る。シュンゲツさんに対する仕打ちも酷い。そんな男が俺なんかに傷つけられる事があるのだろうか。タツヤさんの発言がどうしても引っ掛かるが、状況的にありえない。シュンゲツさんに同意しか無い。
(じゃあ……気にしてなくていいか)
まだ…少し引っ掛かるが。
「何か思い出したのか?」
「そういう訳じゃないんです。えーと、多分気の所為だと思うので大丈夫です」
苦笑いして気にしてないと伝える。シュンゲツさんはまたも怪訝そうな顔をしていたが、俺がこれ以上話す気がないのを察してくれたのか話を切り上げてくれた。
「そうか……? まあ、問題無いなら」
「はい、ではおやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
明かりを消して、二人で布団に入る。まだ外の雨音と風の音は凄いが、疲れていた為すぐに瞼が落ちてきた。そのまま眠気に身を委ね、夢の中へと旅立った。
一見気のいい兄貴分のようだが、所々で傲慢な面が見え隠れしていて恐ろしい。いじめ通り越した犯罪スレスレな事もしていた。人を自分の思うように動かそうとまでしてくる。何が逆鱗に触れるかわからず会話一つ一つが博打のようだ。
鑑賞目的では好きなだけであまり関わりたくない。
ボロが出るのも嫌なので距離置いてるつもりだが……よく助手交代を訴えに来ていたのをこの間きちんと答えてからは遠くからじっと見られる事が増えた。
俺はタツヤさんをどう捉えればいいのだろう。
ともだちにシェアしよう!

