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恋人はツンデレ(デレ抜き) 1
「美味しいけど確かに甘い。けど美味しい。本当に全部飲んじゃっていいの?」
桃とホイップとホワイトチョコの甘みに春の匂いを感じながら、唇を舐めて問う。
目の前の相手、同期で友達のミャーは、小さく笑って軽く手を振った。
ミャーが最初に頼んだ新作の白桃フラペチーノは思ったよりも甘かったらしく、写真を撮った後俺の元へと回ってきた。だから俺は自分のココアとフラペチーノを並べて飲み、ミャーは新たに頼んだいつものアールグレイを飲んでいる。
「いいよ。蛍 の食べてる顔が可愛いから買って正解だった」
「それって正解なの? 俺は美味しいからいいけど」
ミャーは老若男女みんなに好かれる人で、こういう褒め言葉が上手い。フラペチーノを食べてる顔が可愛いとは、また特殊な褒め方だ。
もはやからかわれているんじゃないかと首を傾げながらも桃の果肉を口にする俺は、月夜見 蛍。職業モデル。
本来ならカロリーを摂りすぎるのは良くない職業ではあるけれど、今のところなにをどれだけ食べても太らない体質のおかげでこういうものも遠慮なく食べられる。
昔は食べても肉がつかず身長が伸びるだけの体にコンプレックスを抱いていたけれど、モデルになれたおかげでだいぶポジティブに考えられるようになった。
そんなわけで仕事終わりは大抵スタジオ近くのカフェで情報交換という名のお茶とお喋りをする。打ち上げでないのはミャーの方にまだ仕事があるから。
「で、蛍は本当に例のオーディション受けないの?」
カップを傾けながら何気ない様子を装って聞かれるのは何度目かの質問。
ミャーは事務所からオーディションの話が出てからずっと俺にその件を持ち掛けてくる。
「俺が受かるわけないし受けないよ。ミャーは受けるんでしょ?」
「そりゃせっかくのチャンスだし」
「俺が応援しなくてもミャーなら絶対受かるもんね」
ミャーはその見た目からわかる通り、アルファらしいアルファだ。
日中 美也 、通称ミャー。
ちょっと目つきは鋭すぎるところがあるけれど、それさえも魅力的に見える甘いマスクと高身長。身長は数センチしか変わらずとも体の厚みが俺とはまったく違う頼もしさで、どんなブランドも着こなすしっかりした体躯は羨ましい限り。特に今はオレンジっぽい派手な髪を後ろで結んでいて、迫力も十分。わかりやすくモテるアルファの彼が本気を出せば、今回のオーディションだって受かるだろう。
むしろ身長だけ伸びたオメガの俺と仲良くしてるのが不思議なくらいだ。
……そう。俺の首に着けている白い首輪を見ればわかる通り、俺の第2の性はオメガだ。
一般的にはあまり大きく育たず、ヒートと呼ばれる一週間程度の発情期には誰彼構わず誘惑するフェロモンを放ち、男でも妊娠できるという厄介な体質を持つ。
ただ俺は成長期で身長が伸びた後にオメガとしての性質が表に出たため、オメガとしては背が高いしヒートも薬で抑えられるから首輪がなければわかられないくらい。そうじゃなきゃアルファだらけの業界で働くのは難しい。
とはいえやはりアルファの迫力には敵わないし、モデルとしてはそこそこの実力だということはちゃんと理解している。
「受かるわけない、ねぇ。てか、受けない本当の理由はどうせアイツだろ?」
「うーん、まあね。もし万が一受かったら海外でしょ? そんな長い間朝生 くんと離れるの嫌だもん」
「"朝生くん"、ね」
名前を口にしたで自分の顔がほころぶのを感じる。
朝生くん。朝生凌太 は、俺の大好きな恋人で同棲相手。
「HINEMOSU(ヒネモス)」というバンドのボーカル兼ギターで、歌が上手くてクールで色気があってとんでもなくかっこいいアルファ。
意志の強そうな眉としっかりした鼻、力強くも甘い垂れ目に唇は厚めで、口元のほくろがとてもセクシー。思い浮かべただけでニヤニヤできるし、朝生くんのことならいくらでも語れるほど魅力に溢れた男。
「だってさぁ、この前のライブの時に染めた銀髪が毎日新鮮にかっこよくてさー。そりゃあ男前だからどんな髪型でもどんな色でも似合うけど、あの色が似合うのはやっぱ朝生くんが天才的にかっこいいからだと思うんだよ。それが毎日見られるのに、海外なんて行ったら」
「いない間に浮気されるかもしれないしな」
お互い一応人気商売であるから付き合いは公にしていない。その分、俺たちの関係を知っているミャーには普段できないノロケ話をできるから、いつもついつい語りすぎてしまう。
それを遮るように頬杖をついたミャーにつっこまれ、ぐっと喉が詰まった。
「う、浮気なんかしないよ。隠れてコソコソする人じゃないし」
誰か相手ができたら浮気なんてせずにすぐに俺と別れるだろう。俺に隠す意味なんてないんだし、そういうことははっきり言う人だ。
長い付き合いのミャーには色々打ち明けているから、そういう性格だと知っているくせに。
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