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01 王子と姫

人は、生まれた時から、きっと、社会に“役割”を与えられているんだと思う。 劇で本当はお姫様役に憧れたのに王子様役をあてがわれた時、そう確信したのだ。 でも、どこかで望んでたんだ。 いつか、お姫様になれたらって。 **** 「乾杯!!」 居酒屋の半個室。 テーブルを囲んだチームメンバーが、課題打ち上げのテンションで盛り上がっている。 俺──王子 光希(おうじ みつき)も、その輪の中でジョッキを掲げていた。 今回の設計課題で、俺たちのチームが手がけた案が学内コンペで1位を獲った。 協力して、時にはぶつかり合って。睡眠時間を削って挑んだ数週間が、やっと報われた。 「このチームには王子と姫が揃ってたからな」 「だな。最強すぎた」 同じチームだった友人が冗談めいた口調で言う。 “王子”というのは、俺──王子 光希のことだ。 冗談みたいな苗字のせいもあるけれど、親からもらった顔立ちは、まあまあ整っていたらしい。 そのせいか、昔からよく「王子様みたい」って持ち上げられてきた。 背は少し高めで、切れ長の目元。アッシュグレーに染めた髪を、無造作にセットしている今っぽい見た目。 きっと、ひとつひとつがどうこうっていうより、雰囲気なんだと思う。全体的な“それっぽさ”。 それなりに器用に振る舞えて、空気も読めて、相手に合わせるのも得意だったから、 気がつけば、周囲が期待する“王子 光希”を演じるのが、当たり前みたいになっていた。 無理してるつもりはなかったけど……逆らわずに合わせていた方が、楽だったから。 「違うだろ。俺らみんなで頑張って勝ち取ったんじゃん」 「そうだよ。みんなでめーっちゃ頑張ったもん。ね、みつ?」 舌ったらずな声で笑うのは、“姫”こと、姫川 楓(ひめかわ かえで)。 ミルクティー色のゆるふわパーマに、大きめの白いカーディガン。 きらきらと輝くストーンやカラフルなパーツで飾られた爪先 とろんと垂れた目元で、甘いカクテルをちびちび飲んでいる。 その愛らしい見た目から、男女問わず愛される存在で 建築学科のアイドル的存在でもある。 一見ふわふわした外見だけど、実は偏差値の高いこの学科の中でも、常に成績上位をキープする秀才だ。 王子と姫川── 成績も見た目も並び立つせいで、周囲からは「建築学科の王子と姫」とよくセットで呼ばれるのだった。 「てか王子、1年の可愛い子に告白されてたじゃん」 「まじか。さすが王子は違うね~!」 盛り上がる声に、思わず肩がこわばった。 せっかく浮かれていたのに──よりによって、その話題を出すか。 「……別に。そんなんじゃないって」 乾いた笑顔を浮かべて返したけれど、 みんなの笑い声が、だんだん遠くに聞こえていく。 たしかに、最近1年生の子に告白された。 その子は学内でも人気のある、“可愛い女の子”だった。 だけど課題でバタついていたこともあり、返事は保留にしていた。 そもそも、あまりよく知らない子だし── 正直、断るつもりだった。 「……みつ、その1年生の子の告白、返事するの?」 ずっと黙っていた楓が、ぽつりと口を開いた。 「んー……まだ考え中」 曖曖に返しながら、ジョッキを傾ける。 すると楓は「ふぅん」とだけ返してきた。 自分から聞いてきたくせに、それかよ。 思わず、言葉にならない感情が胸の奥をかすめる。 正直、俺は楓が羨ましかった。 かわいくて愛される存在である楓が。 多分、俺は“愛する側”じゃなくて、“愛されたい側”なんだと思う。 小さい頃から、なんとなくそう感じてた。 でも、まわりが俺に求めてくる役割は、いつも逆だった。 楓みたいにかわいい外見だったら。 「かわいいね」って、包み込んでくれる誰かが、俺にも現れたら。 そんなふうに願わない日は、なかった。 ふと、目の前のジョッキに自分の顔が映る。 ゴツい身体、目つきも悪くて、可愛げがない。 お姫様なんていない。ただの量産型の男がいるだけ。 (……こんなんじゃ、誰も迎えにきてくれねぇわ) 「……はあ」 苦笑い混じりにため息を吐いて、残っていたビールをぐいっと飲み干した。 ──その横顔を、楓がじっと見つめていたことに、俺は気づいていなかった。

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