36 / 63

Ω狩り③

「もしも、Ωに強制発情が起きたら……」 「いやいや、Ωがいるはずないんだから大丈夫っしょ」 安穏と不穏とが入り混じる。 壇上からドンと物音がした。生徒の一人がハム太郎の足元で床を叩いたのだ。 「おかしなことはいますぐやめろ! そんなことしたら、そのΩはラット化したαの餌食になって下手したら死ぬぞ!」 雪弥の脳内に『Victim』が頭に点滅を始める。 天陽のシャツをぎゅっと掴む。天陽が雪弥をかばうように身を寄せてくる。 ハム太郎に抗議しているのは秀人のようだった。他にも二年の生徒会メンバーがハム太郎を止めようとしているのが見える。 ハム太郎は抗議を馬鹿にするように嘲笑った。 「ここにΩはいないのだから別に問題ありませんよね? それにあなた方二年にはもうやめろと指図する権利はありませんよ。この時間は私たちの時間です」 生徒会は先ほど代替わりして、二年から一年への交替が承認されたばかりだった。まだ生徒総会の時間内で、今この時間は新しい生徒会に主導権はある、と言いたいらしい。 (やはり琢磨が主導しているのか?) ハム太郎の声は琢磨ではない。おそらく別の一年の生徒会役員だ。一年の新しい代の生徒会役員が結束して事を起こしている、ということなのか。 いや、それにしては数が多い。紙袋の生徒は十数名はいる。他にも加わった生徒がいるのだ。 (彼らは俺を学校から追い出そうとして、いる、の、か………?) 大勢の生徒が雪弥を学校から追放しようとしている。 足の竦む雪弥の肩を天陽が力強く前に押す。 雪弥は首を横に振った。 (もう、終わりだ。俺、もう終わりだ。これだけの生徒が俺をΩだと確信しているなら、もう逃げられない) 雪弥の怖気を天陽が励まして「大丈夫だ」と囁いてくる。その顔にも焦りが見えている。 早くこの場から逃げなければ、大惨事となる。ここには本当にΩがいるのだから。 ハム太郎は高らかに声を張り上げる。 「Ωはこの学園には入れませーん。みんなを騙して学園に入ってきたΩ、そんな邪悪なΩなどいないと証明して、αの皆さんに安心してもらいましょう!」 紙袋を頭に被った生徒らが一斉に声を出し始めた。 「嘘つきΩを追放しろ! 邪悪なΩを追放しろ!」 体育館内の生徒らがノリの良いリズムに加わっていく。いまだにただの余興だと思っている生徒が大半だ。 秀人が叫んでいる。 「いい加減にしろ!」 「薄っぺらい正義を振りかざして、誰かを傷つけるのはやめろ!」 二年の生徒会も止めようとしているが、その声はかき消されていく。 「嘘つきΩを追放しろ! 邪悪なΩを追放しろ!」 天陽が威圧を駆使して雪弥を守りながら出口に近づいていく。 眩しいスポットライトが体育館を縦横に動き始めた。誰かを探して体育館内をスポットライトが動く。 そして――。 スポットライトがついに雪弥を捉えた。 (もはやこれまでか) 諦めに覆われる。 (もう俺はここにはいられない。もう終わりだ。もう終わりなんだ) サーチライトに照らされる犯罪者のごとく雪弥の姿は体育館に浮かび上がっていた。

ともだちにシェアしよう!