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ファーストアタック⑤
玄関口についたところで、雪弥のスマホが震え出した。着信だ。取り出してみれば、秀人からだった。
(忘れ物か? にしてもわざわざ通話?)
画面を押せば、秀人の狼狽した声が聞こえてきた。
『妙なことが起きました。生徒会室に戻ってきてくれますか』
「何だ?」
『とにかく来てくださいますか』
秀人らしくなく説明は要領を得ない。
スマホから声が漏れていたらしく、天陽と目が合った。
(ちっ、面倒くせえな)
内心で舌打ちする雪輪の傍らで、天陽がキュッとシューズの底を鳴らして、生徒会室に向かっていく。
こういうときに、咄嗟に人間性が出るもので、災害時に人助けができるのは、天陽のような人だと雪弥は思う。
*
生徒会室に入った途端、その場に集った十名ほどの生徒会のメンバーに、雪弥は妙な注目のされ方をしているのを感じた。
大抵視線を浴びている雪弥だが、その視線にいつもの尊敬やら憧れ以外のものが混じっているのを感じ取る。
一言で言えば『好奇』の目に晒されている。
(何かあったのか?)
メンバーの一人一人を見返すと、誰もが目を逸らした後、そわそわもじもじと雪弥を見つめてくる。
(何だ、気持ち悪ィ)
秀人が一枚の写真を渡してきた。写真にはマスキングテープがついている。
雪弥が写っていた。
「なっ」
天陽が雪弥の背後で声を上げた。天陽が声を上げるのも無理なかった。それは、到底、目も向けられないような写真だった。
そこには雪弥の情事が暴かれていた。局部こそ写っていないが、全裸で目を閉じ快楽にあえいでいる。
普段はほとんど無表情かきれいな笑みをはりつかせているために、隙のある雪弥の顔はひどく艶めかしい。
そして、驚くことに、雪弥の背後には男性がいた。つまり、雪弥は男性に抱かれているのだ。
それが雪弥を見る目を常とは違う異様なものにしている。
「これが、ドアの内側に貼ってあったんです」
秀人までもがうっすらと頬を染めて雪弥に遠慮がちに言ってきた。しかし、その声音には怒りがこもっている。どんな写真だろうと他人の写真を勝手に人目につくところに貼り出すのはマナー違反だ。
しかも、このようなプライベート写真を貼り出すのは。
「いつだ?」
「お二人が出ていかれて、貼ってあるのに気づきました」
「どんなふうに?」
「えっと」
秀人が写真を受け取ると、雪弥の裸体を見ないようにして、マスキングテープでドアに貼った。
無機質の白いドアに貼られると余計に卑猥に見える。生徒会のメンバーが気まずそうにしながらも、雪弥と写真とを交互に眺めている。
「もういいだろ!」
天陽が見かねたように写真を剥がして雪弥に渡し、背中で雪弥を無遠慮な視線から隠した。
甲高い声が上がる。
「藤堂さんって、そっち側だったんですね」
声変りを迎えていない声の主は琢磨だ。
「何が言いたい?」
ムッとした顔を向けると、琢磨は明らかにこの状況を楽しむような顔つきになっている。
先ほどまでは思春期の少年らしく顔を赤らめていたのに、雪弥がさほどダメージを受けていないらしいことを見て取ると、雪弥に追い打ちをかけることにしたようだ。
「藤堂さんが男に抱かれて悦ぶ側だってことですよ」
琢磨は自分で言っておきながら、自分の言葉に反応して顔を赤く染めた。
それは途端に周囲に伝染し、生徒会のメンバーがうろたえながら顔を赤くしていく。
急に室温が2、3度高くなった。
『雪弥が男に抱かれる』
周囲の雪弥を見る目が色を変えた瞬間だった。
それは、衝撃的だった。この学校にトップαが、男に犯され悦んでいる。そのことに戸惑い、呆れ、そして、それを上回るものがその場に居合わせた生徒らに漂い始めている。
それは情欲だった。
雪弥は紛れもないαだ。背も高い方で、全身に程よい筋肉がついている。街を歩けば女もΩもひそかに熱のこもる目で見て、その端正な顔で何かを喋りかけられると、うっとりとため息をつく。
どう見ても抱く側だ。
それが抱かれる側だったとは。
つんと澄まして今も顔色一つ変えずに冷たい横顔の雪弥は、誰かに凌辱されているのか。
圧倒的に強い存在の雪弥が、組み伏せられ、息を乱され、誰にも見せたことのないような隠微な表情で喘いでいるのか。そして、これは、そのシーンを切り取った写真。
いざ想像してみるととめどない興奮に襲われてしまう。
――藤堂先輩は、男に抱かれてしどけない姿をさらしているのか。
生徒会にはαが多い。ここにいる十名ほどの生徒も半分以上がαだ。雪弥を自由にできるものがいる、それはαの支配欲を掻き立てる。
――俺も藤堂先輩を征服、してみたい。
まだ未発達なαの熱を孕んだ威圧が雪弥にまとわりついてきた。未発達なだけに暴走したように雪弥に絡みついてくる。
先を競うように雪弥に向かってくる『欲情』フェロモンのこもる威圧。
「俺をそういう目で見るのはやめろっ」
雪弥はそれを自分の威圧で跳ねのけた。未発達とはいえ十人以上のαの威圧を一撃では跳ねのけることができずに、効果的な一喝とはならなかった。
すかさず天陽が雪弥に同調して放った威圧でピリピリと空気が揺れる。生徒会のメンバーはハッと我に返る。
「いい加減にしろっ」
天陽が琢磨の頭をパシッとはたいた。
「誰がやった? 状況的にお前らか、文実の奴らだろ。お前か?」
天陽が琢磨に詰め寄った。
雪弥たちがやってきたときには生徒会室のドアは閉まっていた。
つまりドアの内側は室内からは丸見えで、そこに写真があれば誰かが気付く。雪弥がドアを室内側に押して入り、それ以後、ドアは開けっ放しになっていた。つまりドアの内側は壁に向き合い、見えなくなる。
そして、雪弥と天陽が出て閉めたのちに、内側に貼っていた写真が明らかになった。ということであれば、そのときに室内にいた者、つまり、生徒会か文実の生徒の誰かがやったことになる。
「天兄、考えてもみてよ。こんな写真、誰でも撮れるわけないじゃん。藤堂先輩なら犯人がわかるでしょ」
天陽が琢磨の意図を読み取って、雪弥に顔を向けた。雪弥が痴態を見せた相手にしか、この写真は撮れないのだ、それならば、その相手がこの写真を貼ったと考えるのも当然だ。
「雪弥、思い当たる相手は誰だ? あ、いや、駄目だ。言うな。言わなくていい。ここから先は雪弥のプライバシーだ。いいか、みんな見たことは忘れろよ。雪弥、帰るぞ」
天陽も混乱しているようだ。ごしごしと頭を掻くと、もう片手で雪弥の腕を引っ張って生徒会室を出ようとする。
その腕を雪弥はふりほどいた。
「待て。これは俺じゃない」
「え?」
「これはコラか生成画像だ。とにかく、これは俺じゃない」
「えっ、そ、そうなの?」
「俺がこんなことするはずない。そんなのお前ならわかるだろ、四六時中一緒にいるのに」
天陽は雪弥の手から写真を奪うと、あらためた。
「あ、まあ、そうだな。確かにこれは雪弥の体じゃねえな。左胸の下のほくろがない」
長年のルームメートならではの天陽の台詞だった。
しかし、生徒らは納得するよりも、写真の裏側を凝視していた。
写真の裏側には赤い文字で『Victim』と書かれていた。
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