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第2話 推しの弟に殺され続ける件②
俺の目的はただひとつ。
「前世で最推しの異母弟レオと、ラブラブハッピーエンドを迎えること」だった。
だが現実は、違った。
レオと出会い、共に過ごし、笑い合い、やがて惹かれ合う、まるで“運命”のような、二人だけのラブストーリーを、この手で築いてきたはずだった。
なのに、どうして。
……俺は、殺された。
気がつくと、そこには――また16歳の俺がいた。
俺は、何度もこの世界を繰り返している。
最初のループでは、無我夢中で愛を伝えた。
第二のループでは、信頼を積み重ねてから手を取り合った。
三度目には、あえて一歩引いて、大人の包容力で包み込んでみた。
でも――結末は、いつも同じだった。
「兄さん、愛してるよ……」
そう言って、レオは俺を殺す。
腹に刺さる、ぬるりとした痛み。
背筋を這い上がるような、どす黒い情熱。
「……だから、一緒に死んで……?」
泣いていた。レオは。
この世で一番愛おしいものを抱き締めるように、俺を貫いた。
悪夢のような終わり。それが“レオEND”。
「何がダメだったのか」
そう思って、次の周回から俺は検証を始めた。
目が覚めると、見慣れた天井があった。
――来た。4周目だ。
胸の奥に残る、レオに殺されたときの痛みと記憶が、現実のように鮮明によみがえる。
(今までは溺愛しすぎた。だから今回は……兄として、ちゃんと距離を取る)
そう決めた。
推しだからといって甘やかしすぎるのはもう終わりだ。彼の自立と精神の安定のためにも、俺はひとりの兄として節度を持って接する。
でも、心の中は常にフルスロットルだった。
「……レオといいます。よろしくお願いします……」
(ああ……やっぱり、この出会いの瞬間は胸を撃ち抜かれる……!)
いかん。今回は平静を保たなければいけない。
「……よろしく」
俺は短く答え、視線を落とした。あえて深く見つめすぎないように、自分に言い聞かせる。
初めて出会った時のあの無垢な瞳、愛らしい笑顔が脳裏に浮かぶたびに胸が締め付けられそうになるが、今回は兄としての役割を全うするのだ。
日々の会話は必要最低限に、無理に距離を詰めることは避けた。
ただ、朝食だけは一緒にとることにした。無言の食卓で、レオが好きなパンを黙って差し出し、彼の隣に座る。
「体調はどうだ?」と、声をかけると、レオは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑んだ。
「大丈夫です、ありがとう兄さん」
その一言に胸が熱くなったが、感情を抑え、穏やかな声で続ける。
「無理はするなよ。何かあったらすぐ言え」
兄としての責任と、推しとしての愛情の間で揺れる心を抱えながらも、俺はレオの成長と自立を見守る決意を新たにした。
付かず離れず、ただ見守るだけの日々。
兄として、それが正しい距離だと信じてきた。
しかし――
「……やっぱり、今日のレオは最高だった……」
木陰に身を潜めながら、俺は思わず感嘆の吐息を漏らす。
栗毛の馬に跨がるレオの姿は、まさに“絵画”。いや、もはや芸術だ。
軽やかにたなびく漆黒の髪。無駄のない動き。乗馬訓練に集中するその真剣な眼差し。
ひとつひとつの所作が、俺の脳内に自動保存されていく――それはもう、高画質で。
(やばい……。また脳内のレオフォルダが圧迫されてきた……)
心の中で合掌する。
推しの姿を拝むだけで寿命が延びるこの感覚、かつて誰が想像しただろうか。俺は今、誰よりも“正しいヲタ活”をしている。
すると、ふいにそのレオが、視線をこちらに向けた。
「……兄さん? そんなところでどうしたんですか?」
ハッとして、レオの声に正気を取り戻す。
「っ、な、なんでもないよ。ただ……馬の扱いがずいぶん上手いなって感心してたんだ」
「……そうですか?」
レオが少し困ったようにこちらを見る。
ああ、その小首をかしげる仕草ひとつでまた脳内フォルダが増えた……。
(駄目だ……! 前回の反省から、今回は“見守るだけ”って決めたのに……ッ!)
「……寒くなってきた。風邪ひくなよ。じゃ、俺は先に戻る」
そう言って、早足でその場を離れる。
これ以上一緒にいたら、また抑えがきかなくなってしまう――俺の“推し”への愛が。
けれど、背後からかすかに届いたレオの声は、どこか寂しげだった。
「……兄さん。俺はいったい、どうしたらいいんですか……?」
心臓を撃ち抜かれたような気がした。
だが、俺は振り返らない。ただ、そっと胸の奥で呟く。
(ごめん、レオ……。これは君とのラブラブルートフラグを立てるための“適切な距離”なんだ)
その夜。
メイドさんが整えてくれたベッドに、俺は深く身体を沈めた。清潔なシーツの感触が心地よいはずなのに、胸の内はざわついたままだ。
「はぁ……愛でて、撫でて、愛を叫びたいのに……できないって、辛いな……」
吐き出した声は、部屋の静寂に溶けていく。
感情を殺し、兄としての適切な距離を保とうと決めたその日から、ずっとこのもどかしさと戦い続けていた。
そんなとき、控えめに、部屋の扉が二度、ノックされた。
「……兄さん、レオです」
胸が跳ねた。
思考が一瞬止まり、脳内の警報が鳴り響く。
(へ!? レ、レオ……? こんな時間に?)
慌ててベッドから跳ね起き、整えた髪がぐしゃぐしゃになるのも構わず正座する。
「は、入っていいよ……?」
我ながら、情けないほどに上ずった声。
落ち着け、俺。兄として冷静に――いや無理だろ、推しだぞ!?
扉が静かに開き、月明かりに照らされたその姿に、俺は思わず息を呑んだ。
レオはシルクのルームローブを羽織っただけの格好だった。
胸元は緩く開き、逞しく鍛えられた胸板と、白く滑らかな喉元があらわになっている。
ズボンは柔らかな素材のものだが、素足のままなのか、床に足をつけるたび小さく衣擦れの音が鳴った。
(な、なんだその格好……!!)
そんな姿で夜中に兄の部屋を訪れるとか、どういう精神状態だ俺は試されているのか?
「夜分遅くにすみません。少し……話せますか?」
低く抑えた声音に、妙な圧を感じた。
言葉そのものは穏やかだというのに、レオの瞳には何かを決意したような硬さが宿っている。
俺は喉が詰まりそうになりながらも、こくりと頷いた。
すると、レオは一歩だけ中に入って――ふと、俺の姿を見て目を瞬いた。
「……なぜ、正座を?」
(え!? そっち!?)
「……あ、いや……寝る前に、ちょっとだけお祈りをしてたんだよ、ふふ……」
「お祈り」
「……うん。今日もレオが健康で、平和な一日を過ごせました、っ……ますようにって……」
(あっぶな!? 本音出かけた!!)
レオは一瞬、黙ったまま俺を見つめていた。
そして、ほんのわずかに頬を紅く染め――それをすぐにかき消すように、微笑んだ。
「兄さんは、いつも俺のことを見てますね」
「……えっ、そ、そうだった……かな?」
「今日も、乗馬訓練の時。遠くの木陰から、手を合わせて拝んでました」
「!!?」
(見られてたーーーーー!?)
「食堂でも、稽古場でも、馬場でも。……遠くから見つめてるだけで、話しかけてもこない。なのに、目はずっと俺を追っている」
「そ、それは……兄としてレオが心配だからだよ……?」
「兄として?」
レオの声に、わずかな熱が混じる。
その目が、俺を射抜くようにまっすぐ向けられていることに気づき、息を呑む。
「本当に……そう、思ってるんですか?」
じり、と。
レオが身を乗り出し、俺との距離を一歩ずつ詰めてくる。
その気配に、俺は反射的に布団の端へ逃げるが、ベッドの上では逃げ場が少ない。
「兄さんは、俺のことを……どう思ってるんですか?」
「ど、どうって――」
(好きだよ!? 好きに決まってるよ!? でも君に刺されちゃうから言えないんだよ……!?)
レオの声は穏やかだった。だが、その奥にある熱情は、静かに煮え立つ鍋のように危うく、底知れなかった。
その瞳が、俺の動揺を捉えて離さない。
何もかも見透かされている気がして、言葉が詰まる。
(まずい……このままだと――)
「兄さん」
レオがそっと手を伸ばし、俺の手首に触れた。
その指先は温かく、力強い。
「俺のこと、見て。ちゃんと、今の俺を見て」
低く囁くような声とともに、レオは一気に距離を詰めてくる。
気づけば、彼の影が俺を覆っていた。
(だめだ、ここで流されては――)
そう思った瞬間。
「兄さん……」
レオが切なげにそう呟くと、ふいに俺の肩を押し倒すようにして、唇を塞いできた。
驚きで目を見開くも、すぐに閉じた。
拒むべきだとわかっていたのに、どうしても、その温度から逃れられなかった。
レオの手が俺の頬を優しく撫でる。
その触れ方が、懐かしくて、愛しくて――俺の理性を一瞬で溶かした。
(ああ、こんなにも……レオが、好きなんだ)
抗おうとしたはずの腕が、彼の背中に回る。
決壊したのは距離ではなく、俺の心だった。
――俺はまた、同じ道を辿ろうとしている。
その予感に、胸が軋む。
だが、それでもレオを抱きしめてしまったことに、後悔などあるはずもなかった。
そのとき、彼がふと囁いた。
「……やっぱり、兄さんは……俺の兄さんだ」
その言葉の意味を、俺は知らなかった。
ただ――やけに切実な響きだけが、胸に残った。
夜はまだ深く、静寂に包まれている。
まるで、何かの終わりを告げる前の、静けさのように。
ああ、やはりあの時、抵抗するべきだったのだろうか……。
兄として適切な距離を保てなかったせいで、レオは……。
気がつけば、俺はベッドの上に仰向けにされ、柔らかな布のようなもので手足を縛られていた。
口にも何かが押し込まれていて、声すら出せない。
(これは……一体……?)
ただ、薄暗い部屋の中、近づいてくる足音が一つ――。
俺を見下ろす白銀の瞳だけが、やけに澄んでいた。
声を出そうとしても、声にならない。
喉が焼けつくように熱くて、息すら苦しいのに、ただ俺は――
涙に滲んだ視界の中、レオの姿を捉えた。
ゆっくりと、静かに近づいてくる。
その足取りには、もはや迷いも躊躇いもなかった。
「兄さん……」
囁くような声だった。
ベッドに覆いかぶさるように身を乗り出し、レオは俺の頬を撫でる。
指先は震えていない。
代わりに、瞳が熱を帯びていた――狂おしいほどの執着と、歓喜の色に。
「……涙、綺麗だね。兄さん、今の顔……ずっと見ていたい」
俺の頬に伝った涙を、レオの舌がそっと掬う。
それは優しさではなかった。
どこか熱に浮かされたように、レオは俺の顔を見下ろして――うっとりと微笑む。
「やっと、わかったんだ。俺の兄さんを、本当に“俺のもの”にする方法」
(やめろ……やめろ……!)
叫びたかった。抗いたかった。
でも身体は縛られ、喉には布が詰められている。
手足はまるで杭に打たれたように動かず、身体は冷え、意識だけが鮮明だった。
「大丈夫、痛くしないよ。……少しだけ、我慢してね」
レオがポケットから何かを取り出す。
小さな銀の針のようなものだった。
嫌な予感が背筋を這い、身体が本能的に震える。
「……兄さん、愛してるよ。だから、その綺麗なままで――剥製にしてあげるね」
瞬間、鋭い痛みが首筋を刺した。
針が皮膚を貫く感触と共に、なにか熱い液体が体内に流れ込んでくる――
いや、違う。
これは、俺の中から“抜けていく”感覚だ。
「ずっと傍に置いて、誰にも渡さない。……俺だけの宝物にするんだ」
(ああ……まただ……)
視界がぐらりと傾き、世界の色が褪せていく。
最後に見たのは――
俺の髪を、まるで小動物に触れるような手つきで撫でるレオの姿だった。
その顔は、どこまでも幸福そうで、愛しさに満ちていて……
けれど、恐ろしいほどに狂っていた。
俺は、また――死んだ。
BAD END:剥製
何度でも言う。どうしてこうなった。
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