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第1話 推しの弟に殺され続ける件①

(※この作品には一部、監禁・流血・精神的苦痛などを伴う描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。) 「……兄さん、愛してる。だから俺と一緒に死んで……?」 ダメだ、何度ループを繰り返しても、異母弟(おとうと)のヤンデレバッドエンドルートから抜け出せない…。 いったい俺はどうしたらいいんだ――…。 *** 俺は、自他共に認める、筋金入りのいわゆる腐男子というやつだ。今は、大好きなBLゲームの続編『†ラスト・ラビリンス2†』をアニメ◯トで買って、しっかり予約特典の描き下ろし小冊子+ドラマCD+推しのアクリルスタンドを胸に抱いて、意気揚々と家路へ向かっていた。 推しは、主人公の異母弟・レオ。 前作では攻略対象ではなかったのに、ファンディスクでもスルーされ、数々の嘆願メールを乗り越えて、ついに……ついに、待望の攻略対象に昇格したのだ!! 俺はしっかり有給も取った。 スマホの通知も全部切った。 ご飯もカップ麺を積んで準備万端。 あとは、画面の中でレオを幸せにするだけ―― ……のはずだった。 なのに、なぜ。 俺は、死んだ。 積載超過のトラックが曲がり切れず、積荷がごっそり崩れ落ちた。その真下に、タイミング悪く俺はいた。 即死だった。 ――次に目を覚ましたとき、俺は知らない天井を見ていた。 いや、知らないどころじゃない。 見覚えがありすぎた。 なぜならここは、俺が生前――いや、前の世界で何百時間もプレイした神ゲー、 『ラストラビリンス』の世界そのものだったからだ。 剣と魔法とファンタジー。 重厚なストーリーに、美麗なキャラデザ、男同士の心の機微と恋愛模様。 生前の俺の好きを全部盛りにした、正真正銘の“沼ゲー”だった。 しかも―― 俺はその世界の主人公、リュシアンとして転生していた。 第三王子という生まれながらに貴族な立場、ツヤツヤの栗毛に深碧の瞳、 どこから見ても守ってあげたくなるような圧倒的・受けフェイス。 顔も性格も、生前の俺とは正反対だが……まあ、それは置いておこう。 今重要なのは、ここが『ラストラビリンス』だということ。 ……そして俺の“推し”が、もうすぐ現れるということだ。 16歳のある日。 国王である父上に呼ばれて、謁見の間に足を運ぶと――彼はそこにいた。 ――父の影から顔を覗かせ、少しだけ警戒したように視線を動かす少年。 袖は握りしめているけど、その手は確かに緊張しているものの、覚悟のようなものも感じられる。 「ほら、レオ。お兄さんたちに挨拶しなさい」 父にうながされ、彼は一歩、俺の前に進み出た。 「……レオといいます。よろしくお願いします……」 声は小さく、おそるおそるだけど……その一言が落ちた瞬間、俺の心には雷が落ちた。 (か、可愛すぎんだろーーーー!!) 画面越しに何十回も見た初登場シーン。 リアルで喰らうと破壊力が違った。 震える手。澄んだ瞳。隠しきれない不安と、それでも踏み出そうとする健気さ。 これだよ!!これが俺の推しだよレオおおおおおおお!!! ゲームの中では当時、彼は攻略対象ではなかった。 ただの“弟ポジ”で終わってしまった。だから俺は、ずっと彼を攻略したくてたまらなかった。 ……それが、続編でようやく攻略対象として追加された。 なのに俺は未プレイのまま死んでしまった。 予約特典も開封してない。 しかし今、その彼が目の前にいる。 転生最高。神、ありがとう。俺、初回プレイのつもりで、やれるだけやってみる。 そう誓ったあの日の俺は、まだ知らなかった―― この『ラストラビリンス』というゲームが、“攻略”を間違えると命がいくつあっても足りない、 ヤンデレバッドエンド製造機であるということを……。  *** レオがまだ少年だった頃のことは、あえて多くを語らない。 なぜなら俺の行動はただ一つ、“推しを全力で愛でる”、それだけだったからだ。 そう、まさに―― 「YES少年!NOタッチ!」 という強靭な精神性で構築された、“品行方正・健全極まりない推し活”の日々だった。 泣いていれば駆け寄り、困っていれば即対応。熱を出せば一晩中傍で看病し、レオが興味を持ったことには、全力で付き合った。 乗馬だろうが、狩猟訓練だろうが、弓の的当て勝負だろうが、王子の威厳はどこへやら、俺は嬉々として相手をした。 たとえそれが、「兄さん、今日も馬の手入れ、付き合ってくれますか?」という地味すぎる日課でも。 「兄さん、剣の構え、直してくれませんか?」という真面目すぎるお願いでも。 俺はただ、彼の笑顔が見たい一心でひざを折った。 そして、レオが笑えば―― 俺も自然と笑えた。嬉しくて、愛おしくて、幸せでたまらなかった。 ただの“異母弟”で終わらせない。 あの世界では果たせなかったその想いを、今世こそ実現させるんだと、そう強く思っていた。 この時の俺はまだ知らなかった。 レオの“攻略ルート”が、そんな生半可な覚悟で挑んでいいものではないということを……。 推し――いや、異母弟レオとの日々は、思っていた以上に楽しかった。 最初は「こんな可愛い子が攻略対象でいいのか!?」と戸惑うばかりだった俺も、いつしか彼の成長を見守ることが、なによりの喜びになっていた。 気づけば、俺は十九、レオは十八になっていた。 たった三年。けれどその三年で、あの儚げで頼りなかった少年は、確かに「男」になっていた。 背丈もほとんど変わらなかった俺を、いつの間にか追い越していた。 並んで歩くとき、肩が触れるたびに妙に意識してしまう。 冗談交じりに笑う声は低くなり、剣を持つ姿にも迷いはない。 一瞬一瞬が、まるで違う人間のように見える。 (……いつの間に、こんなに……) 焦りのような、名残惜しさのような、そして少しだけ寂しさの混じった感情が胸に浮かんだ。 でも、だからこそ―― あの頃の面影をふとした瞬間に垣間見ると、俺の中の“推し活魂”が燃え上がる。 たとえば、不意に見せる伏し目がちな仕草。 たとえば、笑った拍子に覗く八重歯。 たとえば、真面目に話している最中、ちょっとだけ耳が赤くなるところ。 (……これだよ、これがレオだ……!) 心臓を撃ち抜かれるような破壊力は、今も健在だった。 ああ、推しよ……なんと尊い……。 今も神棚に飾りたいぐらい、推せる……。 *** 書庫の扉が閉まる音がした。 視線を上げると、そこにはレオ。 いつもの儚げな雰囲気はどこへやら、どこか決意に満ちた表情をしていた。 (……これはもしや) 「兄さん」 「な、なんだい? 兄さんは今、読書に勤しんでるよ?」 自分でも苦しい言い訳だと思いながら、口を開いたその瞬間。 レオがスッと手を伸ばして、俺の手元から本を取り上げた。 「本なんかより、俺を見てくれない?」 まるで何気ない仕草のように見せて――けれど、その声には抗えない熱が滲んでいた。 指先が、わずかに震えていたのを見逃さなかった。 目も合わせないくせに、そんなことを言うのはずるい。 「レ、レオ……?」 「……兄さん、最近よく逃げるよね」 (いやいやいや、逃げてないって!推しが尊すぎて、直視出来ないだけなんですけど――!?) 「えっ、いや、そういうわけじゃ――」 「じゃあ、今も目をそらさないで」 ズイ、と。 わずかに前のめりになるレオ。 俺は咄嗟に椅子の背もたれに身体を預けた。 至近距離。 目と目が合うたび、心臓が跳ねる。 「俺、ずっと……兄さんに好かれたくて頑張ってきた」 「知ってるよ。レオは、昔から本当にいい子で――」 「……違う。弟としてじゃなくて、男として」 その言葉に、呼吸が止まった。 熱が、喉から胸へ、胸から全身へと広がる。 (あ、ヤバい。これはヤバい、ヤバすぎて死ぬ) 「やっぱり、俺のこと、男として見るの……無理?」 すごく切なそうな顔で言われて、俺は言葉を詰まらせた。 ああもう、ほんとずるい。こっちの心の準備なんて一切お構いなしだ。 「ちが……違うよ。ただ、びっくりしてるだけで……その、レオは俺の中で、すごく大事な存在で……」 「――じゃあ、俺に恋してよ」 「……こっ」 一瞬、本当に何かが止まった。 時間も、呼吸も、鼓動も、全部。 破壊力がエグすぎた……。 「俺はもう、兄さんが他の誰かに取られるのを想像するだけで……胸が痛いんだ」 「……」 「兄さんが誰かと結婚して、俺の知らない子どもに微笑んでるのとか……吐きそうになる」 笑顔のまま、平然とそんなことを言うなよ。 重い。怖い。けど……推し、愛おしい。推し。 「俺、もう止められないよ」 言いながら、レオは俺の手を取って、その逞しい胸元に、そっと押し当てた。 服越しでも伝わる熱と、しっかりとした筋肉の感触に、俺は息を呑む。 触れているのに、どちらの鼓動か分からないほど高鳴っている。 ――これは夢じゃない。 俺の推しは、現実で俺を落としにきている。 (……おお神よ、これはご褒美タイムですか? そうですか? そうですね? 二言は無いですね……?) 「……お、お、俺はレオのこと、す、すす、好きだ……よ……?」 言った、言ったよ俺は今、告白したんだ!!!! 緊張で手汗びっしょり、喉はカラッカラ。でも視線だけは、なんとかレオから外さずにいた。 レオは驚いたように瞬きをして――次の瞬間、破顔した。 「……うん、知ってた」 「へっ?」 「俺も兄さんが好きだよ。最初から、ずっと」 そう言って、レオはそっと俺の頬に手を添えて――。 唇が触れた。 柔らかくて、熱くて、ほんの一瞬で、でも心臓が爆発するほどの破壊力。 頭の中が真っ白になって、現実か夢かもわからなくなった。 だけど―― 目の前のレオは確かに俺を見て、笑っていた。恥ずかしそうに、でも嬉しそうに。 「……これからは“恋人”って呼んでもいい?」 「あ、ああ、もちろん!!うれ……し……っ、うわぁあああ!!」 顔から火が出そうだった。勢いのままレオを抱きしめると、彼の体温が確かに腕の中にあった。 (推しが、彼氏になった……これ、人生のピークでは!?) 空も晴れたし、鳥も鳴いたし、花も咲いた。 俺は今、世界一幸せな男だ。 ……そう。この時までは、本気で、そう思っていたんだ。 そして俺はまだ知らない。 この時、すでに“選ばされたルート”が、バッドエンド直行コースであることを―― 幸せ絶好調――。 推しであるレオと恋人になって、毎日が夢みたいだった。 朝は隣に彼の寝顔。昼は共に笑い合って、夜は……ああもう、思い出すだけで頬がゆるむ。 世界は光に満ちていた。 そう、思ってたんだ。 でも、その笑顔の裏で、何かが狂い始めていた。 レオは、急に不安定になった。 それまでは穏やかで聡く、たまに拗ねることはあっても、決して感情を大きく揺らすことはなかったのに。 最近は、突然泣き出すことがある。 ある日は俺の寝室に押しかけてきて、薄暗い部屋の中で言った。 「兄さん……俺のこと、捨てないで……」 そう言って縋りついてくる姿に、驚きよりも戸惑いが勝った。 (どうして……? レオ……) 慰めるとすぐに落ち着いたが、涙の跡を指で拭っても、どこか腑に落ちないものが残る。 (本当にこれは、レオとラブラブルートなのか……?) そう思いはじめた矢先だった。 あの夜。 いつもと同じようにベッドで語らい、キスを交わして―― 愛おしいぬくもりに包まれながら、俺は無防備に彼を抱きしめた。 なのに。 突然、腹部に走った、鈍い痛み。 「――っ、ぐ……!?」 全身から血の気が引く。 目を見開く俺を見下ろして、レオは、うっとりと微笑んでいた。 「……兄さん、愛してる。だから俺と一緒に死んで……?」 え、どうしてこうなった。 どうしてそんな、優しく微笑みながらそんなこと言うの? 押し倒された体勢のまま、俺の服ははだけ、腹元にはぬるりとした温もり。 赤く染まったレオの手が、俺の血に濡れていた。 「だって……兄さんが他の人に笑うの、耐えられないんだ。ずっと俺だけを見ててほしいのに」 その瞳は、愛おしさと憎しみ、寂しさと悦び、全ての感情がごちゃまぜになっていて―― (これが……推しの狂気かよ……) 頭が真っ白になる中、かすれる声で問いかけた。 「……レオ、どうして……?」 「ずっと、俺だけの、兄さんでいて……」 ――そう言って、レオはまた、優しく口付けてきた。 愛の深さが、理性を越えた瞬間だった。 俺は死んだ。 BAD END:狂愛 もう一度、言おう。どうしてこうなった。

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