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第2話 「特別」の予感ー五年前のすれ違いー

5年前の3月初め。 「おい、シロ! そっちのピザも持ってこいよ!」  兄の壱狼(いちろう)の声がリビングに響く。彼の誕生日会は、毎年のように騒がしく、無秩序だった。  友人たちが酒を片手に騒ぎ、家の中はまるで居酒屋のような喧騒に包まれていた。  そんな中で、史狼の視線はただ一人を追っていた。  深水海都ーー兄の親友で、史狼が幼い頃から密かに想い続けている人。  海都は周りの喧騒とは無縁な様子で静かにグラスを傾けながら、壱狼の無茶ぶりに苦笑していた。 「誕生日会のために東京からわざわざ呼び戻すなんて。君は、本当に人使いが荒いね」 「いいじゃねえか、俺の誕生日なんだから!」  壱狼が豪快に笑うと、ドカッと海都の隣に腰かけて彼の肩を力強く叩く。 「痛いなあ、もう。まあ、久々に帰ってこられたし、いいけどさ」  そう言って、海都は軽く肩をすくめる。その何気ない仕草に、史狼は思わず目を奪われた。  昔からずっと変わらない。  穏やかで、大人びていて、どこか掴みどころがない。でも、ふとした瞬間に優しさが滲む。  そんな海都が、史狼はたまらなく好きだった。  けれど、今日は兄の誕生日だ。自分が海都とゆっくり話せる時間なんて、きっとないーーそう思っていた。 「ねえ、シロ君」  唐突に名前を呼ばれて、史狼はハッとした。気づけば、目の前に海都が立っていた。 「ちょっと、外で話さない?」 「……え?」  思いもよらない誘いに、史狼は思わず大きな目を瞬かせた。 「少し、騒がしすぎてね。風に当たりたいんだけど、付き合ってくれる?」  その言葉に、史狼は頷くことしかできなかった。 ◇  外に出ると、夜風が心地よかった。  二人は家の前の路地に並んで立ち、何となく星空を見上げた。  しばらくして、海都は急に何か思い出したように、スーツのポケットから小さな箱を取り出す。 「はい、これ」 「……何?」  史狼は戸惑いながら、受け取った。シンプルな黒い包装の箱。開けると、中にはシルバーのブレスレットが入っていた。 「もうすぐ卒業でしょ? 早いけど、ちょっとしたお祝い」 「……え」  驚きすぎて、声が出なかった。 「シロ君、昔からアクセサリーとかあんまりつけないけど、こういうシンプルなのならいいかなって思って」 「……なんで」  ようやく絞り出した声は、自分でも情けないくらい震えていた。 「……なんで、オレに?」  海都は少しだけ笑って、それから夜空を見上げた。 「シロ君、最近あんまり笑わなくなったよね」 「……」 「昔はさ、もっと素直だった気がする。でも、少しずつ無理して大人になろうとしてるのかなって、そんなふうに見えて」 「……」  史狼は何も言えなかった。  心の奥を見透かされたような気がして、息が詰まる。 「だから、少しでも気分が上がるものをあげようと思って」  海都はそう言って微笑みながら、優しく史狼の手首を取った。 「つけてみてもいい?」 「あ……う、うん」  断る理由なんてなかった。むしろ、鼓動がうるさいほど高鳴っていた。  海都の指が史狼の手首に触れ、金具を留める。 「うん、やっぱり似合うね」  優しく笑うその顔を見て、史狼の中に小さな期待が芽生えた。  ーーもしかしたら、自分は少しだけ特別なのかもしれない。  けれど、すぐにその期待は打ち消される。 「……僕にとっても『弟』みたいなものだからね、シロ君は」  その言葉に、史狼の胸が痛んだ。  それでも、この夜の出来事は史狼にとって忘れられないものになった。  結局、想いを伝えることはできなかったけれどーー  五年経っても、史狼の手首にはあのブレスレットが残り続けた。

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