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ファーストアタック③
雪弥は生徒会室の隅でホッと胸を撫でおろしている坊主頭に声をかけた。
「で、秀人、これで用は済んだか?」
細川秀人(ほそかわ ひでと)、現生徒会長だ。
秀人は大病院の息子で、理数的直観力にも論理的思考力にも優れている。がっちりした体格にジャストサイズの制服を着込んでいるさまは、いかにも生真面目そうで、醸し出される朴訥さに、どんな相手でも信頼を勝ち得てしまう。今一つ、消極的なところが玉に瑕だった。
(しかし、俺たちが去れば積極的にならざるを得ないだろう)
雪弥はそう思いながら秀人を見守っている。
秀人は、ホッとした顔で由紀也にはにかんできた。
「藤堂先輩のお陰で、助かりました。大山さんを取り扱えるのは、藤堂先輩くらいのものですよ」
しゃちほこ張った顔が、雪弥に向けては照れたようにフニャリと崩れるのだから、雪弥もこの後輩が可愛くて仕方がない。
(俺じゃなくて、天陽のお陰だけどな)
天陽はさっそくスマホで送金している。
「生徒会の口座に送っとくな」
天陽に金を出させてしまったが、雪弥は天陽に、むしろ、稼がせてやると思っている。
(金満体質の天陽なら、融資金は利息をつけて戻ってくるに違いない。それに天陽にとっては百万ぽっち、どうでもいいだろ)
そこへまだ声変りしていない甲高い声が上がった。
「ていうか、藤堂さんのお陰じゃなくて、どっちかっていうと天王寺さんのお陰ですよね」
先ほどから雪弥に不満の目を向けていた一年の副会長、久能琢磨(くのう たくま)である。
副会長は一年と二年に一人ずついるが、一年の副会長は次年度の会長と決まっているために、琢磨は次期生徒会長でもある。
なお生徒会は一年で最初の校内試験得点順に決まることが慣例となっているために、生徒会には学園の頭脳が集まっている。
琢磨にはまだ頬に幼さが残っている。まだ子どもであるために威勢がよすぎるのだ。
何かと雪弥に突っかかってくるが、雪弥の方では意に介すこともない。琢磨にとっては、そういうところがますます気に食わないらしい。
雪弥は「おや?」と初めてその存在に気が付いたように顔を向けた。優雅に眉をひそめて、やっと琢磨を認識したかのように視界に入れる。
「タクヤくんだっけ? その通りだよ。天陽の財力で解決したんだ。きみも役員として感謝したまえ、天兄に」
雪弥は笑みを浮かべてそう言った。敵意をむき出しにして突っかかってくるこの後輩もまた可愛いのだ。
琢磨は火を噴いたように顔を真っ赤にした。
「た、タクマですっ! 切磋琢磨の琢磨です! 天王寺さんの金を当てにしなけりゃ、あなたも大山さんを追っ払えなかったはずです。そうでしょ?」
そんな琢磨の頭を天陽が平手でぐしゃぐしゃと押さえつけた。
「琢磨ァ、こぉーらー。追っ払うってな、大先輩に向かって、その言い方は駄目だろぉ?」
琢磨は天陽の従弟である。色素の薄い茶色の目と髪はそっくりだが、他はあんまり似ていない。
天陽はいかにも育ちの良さそうな坊ちゃんだが、琢磨には今一つ余裕のないところがある。本家の天陽と分家の琢磨とでは、育ちの違いがあるのかもしれなかった。
「でも、実際そうでしょ。金で解決しただけでしょ、この人」
「琢磨ァ、世の中の問題の99%は金で解決してんだよ」
「しかも、自分の金じゃなくて他人の金でしょ」
「俺の金だから良いだろ」
「でも、それって親からもらった金でしょ?」
「そうだよ? 親からもらったものを俺が使って何が悪い」
「結局、天兄は藤堂さんに利用されてるだけじゃないですか。生徒会でもそうでしょ。目立つところは藤堂さんがやって、天兄は裏方で。それにどうして、天兄が副会長で、その人が会長なんですか」
「うるせえ、俺は雪弥よりも点数が低かったの。それだけだ」
「何にせよ、藤堂さんはズルいってことですよ。周りを自分に都合の良いように利用して、自分を良く見せてる」
「お前なあ、それ以上言うと」
天陽が琢磨に言いかけたところで雪弥が天陽の肩に手を置いた。
「タクヤくんも、俺を見習って、周囲を利用すればいい。そうしたら俺のように『良く見える』だろうから」
雪弥はそう言い残して生徒会室を去った。
その後ろを天陽が追いかけてきて、ドアがバタリと閉まる音が聞こえてきた。
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