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弔鐘
ステファンが王になった鬼の国は、先王のヴィクターよりも栄え、領土を拡大しました。戦いにも知力にも長けた王に、誰もが憧れ、羨望の眼差しを向けました。
王妃とは仲睦まじく、子宝にも恵まれ、この先、何年も何百年も鬼の国は安泰だと言われています。けれども、その陰にクラリスの支えがあったことは、あまり知られていません。
今日はクラリスの国葬の日。敵の襲来に一人で立ち向かったものの、年老いた彼は目測を誤り、自ら心臓に矢を受けてしまったのでした。
ステファンは何日も悲しみに暮れました。本物の鬼になって敵を踏み潰してやろうとも考えました。けれども、変身することはできませんでした。他に大切なものが、たくさん出来てしまったからです。
棺に横たわっているクラリスは眠っているようでした。何度も愛した顔。けれども、その瞼が開かれることは二度とありません。たとえ口づけを落としたとしても。
「許してください。僕は貴方を幸せにできませんでした……」
泣き崩れるステファンの肩を優しく撫でる者がいました。今では長老になったエルネストです。
「そんなことはないさ。あいつは幸せだったよ」
「なぜ、そう言い切れるのですか?」
「いつも、あんたのそばにいる時は幸せそうな顔をしていた。どんなに辛い時でも、あんたさえいればな。俺には、あんな顔にしてやることはできねぇ」
エルネストの言葉に、ステファンは人目を憚らずに号泣するのでした。
やがて国葬は終わり、クラリスの棺は墓地に埋葬されるため、運び出されます。優しかったクラリスに、兵士たちや侍従、民たちまでもが涙を浮かべながら、整列して見送ります。
その時、教会から弔いの鐘が鳴り響きました。ステファンは、かつて結婚の前日に予行演習と言って、二人で誓い合ったことを思い出しました。
(お互い、約束を守れませんでしたね)
けれども、クラリスの言葉が胸を過ります。
(選んだ生き方が必ずしも正しいとは限りません。それはみんな同じ。大切なのは信じることなんです)
死んでもなお、自分を励ましてくれるクラリスに、ステファンは心から感謝しました。
(もしも生まれ変わりがあるのなら、今度は二人で生きましょう)
教会の鐘は、去りゆく魂を惜しむように、いつまでも鳴り響くのでした。
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