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06.めでたし めでたし
ふと目を覚ますと、隣に楓がいた。
どれくらい眠っていたのか、よくわからない。
薄暗い部屋の中、時計の針は深夜を指している。
こちらの視線に気づいていたのか、楓はぱっと笑った。
「おはよう、みつ!」
言葉と同時に、やさしく抱きしめられる。
額にキスが落ちて、くしゃっと乱れた髪が頬をかすめた。
あたたかい体温。落ち着いた声。
――いつもの楓だ。
それが、なんだか妙に安心する。
「……はよ」
返した声が、驚くほど掠れていた。
喉が焼けるように乾いている。
その瞬間、先ほどの記憶がぶわっと蘇る。
何度も名前を呼ばれて、触れられて、奥までいっぱいに愛されたこと。
楓が見せた“男”の色気、低くて熱のこもった声。
全部思い出して、体の奥がじんわり熱を帯びる。
……恥ずかしい。
でも、ちゃんと宣言通りぐずぐずに愛してくれた。
すごく嬉しくてたまらなかった。
「お腹空いてない? せっかくだし、ルームサービス頼もうよ」
楓の提案にうなずきながら、ふたりでテレビの注文画面を覗き込む。
どこか他愛ない時間が、心地いい。
「ねぇ、みつ。ハニートーストあるよ。一緒に食べよ!」
「こんな時間にハニトーって……太るだろ」
「いいの~。今日は特別な日だから」
楽しそうに笑う楓。
その無邪気な声に、つられるように頬がゆるむ。
――こんなに俺のこと、好きなんだ。
そう思うと、なんだか悪い気はしない。
いや、むしろちょっと、嬉しいかもしれない。
「みつも、好きなの頼みなよ」
「好きなもの……」
その言葉に、ふと考える。
――“好きなもの”。
いざ言われると、すぐには浮かばなかった。
昔は、いちごパフェが大好きだった。
月に一度の外食の日、家族とよく行った洋食屋で、
決まっていちごパフェを頼むのが、ちょっとした楽しみだった。
けど、いつからだろう。
「男のくせに」なんて周りの視線が気になって、
注文するのをやめてしまった。
ビールだってそうだ。
あの苦味は好きになれなかったのに、
周りの空気に合わせて、
無理して口にしているうちに、いつの間にか慣れていた。
──もしかしたら、俺はずっと。
“自分の好物”さえ、人の目を気にして選んできたのかもしれない。
画面を見つめたまま、俺は小さくつぶやいた。
「……この、いちごサンデーってやつにする」
「美味しそ! いいね!」
楓はなんの躊躇いもなく、笑ってそう言って、注文を確定してくれた。
しばらくして運ばれてきた、いちごサンデー。
正直、味は想像通り。
グラスの中には、バニラアイスとホイップ、そして上からとろりとかかったいちごソース。
感動するほど美味しいわけでもない。
でも――
ありのままの俺を受け止めてくれる楓と一緒に食べるそれは、
どんなご馳走よりも、特別に感じた。
スプーンをくわえたまま、ふと、ぽつりと呟く。
「……楓は、俺の王子様だな」
楓が、きょとんとしたあと、ふわりと目を細めて笑った。
自分でも、何を言ってるんだって思ったけど、でも本音だった。
楓は、迷って立ち止まっていた俺を迎えにきてくれた。
誰にも言えなかった“好き”も、“弱さ”も、まるごと抱きしめてくれた。
――世界でたったひとりの、俺だけの王子様。
「ふふ。みつは、僕のお姫様だよ」
思わず笑ってしまう。
たぶん、周りから見れば立場は真逆だろう。
だけど、それでいい。ふたりがよければ、それでいい。
ふと目が合う。
お互いの笑顔が、ゆっくりと近づいて。
触れ合った唇は、甘くて、やわらかくて。
まるで、おとぎ話の結末みたいなキスだった。
「……あ、楓のこと、好き……かも」
ふいに漏れた言葉に、楓がぱちくりと目を瞬く。
「えっ!それって……」
そして――
──王子は姫に愛され、いつまでも幸せに暮らしました。めでたし、めでたし。
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