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Ω狩り②
生徒らは余興が始まったとばかりに、ニヤニヤしていた。口笛を鳴らす生徒もいる。
ドアには紙袋を被った生徒が門番のように立っている。中には出ていきたがる生徒もいたが、門番に腕をすりすりされて引き留められている。
(ここから逃げなきゃ)
雪弥の中で警告音が鳴る。
天陽の腕を引っ張って目配せする。天陽は雪弥の意図に気付いて雪弥とともに出口に向かおうとするが、人壁に遮られる。
「なにこれ、演劇?」
生徒から質問が飛んだ。ハム太郎が答える。
「イッツショータイム! ここは、現実。しかし、現実にはあり得ない世界。我々は異世界に紛れ込んでいるのです」
「異世界きてんね!」
はやす声に応えるようにハム太郎は言う。
「魔女狩り、鬼狩り、そして、Ω狩りの世界へようこそ」
雪弥の嫌な予感は的中した。暴行を受けた夜を思い出す。脂汗がにじんでくる。
天陽は静かに威圧を放ちながら雪弥を伴って出口へと移動を始めた。目立たないように身をひそめるようにして移動する。
「ガリガリ君も忘れないで!」
ドッと笑いが起きる。一方で、生徒らの一部が顔を見合わせ始めている。
「Ω狩り? 何かやばくない?」
「どーなんの、これ」
『この学園にΩが紛れ込んでいる』『それは藤堂雪弥である』との噂を否定しきれないでいる一部の生徒らだ。
もっとも、ほとんどの生徒は、毎度のデマだと思っている。
体育館内はお気楽ムードで覆われている。そのムードに、ぽつぽつと穴が開いたところに一部の生徒らの動揺が起きている。
「大丈夫かな?」
「Ωが本当に紛れていたらやばくない?」
ハム太郎は高らかに声を上げた。
「もしも、この異世界にΩが紛れ込んでいるとしたら? Ωを排除しないと通常の世界に戻らないとしたら?」
(余興に見せかけて、俺がΩだと暴き立てるつもりか? しかし、どうやって? 証拠なんかないぞ)
α、β、Ωには外見上の特徴は性器以外にはない。ただし、性的興奮したとき以外は。
まさかこの集団で雪弥をそんな状態にさせることもできないだろう。
『排除』の言葉に雪弥は背中を強張らせた。天陽が肩をぎゅっと抱いてきた。もう出口まで数メートルのところだ。
門番は愉快な身振り手振りで、出たがる生徒を言葉巧みにかわしている。
「もうすぐすごいショーが始まるんですよ?」
「あと5分、5分もすればすごいことがご覧になれます」
ハム太郎は壇上で朗々とした声を出す。
「そのΩに私たちの誰かが巻き込まれたら? そのΩのせいで私たちの誰かの人生が狂ったら? Ωのせいでこの学園で事件が起きたら?」
ハム太郎の言葉は雪弥に響く。
(俺のせいで誰かの人生が狂ったら? 俺のせいで天陽の人生が狂ったら?)
それは雪弥がいつも抱えている迷いだ。
天陽に迷惑をかけ続けてもいいのか、という。いつまでもここにいていいのか、という。
ハム太郎は言葉を溜めてから一気に放った。
「だだだ大惨事ですね! みなさんにもだだだ大迷惑です!」
声が飛ぶ。
「Ωなんかいねえよ、帰れ!」
しかし、その声に続く者はいなかった。黙り込んで事の次第を見守る生徒が増えていく。
最初は無邪気にコールを飛ばしていた生徒らも、周りの様子が変わっていくのを見て鳴りを潜めていく。
「何かマジでやばくない?」
「何か怖いんですけど」
ハム太郎は両手を宙に広げた。
「ですが安心してください! ここにはΩはいません! 我が天成学園にはΩのような下等な生物はいません! ここはΩのいない安全な場所なんです。だから皆さんはここを選んで、そしてここに選ばれてこの場所にいるんです! そうでしょう?」
体育館内に高まり始めていた緊張が、サーッと緩んでいく。
「それを証明しましょう。αの皆さん。もしかしたらこの人はΩかもしれないと思っている人はいませんか? いたら、その人を見つけて一斉に、いいですか? 一斉にィ、発情フェロモンを注ぐのです! その人を強制発情させるのです! はいせーの!」
雪弥は震え上がった。ハム太郎の意図はそこなのか。
(は、早く、ここから出なきゃ)
そんなことが起きたら惨劇となる。
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