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第6話 ウルフネスト

 都心の喧騒を離れ、静かな川沿いに面したエリア。  街灯の明かりが植栽の影を長く伸ばし、夜の風が心地よく頬を撫でていく。 「……ここ?」  史狼は、建物の前でふらりと立ち止まった。 すっかり回った頬はうっすら赤く、けれど目は好奇心と興奮できらきらしていた。 「うん。“ウルフネスト”って名前の家。今の僕の仕事場兼、住まい。シェアハウス仕様で空き部屋をゲストルームとして使ってるんだ。東京に滞在する間、気兼ねなく過ごしてくれていいよ」 「“うるふねすと” ……? なんか、秘密基地みたいな名前だな……」  それには答えず、海都は鍵を取り出し、無垢材の重厚な扉を押し開ける。  ほのかなアロマと木の香りがふわりと迎え入れた。 「わ……」  史狼は思わず、声を漏らした。  吹き抜けの天井。開放的なのにどこか落ち着くリビング。打ちっぱなしの壁と木材の調和、あたたかな間接照明—— 「なにここ……なんだこの家……」  感嘆とともにソファに倒れ込んだ史狼は、クッションに顔を埋めながらゴロゴロと転がった。  「やば……なにこの家、好き……めっちゃ好き……」 「ふふ、それはよかった」 「え、これほんとに住んでんの? 海都さんマジで? やば……」 「やばいの連呼は語彙が乏しすぎる。もしかして思ったより結構酔ってる? 今、水持ってくるよ」  海都がキッチンから水とハーブティーを持ってくると、史狼はすでにソファの背もたれに埋もれていた。 「ねえ、海都さん」 「うん?」 「イケメンで、家もセンスよくて、料理も知ってて……ずるくない?」 「うん、これは……相当だな」 「酔ってないし! ちょっと心がオープンなだけ……!」 「じゃあ明日も同じこと言える?」 「言え……言えたらいいなぁ……」 「ふふ」  海都は笑いながら、そっと史狼の頭を撫でた。ふわりとした髪。いつもより素直なその姿は、まるで子犬のようだ。 「それにしても……家の名前、なんか意味ありそう。ウルフ……何だっけ?」 「さあ、どうだろう」    海都はわざと視線をそらした。  その笑みはあくまで自然体で、何ひとつ悟らせる気配を見せない。 「……ま、いいや。でも住みたいって思った。……ここ、すげぇ落ち着く」 「住みたい、か。じゃあ、壱君に許可を取らないとね」 「ん……今度、言ってみる。たぶん、“どこの部屋だ? 誰かと一緒か?”ってあれこれ詰めてくるけど」 「じゃあ、客用じゃなくて、“君のために用意した部屋”ってことにおかないとね」  史狼が一瞬きょとんとして、それから慌ててクッションを被る。 「なっ……! そういう言い方やめろよ……!」 「ふふ、可愛い」 「もー……明日、絶対覚えてないことにしてくれよな……!」  クッションの中からこもった声が聞こえる。   ——でもその言葉の端に、海都は“甘え”の響きを感じ取っていた。  この“寝ぐら”は、彼のもの。  けれど今、確かに“二人の場所”になろうとしていた。

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