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第8話

❖ ── ✦ ── ❖ 第8幕 夜明けの余白 ❖ ── ✦ ── ❖ 夜が明ける前の静けさ。 カーテンの隙間が、うっすら白んでいる。 部屋の空気はまだ夜の熱を引きずっていた。 ⸻ 千秋は羽鳥の肩に、ぐったりと寄りかかっていた。 眠りは浅いはずなのに、不思議と安らいでいる。 羽鳥の体温に包まれていると、どんな悪夢も近づけない。 ⸻ 「柳瀬のことは……あとで話す」 低い声が、眠りの境目を揺らす。 夢か現実か分からないまま、千秋はうっすら目を開けた。 「……俺も、自分の言葉で……話す」 掠れた声が、空気に滲む。 それだけを言葉にして、また羽鳥の肩へと身を預けた。 ⸻ 心の奥で思う。 ――言えなかった想いも、少しずつ提出していく締切なんだ。 俺の仕事は、原稿だけじゃない。 羽鳥に、ちゃんと自分を見せること。 逃げずに差し出すこと。 それが、これからの俺の課題だ。 ⸻ 明け方。 キッチンから、かすかな金属音がした。 フライパンの油が弾ける音。 トーストの香ばしい匂い。 羽鳥が、いつの間にか立っている。 まるで当たり前みたいに。 ⸻ 「……トリ」 声をかけると、羽鳥は振り返らない。 皿を持ったまま、ただ短く告げる。 「……起きたか。座れ」 テーブルに、目玉焼きとパンの皿が並べられる。 ⸻ 千秋は小さく笑って、ぽつりと呟いた。 「……ありがとな」 羽鳥は答えない。 返事の代わりに、皿をすっと千秋の前に置いた。 それだけで十分だった。 ⸻ 外の世界が動き出す。 だけど、この部屋の時間はまだ静かに続いていた。 肩に残る体温が、今日を生き延びる証みたいに―― 千秋の胸に、温もりを刻んでいた。 ⸻

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