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Ω狩り④

ハム太郎が空中で、拳や足を繰り出す。 「そおれ、発情フェロモンパーンチ! 発情フェロモンキーック!」 壇上に上がった秀人が、後ろからハム太郎にとびかかって、ハム太郎は床に抑えつけられた。しかし、体育館内の声は止まない。 「嘘つきΩを追放しろ! 邪悪なΩを追放しろ!」 (Ωの俺が悪いんだ。俺がみんなを騙してここに居続けるから。俺はこんな目に遭っても仕方がないんだ。俺がΩだから) 雪弥にスポットライトが当たった瞬間、天陽が雪弥を隠すように背で覆った。 (もう、もう、無理だ、天陽) スポットライトは再び、獲物を探すかのように体育館内を縦横に動き始める。 天陽は門番の抵抗を押しのけて出入り口を開けた。雪弥を外に連れ出すとすぐさま雪弥の手を掴んで走り出した。 床に抑えつけられながら、ハム太郎が叫ぶ。 「あれれ、逃げようとする人がいますね。これは驚いた、もしかして、あなたがΩだったりして」 ヒソヒソと声が上がる。 「さっき出て行ったの、藤堂先輩とテンテン先輩じゃなかった?」 「どっちかがΩってこと? まさかあ!」 紙袋の門番が雪弥と天陽を追いかけてきたが、そのとき、体育館から叫び声があがった。 一つの叫び声に応じるように次から次へと声が上がる。 門番らは顔を見合わせると体育館に戻ろうとするが、次に、体育館の出入り口から一斉に出てくる生徒を見ておののく。 「発情を起こしたΩがいるぞ!」 「αは今すぐ体育館から出ろ!」 口々にそう叫ぶ声が聞こえた。 天陽は雪弥を確認して首に触れてきた。雪弥の熱は高まってない。雪弥は発情を起こしていない。 となると。 警備員を呼ぶブザーがけたたましく鳴り続けた。 一年にΩがいたことが明らかになった。大混乱が起きたにもかかわらず、怪我人はいなかった。 一年のΩがまだ未成熟で発情が完全ではなかったことが幸いした。 Ω狩りは一部の一年が主導し、一年生徒会が協力していた。 しかし、「本当にΩがいるとは思わなかった、余興のつもりだった」と彼らが言っていること、また学園側にΩを把握していなかったという過失があったために、重い処分は受けないだろう。 Ωの一年は精神的ショックで入院した。βとの診断が誤診で、Ωだと再診断されていたが、故意に学校には告げなかったらしい。学校規定で、退学となった。 (一年の彼らはΩの影響を受けていたのかもしれない) 番のいないΩがいるとΩを奪い合おうとしてαは攻撃的になる。確かにΩは悪影響を及ぼすのだ。学校のような集団の場では。 だから、別学の私立学校も多いのだ。 集団生活でΩであることを隠し通すのは難しい。 Ωを隠して生きていく日々はどれほど不安だっただろう。そして、αに襲われる恐怖はいかばかりか。何より、未来を失ってしまった。 『Victim』となった一年Ω。 その一年Ωに雪弥自身を見る。 一年Ωは、天成学園を卒業しエリートコースを歩む道が完全に閉ざされた。 (俺も天陽がいなければ、そうなるところだった) 一年Ωは、おそらくは多くの『発情』フェロモンを受けて、発情したのだろう。 体育館では確かに雪弥に向いた『発情』フェロモンを感じた。 天陽が威圧でそれを跳ね返していた。 (俺もΩだと疑われていることは間違いない) しかし、あのような形でΩ狩りが起きることはもう二度とないだろう。 『Ωは藤堂雪弥だ』という噂は、一年Ωに話題がさらわれて、立ち消えになった。 二重三重に一年Ωに雪弥は助けられた。 (同じΩなのに俺は助かり、一年Ωは犠牲となった) そう考えれば胸が詰まる。しかし、それはすぐに雪弥に跳ね返る言葉だ。 (俺もいつああなるかはわからない) 卒業まで、卒業まで、頼む、俺を見逃してくれ。もう多くは望まないから―――。 その冬休み、天陽は入試を控えているために帰省しないことになった。雪弥も居残ることにした。 どうせ雪弥には帰省しても温かく迎えてくれる家族はいない。 (年明け二週間、あとそれだけしのげばいい) そこから先は三年生は自由登校となり、残るは卒業式のみとなる。 (自由登校になったら、実家に顔を出すか) 両親はいくら雪弥に関心がないとはいえ、学費も寮での生活費も出してくれているのだ。進学の詳細も伝えなければならない。 (そして、一足先にアメリカに行ってしまおうか) 不意にその考えが浮かぶ。 もう、これ以上日本にいる必要はない。卒業に必要な履修は終えている。 一度思いつくと、とても良い考えのように思えた。 卒業式ももう出ないでもいい。答辞の役目は天陽に頼めばいい。 (天陽が答辞を述べたほうがよっぽど晴れやかな式になる。Ωの俺はここにはふさわしくない) 久しぶりに雪弥の気分が浮きたった。 (俺はアメリカで新しい人生を生きる)

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