「でもしょっちゅう朝まで帰って来ないんだろ？」 「それはライブの打ち上げとか付き合いとかあるし、いつも朝にはちゃんと帰ってきてるから」 「そのライブとやらも、蛍は禁止令出てるんだから本当に打ち上げかわかんないでしょ」 「……それは、俺背高いし、いると目立つからって」 　色々話過ぎているせいで、痛いところを突かれまくってむせそう。 　お酒の匂いをさせる頻繁な朝帰りも、ライブ禁止令も今に始まったことじゃない。 　プロのミュージシャンとして忙しく働いているんだ。俺の知らない知り合いもたくさんいるし、俺の身長が高くて女性の多いライブ会場では邪魔になるのも事実。 　だけどそうやって並べ立てられると、なにかやましいことを隠しているみたいに聞こえてしまう。 　朝生くんとは長年の付き合いだし、元々モテる人だから付き合いが多いのだって知っていておかしくは思っていない。一緒に住んでいるんだ。それぐらいの信頼はある。 「でも、俺だったらこーんな美人、番にしないで放っとかないけどな？」 　ミャーが手を伸ばして突いてきたのは、俺の白い首輪。番のいないオメガが、自衛のためにする保護器具。昔朝生くんにもらった、俺のお守り。 　アルファとオメガのカップルなら、二十代前半でも番になっている人たちは大勢いる。番になれば全方向に無節操にフェロモンを放つヒートは治まり、パートナーだけに向けられるようになる。そうすれば危ない思いをすることも減るし、なにより番相手がいるという絶対的な安心感が生まれる。首輪だってしなくていい。 　出会ったばかりですぐに番になる人もいるから、それはお互いの相性の問題なんだろう。 　そしてそれを言われると、俺はただ俯くしかない。だって、俺はまだ首輪を外せていない。 「……俺のこと、大事だから噛まないって」 「俺だったら心配だしソッコー噛むけどな。そうじゃないとアルファだらけの業界に放り出せないだろ。いつどこでなにがあるのかわからないんだし」 　朝生くんは俺を噛まない。だから俺たちはまだ番じゃない。何度か聞いたけど、曖昧に誤魔化されたから本当の理由は知らない。わからないからこそ、深く考えると暗くなりそうであまり考えないようにしている。 「そこはほら、俺ってオメガらしくないからそんな心配してないんじゃないかな」 「蛍可愛いし、俺ならめちゃくちゃ心配だけど」 「ははは、そんなこと言ってくれんのミャーだけだよ」 　身長180センチのオメガなんていう存在、普通はオメガとして見ないし、そう扱わない。なぜなら普通のオメガはここまで身長は伸びないし、もっと華奢で可愛らしくて守りたくなる要望をしている。アルファの中に放り込んだら、それこそ狼とウサギだ。 　だからこそ、そうでない俺は物珍しくてこの業界に居られるんだ。それでもアルファのミャーから見れば俺みたいなものでも可愛いものなのかと苦く笑う。 　心配はしていないんだと思う。俺はずっと朝生くん一筋だし、ヒートも薬で抑制できている上になにかあっても身長が高い分普通よりかは安心な見た目をしているから。一般的ない心配の対象には当たらないんだろう。 　もちろん俺はずっと待ち望んでいるけれど、朝生くんにその気がないならしょうがないという諦めの気持ちの方が大きい。俺一人でどうにかなる問題ではないんだから。 「で、その大好きな相手との同棲記念日の今日、なんで仕事も終わったのに家に帰らずこんなとこで時間潰してんだっけ？」 「……ミャーのいじわる」 　どうやらここに繋げたかったらしく、頬杖をついて俺を見やるミャーを軽く睨む。普段俺が朝生くんの話をしまくることに対しての仕返しだろうか。 　ココアの方を一口飲み込んで、息を吐いてからまっすぐミャーへ視線を向けた。 「連絡するまで帰ってくんなって言われたから、それまで時間潰し付き合ってって言ったじゃん」 「えーだって言うか？　普通。恋人に向かって、記念日に帰ってくんなって」 「あくまで『連絡するまで』帰るな、だよ。全然意味違うから」 「夜まで連絡来なかったら？　誰か連れ込んでるって心配になんないの？」 「ないよ。朝生くん部屋に人呼びたがらないし。あ、ほらもしかしたらパーティーの準備かもしれないじゃん？　ケーキとかクラッカーとか買ってくれちゃったりして」 「本当に思ってる？」 　万が一の可能性だってないわけじゃない。なにかしら祝う準備をしていて、俺に見られたくないから用意が終わるまで帰って来ないようにと言いたかったのかも。 　そんな妄想も、ミャーのつっこみであえなく霧散する。俺が今いるのは夢の中ではなく現実だ。 「……曲作りに専念したいのかな」 　普通に考えてそんなところだろう。 　締め切りがあるのかもしれないし、思いついた曲を作ってしまいたいのかもしれない。仕事の話はお互い突っ込んで話さないから、詳しいことはわからない。 　むしろ今日が記念日だと騒いでいるのは俺だけで、朝生くんはなんとも思っていない可能性の方が強い。